1 四天王の推し
カラクは魔王にまた生まれ変わった。
といっても前世の魔王のことはほとんど覚えていない。
カラクが生まれ変わったのは、かつての配下で四天王の一人であったイトラが、術を使って勇者に倒された魔王を復活させたためのようだ。
かつての魔王の記憶はわずかに、おぼろげながら存在している。イトラは魔王の配下で右腕だった。龍種の高位魔族である銀龍で、美しい銀の鱗と高度な魔術を使う力を持っていた。
カラクがよたよたと魔法陣を這い出て、ゆっくりと顔を上げると瞠目する銀髪銀目の絶世の美女がいた。濃紺のドレスに銀糸のような髪が落ちているのは、夜空に星々が軌跡を描いて流れるようで美しかった。
「なんと!?」
「身体が動かしにくいよ」
カラクは今の現状を訴えると、そっと脇の下に手を入れられ持ち上げられる。……持ち上げられるまで気付かなかったが、どうやら幼児のような姿になってしまっているようだ。
「なんと、可愛いらしい! 魅了の瞳に、魅惑のオーラ。どのような魔族でも虜にする力! あぁ、蘇らせた後、あわよくば喰らって魔王の力を我が物にするつもりでしたが、とんでもない愚行! あぁ、我が君、永遠の忠誠を受け取ってください」
すりすりとほっぺたを擦り寄せられる。イトラのこめかみの位置に僅かに残った銀の鱗があたって地味に痛い。身体の幼さに心が引き寄せられ、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「痛いよ。硬いのがあたって痛いの」
「ああっ! これはとんだ失礼を。我が君。絹のような柔肌に傷がついてしまうところでした。なんと、美しい白い肌だろう。ふくふくしたほっぺたは幸せの饅頭のようだ。サラサラとした絹糸のような漆黒の髪。その下の黒い瞳には星々が煌めくかのような虹彩が浮かび上がり神秘的で美しい。そして、圧倒的な魅了の力。ああっ……これほどの幸せがあっていいのでしょうか」
そっとほっぺたを触れられ、回復魔法まで掛けられる。先ほどから、ノンブレスで賛辞を贈ってくるイトラは、過去の記憶の中では虎視眈々と下剋上を狙う冷酷な魔族だった。
「なんだか、前のイトラと違う?」
「いえ、魔王様。魔王様が違うのです。見た目には僅かに面影がありますが、全くの別人と言っていいほどに受ける印象が違う。今の私は心から貴方様に仕えたいと思っています」
「俺の魅了の力で操ってしまっているの?」
「いいえ、その魅了が心地よくあえて浸っているのであります」
「うーん、よく分からないけど」
「良いのです! 魔王様、私は今が最も幸福だということなのです」
そうして腕の中にぬいぐるみのようにぎゅっと抱え込まれる。カラクは、スレンダーでありながら豊満な胸に顔が埋もれて目を白黒させた。
その時、ドゴゴゴという地響きのような音が遠くの方で鳴り響いた。
「ちっ、脳筋の獣が」
イトラが心底うんざりしたように舌打ちをする。
「今の音は何なの?」
「レフがまた暴れているようです」
「レフって……魔王軍四天王の一人だったレフ?」
「そうです。あの馬鹿は勇者に殺されかけても死なずに、未だ暴れまわる日々」
レフは金獅子の魔族で配下の四天王の一人だった。やはりイトラと同じく虎視眈々と魔王の座を狙っていた。
「会いに行ってみよー」
「えっ……」
「お願い。イトラ」
カラクが上目遣いでイトラにお願いすると、冷たさを感じるほどの壮絶な美貌がふにゃふにゃに緩んだ。
「はい。魔王様のお心のままに」
「うん」
魔王城らしき城の目の前には広大な迷いの魔の森がある。その魔の森の一部がごっそりとえぐれてしまっているのが、城の扉から出て直ぐに目に入った。まるで大きな隕石が落ちたみたいだったが、何者かが、地面に向かって拳を振り下ろしており暴れているようだ。
「クソクソクソクソクソクソクソっ」
「イトラ、連れて行って」
「あの者は頭が悪く、話をしようとするのは、魔王様の貴重な時間をただ浪費する事になるでしょう。おすすめしません」
「お願い」
瞳をうるうるさせてカラクはイトラを見上げると、むにゅっとまた胸の谷間に顔が食い込んだ。
「御心のままに。我が君」
しゅたっと空高くイトラは跳躍し一瞬で距離を詰めると、レフという暴れている魔族の近くに降り立った。
「おい。脳筋。魔王様の御前だ。這いつくばれ。この獣が!」
「くそくそくそッ! ああ!? 魔王だと!! あの魔王のせいで勇者にやられたんだろうが!!」
レフは物凄い殺気を込めて振り下ろしていた拳を止め、イトラ達を牙を剥き睨みつけた。その黄金色の鬣のような髪にがっしりとした野性的な美貌の男。瞳も金色にぎらぎらと輝く。
「お願い。友だちになって」
「みゃっ!?」
今にも殴りかかってきそうだったレフは、カラクの言葉を聞きまじまじとその姿を目にすると、剥き出しにした牙をそのままに、子猫のような声を上げた。
「なんて、可愛いっ!! ああっ!!! 魔王様!! グルルルルっ」
唸り声を上げ、今にも飛び掛かってきそうな様子に、カラクはイトラの腕の中で身を仰け反らせると、イトラはピシッと手のひらを広げた右手を差し出した。
「頭が高いっ! 控えっ、伏せろ、この獣よ。このお方は生まれ変わられたばかりでこれほど華奢で可憐なのだ。その野蛮でゴツゴツした怪力の手で触れるつもりかっ」
「ふぁっ!?」
そうイトラに言い放たれると、レフはその筋肉質で大きな腕、獣化した己の尖った爪をまじまじと眺め衝撃を受けたような声を上げる。
「お、お前は触れている……」
「はっはっ! もちろん、私のようなぷにぷにふわふわな肢体であれば、この御身を傷付ける事は有りはしない」
そう言って勝ち誇るようにイトラは腰に手をやり胸を突き出した。カラクは鱗で頬が削られそうになった事を思い出したものの、何も言わなかった。
「お願い。レフ。俺の仲間になって」
「はっ! 魔王様!! 永遠の忠誠を御身に!!」
レフは這いつくばるように拝跪すると、イトラはカラクの脇を抱え高々と空へ突き出し高笑いをした。そこにイフの遠吠えが重なる。
「ホッホッホッホッホッ」
「ウォーーーンっ」
(なんだ、これ?)




