1.拳銃と図書館
「ふーん……拳銃の構造って、こんなふうになってるんだ」
夜。
宿屋に戻ってから僕は、賢者の石板で見つけた動画を参考に、今回の事件の凶器となった拳銃について確認していた。これが危険なものだということは理解できても、町ではどう保管したらいいのかわからないということで、僕が引き取ることになったのだ。
(弾は入ってなかった……まあそんな予感はしてたけど)
ハリスさんにこれが支給された時点で、『2発』しか入っていなかったのだろう。そしてハリスさんは、1発を試し撃ちに使った。形状から、引き金を引けばなにが起こるのかはおおよそ見当がついても、その威力までは推しはかれなかったのだと思う。
(町長の屋敷で花瓶が割れた事件が、きっと試し撃ちだったんだ)
それでとんでもない威力を目の当たりにして、町長の殺害を思いついてしまった――というのが実際の流れだったのだろう。
「…………」
手元の拳銃を見つめる。まだどこか、自分がこれに触れていることが信じられない気持ちだった。実際の重さ以上に、ずっしりとした重量を感じてしまう。これはもしかしたら、奪われた命の重さなのかもしれない。
(こんなものが、法整備もろくにされてないこの国に広まってしまったら……)
考えるだけでも頭が痛い。どうかこれ以上増えないようにと、強く願った。
――ふと、視線を感じてエミリーのほうを見やると、キラキラした目で僕を見あげていた。
「おにーちゃん! エミリーにも、もう1回見せてっ」
「ああ、いいよ。っていうか、しばらくはエミリーに持っててもらおうと思ってるから」
「え、ほんと!?」
「うん。弾が入ってなければ暴発の心配もないし、いざというときに脅しくらいには使えるかもしれないからね」
「やったー!」
エミリーは宝物を受け取ったように、嬉しそうに胸に抱いて喜んだ。
正直、今のところは拳銃の危険さを知っている僕やエミリーにしか脅しの効果はない。だが、今日の事件が国中に広まることにより、みんなに知識が広まる可能性があった。そうしたら他の人にも少しは効果が見こめるだろう。
(だったらエミリーに持たせておくほうが安全だよな!)
そんなふうに、お兄ちゃんはエミリーのことをいちばんに優先して考えているというのに。
「ねぇおにーちゃん、今日はケンちゃんと一緒に眠ってもいい?」
「――は?」
突然エミリーの容赦のない言葉が、僕の頬をぶん殴ってきた。
「おいちょっと待て、『ケンちゃん』って誰だ!?」
思わずエミリーの両肩を強く掴んで前後にゆする。
しかし当のエミリーはきょとんとした表情で、
「なに言ってるの? たった今おにーちゃんがくれたでしょ!」
まるで「め!」と幼い子を叱るような口調で言い返してきた。
「……拳銃のケンちゃん?」
「名前あったほうがかわいいよ!」
「……うん、まあ、そうだな……」
(あ、でも結構アリかも。今後『拳銃』という名称が広まっていっても、僕らのあいだの隠語として使えそうだ)
すぐに切り替えた僕は、満面の笑みで言ってあげた。
「よし、ケンちゃんと寝ていいぞ! だから早く寝なさい」
「おにーちゃんは? まだ寝ないの?」
「お兄ちゃんは一仕事してからだな。明日エミリーにチェックしてもらうから、楽しみにしてて。早く寝ないと見せてやらないぞっ」
「わかった、寝る!」
エミリーは素直にベッドへと潜りこむ。本当にできた妹だ。推せる。
(僕も、エミリーが恥ずかしくないような、推せる兄でいられるように頑張ろう!)
