5.調査報告
町長の遺体は、麻布で覆われた状態でまだ現場に残されていた。僕のお願いをちゃんと聞いてくれたようだ。検証のために必要になるかもしれないので残してもらったが、いつまでもこうしておくわけにはいかないためスピード解決が必要だった。
(結果的には1日かからずここまでこれたから、上出来かな)
この世界にはまったく慣れないが、事件の解決には慣れてきたのかもしれない。
現場には、ハリスさんや兵士たちだけでなく、一般の町民たちの姿も見えた。これも僕の指示だ。誰の目にも明らかな結果を見せてこそ、信じてもらえるものだから。
僕が集まった人々の中心に進み出ると、エミリーは素早く賢者の石板を僕に向ける。彼女も慣れたものだ。
「――ではハリスさん。今日した調査の報告をしたいと思います。みなさんも聞いてください」
みんなが頷いたのを確認して、ゆっくりと話し出す。
「僕らはまず、容疑者である近くの森のコカトリスたちに会いに行きました。応対してくれたのは3体のコカトリスです。うち1体の、子どもと思われるコカトリスが、食糧倉庫の屋根の破壊について自供してくれました」
「なんですって? ではやはりそのコカトリスが町長を――」
すぐに結論づけようとする声は、ハリスさんのものだ。
「いえ、あくまでも屋根の破壊だけです。しかも、その子は破壊しようとしたのではなく、脆くなっていた屋根を石化ビームで強化しようとして失敗してしまった結果、ということでした。本人もとても反省していたので、許してあげてください」
僕の言葉に周囲がざわつくなか、ひとりの中年男性が人垣のなかから出てくる。
「私がそこの倉庫の持ち主だ」
「あ、じゃああなたがコカトリスを目撃した?」
「ああそうだ」
男性は頷くと、当時のことを思い出すように空を見て言った。
「……言われてみれば、確かにコカトリスにしては小さかった気がするよ。それに、屋根の部分が脆くなっていたのも本当なんだ。そろそろ修繕が必要だと思っていた」
「え、そうだったの?」
「全然知らなかったわ」
周囲の声に、男性は応える。
「頻繁に倉庫に出入りしていた私以外に、屋根のことに気づいていた人はいないはずだよ。だから私は、きみの言うことを信じる。コカトリスには『気にするな』と言っておいてくれ」
「わかりました」
(よし! 倉庫の持ち主が信じてくれたおかげで、話をぐっと進めやすくなった)
内心ガッツポーズをしながら、次の話題に入る。
「町長の殺害については、3体とも知らないとのことでした」
「まさか、その言葉を真に受けてそのまま帰ってきたのですか!?」
また口を挟んできたハリスさんの眼前に、取り出した石の塊を突きつけた。
「これを見てください」
「これは……石、ですか?」
「元々は牛肉の塊でした。コカトリスにビームを撃ちこんでもらったところ、こうなったんです」
「えっ!?」
「先程の話にも出てきましたよね。コカトリスが目から放つビームには、石化の力があるんです。当たったらこんなふうに石化します」
「そん、な……」
「それだけじゃないですよ。本気で攻撃するときには、2回連続でビームを放ち、石化した獲物を砕いてしまうとのことです。それこそ、壊された屋根のように」
「…………」
実際にコカトリスが人間を襲った事例などないからこそ、知らなかったのだろう。ハリスさんの顔面はまっ青だ。
「一方で、町長の遺体はどうでしょう? ほとんどの人はまだ見ていないと思いますので、勇気のあるかたはどうぞ確認してみてください」
僕が促すと、何人かの兵士や町民が手をあげ、町長の遺体に近づいていく。おそるおそる麻布をめくると、石化すらしていないことは一目瞭然だ。
「町長は石化していないぞ!」
「コカトリスのせいじゃないんだっ」
「ま、待ってください! みなさん、騙されてはいけません!!」
不意にハリスさんが大きな声をあげる。
「彼は魔モノの言葉がわかるからこそ、魔モノの味方をしているかもしれないじゃないですか! ただの石を肉の塊と言っているのかもしれませんよ!」
「……っ」
(そう言われたときのために、当然映像は残してるけど、みんなには見せられないからなぁ)
どう説明しようか、急いで思考を巡らせていると、今度はエプロン姿のふくよかな女性が前に進み出てきた。
「ちょっとお待ちよっ」
(この人は……僕らに牛肉を売ってくれた人だ!)
「その石、あたしに見せてごらん」
「は、はい、どうぞ」
石になってしまった牛肉を渡すと、女性はその石を四方八方から眺めて細かく観察しはじめる。
すると――
「これは間違いなく、あたしが売った肉だよ。どうせ食べないんだっていうから、売りものにならない腐りかけの肉をあげたのさ。もちろん格安でね!」
「そ、そんなの、肉に似せて石を彫ったのかもしれないじゃないですかっ」
「こんな短時間でそんなことができるとは思えないよ」
「でも彼は『賢者』なのですよ! それくらい可能かもしれない!!」
僕の代わりに女性が応戦してくれているものの、これでは完全に水掛け論になってしまう。
(こんな検証、簡単だと思ったのに……なかなか粘るな)
そもそもビームの検証にハリスさんを連れていけたら、それがいちばん早かったのだとよくわかっている。だが、魔モノがみな友好的とは限らないし、ハリスさんだって素直についてくるとは思えなかった。
(この流れはしょうがない、切り替えて次に行こう)
「コカトリスのビームには石化の力があると、信用できない人にはのちほど実際にお見せします。今は話を進めましょう」
「なんだっ? 逃げる気か!?」
僕をやりこめることができていい気になっているのか、ハリスさんは妙に強気だ。そんな顔ができるのも、今だけだというのに。
無視して、言ってやる。
「実は僕、コカトリスのビームよりも相応しい凶器を『知っている』んです」
「――えっ!?」
ハリスさんだけが、明らかに大袈裟な反応をした。きっと、自分以外は知るはずがないと、高をくくっていたのだろう。
「その凶器は、小さなボディに見合わず恐ろしい速さで金属の小さな弾を飛ばす、高い殺傷能力を持つ武器です」
「そんな武器、聞いたことないわ」
「えらい危ないじゃないか!」
「本当にそんなものがあるの?」
「えーと……最近発明されたので、みなさんが知らないのも無理はないと思います」
(とりあえずこう言っておこう……)
「実装された」なんてとても言えないから、お茶を濁した。
「とにかく、その武器で攻撃すれば、町長にあるような傷ができるんです。せっかくですから、試してみましょう」
そこで僕は、鋭くハリスさんを見やった。
「今、ここで」
「え……?」