永田の獨白
〈虎杖の生ふ山道に一人あり右も左も分からぬ作者 平手みき〉
【ⅰ】
ところが... なかなか『斬魔屋』の續きが書けぬ私に業を煮やしたらしい鰐革男。「今度俺が來る迄にはお前の小説もどき、書いて置け」と、姿を消してしまつた。全く、遅筆で良かつた事は、今回が初めてである。私は作家としては、テオ=谷澤景六のやうに奔放なイメージを持つタイプではないし、たゞ現實を面白可笑しく脚色して書いてゐるだけ、彼のやうに博識でもない。兎に角、カンテラ一味について知り得る事はすつかり吐き出してしまつたのだ。續きがいつ書けるかも分からない。
【ⅱ】
やうやく鰐革の呪縛から解かれた私は、「をばさん」の事、自身の作の事で手一杯な筈のテオには惡いな、とは思ひつゝも、鰐革の恐喝に屈しさうなつた自分の弱さを(怯懦は作家として致命的な欠陥なのだ)彼に打ち明けざるを得なかつた。
暫し、テオは考へが纏まるのを待つてゐるやうだつた。そして、
「さうですか。鰐革が永田さんに絡んでくるとは、思つてもみなかつた。貴方当面、うちの事務所に逗留しませんか?」思ひ掛けぬテオの厚意に、私は感謝せざるを得ない。事務所なら、結界が張られてゐるし、番犬タロウもゐる。鰐革が再び私を縛める為に、わざわざ「術」を用いて、強引に入つてくる事はなさゝうだ。私は厚意に甘える事にした。
【ⅲ】
私は悦美の手料理でもてなされた。客人扱ひを受けるのは厚かましいと感じながらも、カンテラ事務所の内部について、大分新たに知る處があつたのは、作家としてラッキーだつた、と云ふしかない。
「ち、逃げたか。まあいゝ。書き物なら俺がすればいゝのだ」鰐革がさう云つたかだうだかは知らぬ。だが、スポーツ新聞の「今日のカンテラ」欄に、「敵としてのカンテラ」なる一文を、鰐革が寄稿したのに驚いたのは、何も私だけではあるまい。そこには改めて、カンテラの出自、彼が「ヒーロー」ではなく「アンチ・ヒーロー」の道を歩んできた事、がまことしやかに書かれていた。
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〈甘食を食べ知る幼時夏隣 涙次〉
【ⅳ】
不思議な事もあるもので、その讀者の殆どが、ダーティなイメージを引き摺るカンテラの過去を、必然だと受け止めてくれて、鰐革の企圖は「流れた」。『仮面ライダー』が元々が惡の組織に改造手術を受けた、「負のヒーロー」だつた事を忘れてはならない。原風景として日本人の許容出來るその「負」の一面を、カンテラもまた持つてゐた譯だ。
テオが捩ぢり鉢巻きをして自分の作物に取り掛かる處を、私は初めて見た。「泥棒と實存」は、主に枝垂の「一匹狼」時代の回想をメインに、テオの絢爛たる筆致が冴え渡る傑作であり、私には到底太刀打ち出來ぬ。
カンテラが「南無Flamr out!!」の呪文と共に、カンテラ外殻から實體化した。カン「永田さん、あんたにも明日と云ふものがあらう。出世払ひしてくれるなら、鰐革にきついお灸を据えてやる事も可能だが」永「是非、お願ひします」
【ⅴ】
どの道、人は自分の未來を切り賣りして生きるものだ。私は溜め息と共に、鰐革の次なる魔手をカンテラが封じてくれる、そんな幸運に預かつた自分を祝福した。私はカンテラ事務所を辞去する事に決め、鰐革、來るなら來い、と肝を据える事にした。
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〈春晩く朝の靈氣を吸つて立つ 涙次〉
今回はインタールード。前述の通り、鰐革男とカンテラ一味との対峙は伏線に過ぎぬ。作者としては恥ぢ入るばかりである。
殆ど私の獨白に終始した。活劇もないし、詰まらぬ一篇となつた。しかし、貴方の今日に倖あらん事をと禱る私だ。ぢやまた。