改めて自分に気合いを入れて、賢者の石板を手に取った。
◆ ◇ ◆
翌朝。
宿屋に併設された食堂で朝食をとったあとは、当初の予定どおりこの町にある図書館へと向かった。
この世界では『書物』というものは大変貴重らしく、たとえ個人所有の書物であっても地域の図書館で保管――保護されることがほとんどだという。だから図書館はどこに行っても必ずあるし、そこへ行けばあらゆる情報が手に入るというわけだ。
もっとも、欲しい情報が開示されていなければ意味がないのだが。
「この町の図書館、ちっちゃいね~」
辿り着いた建物に入ると、エミリーが遠慮なく口にした。この町の直前に立ち寄っていたのが都市であり、結構立派な建物であったから、よけいに小さく思えたのだろう。
「こら、エミリー!」
「あはは、いいんですよ、事実ですから」
図書館内を案内してくれている司書のお姉さんが、気分を害したふうもなく笑う。温厚な人でよかった。
ちなみに、案内といっても繰り返すが狭いので、廊下を少し歩いただけで足をとめる。大事な書物だからこそ、複数の鍵をかけているらしく、その解除には少し時間がかかった。
「ここが書庫です。この町に現存する書物は、大体こちらにあります。ご自由にご覧ください」
「ありがとうございます」
ようやくドアが開かれると、普段あまり開けられることがないのだろうか、こもっていた古い空気が一気に流れ出てくるのを感じた。
(ちょっと埃っぽい。こういうところはほんと、現実と変わらないな)
頭の位置が低いエミリーが、隣で少し咳きこむ。
「大丈夫か?」
「うん、息とめすぎた!」
「えへ」と笑った顔がかわいい。埃を覚悟していたのはさすがだ。
不意に司書さんが、しゃがんでエミリーに話しかける。
「エミリーちゃんは、向こうで私と一緒に遊んでる?」
おそらく僕が書物を読むのを邪魔しないようにという配慮だろうが、心配はいらない。
「だいじょーぶ! エミリーにもお仕事あるから」
エミリーは元気に答えると、先に書庫へと入っていった。
「おかまいなく」
ぺこりと軽く頭をさげて、僕もエミリーのあとに続く。
司書さんはぽかんとしていたが、詳しく話すようなことでもない。だいいち、説明したところで理解してもらえる内容ではないから、スルーがいちばんだ。
「おにーちゃん、早く早く!」
楽しみにしていたのだろう、エミリーが差し出してきた両手に、賢者の石板を置いてやる。
「じゃ、いつものとおりチェックと、問題なければ『アップ』までよろしく」
「ははぁ、おまかせあれ~!」
大袈裟な言葉と、恭しい動作で受け取ったエミリーは、もう何度もやっている作業だというのに楽しそうに目を輝かせている。だからこそ僕も、遠慮なくお願いできるのだ。
(さて、僕は僕の仕事をしよう)
書庫の内部に改めて目をやる。書庫自体もそんなに広くはないが、棚には書物がびっしりだ。それなりの冊数があるだろう。しかし、当然ながらこれらをすべて読むわけではない。
(どうせここでも、中身を読めるのはごく一部だろうから、まずはそれを探さないとな)
そう、この世界がゲームのなかであると判断した一因に、この問題もあった。きちんと中身が設定してある書物しか、読むことができないのだ。それ以外はただのガワだけ。
最初はずいぶんな手抜きだがと感じたものだが、考えてみれば当然で。書物1冊を描くのに、すべて中身までつけていたらとんでもないデータ量になってしまう。実際に読まれるかどうかもわからないのに、それは明らかに無駄だろう。
(今の技術なら、AIに内容を全部考えてもらうなんてことも、できなくはないと思うけど……)
それをしないということは、きっとゲームの制作者がこちらに与える情報を完璧に制御したいのだ。僕はそう判断していた。
時間をかけて1冊ずつ確認したところ、この書庫内で読める書物は2冊だけだった。
ちなみに、これは現地の人々には判断できないことらしい。彼らにとってはすべてが『読める』書物なのだ。だから毎回こうして、自分の目で確かめるしかなかった。
(1冊はどこの地域にもある、土地の歴史を書いたもの。そしてもう1冊は――)
初めて目にする、『魔モノ図鑑』だった。