4.包囲作戦
この世界において、科学的な証拠はあまり意味をなさない。人々がそれを理解できないからだ。だからこそ、誰の目からもわかるような、はっきりとした証拠が求められる。
また、当然ながら密室で犯人を追い詰めてもダメで、やはり衆人環視のなかでやるのがいちばんいい。
(ここからは僕らだけじゃ無理だ。『王』の力を借りよう)
そこでまず向かったのは、兵士たちの詰め所だ。
この世界には、人間の王国がたったひとつしかなく、その大きな国のなかに大小の町や都市が点在している。そこで王さまは、国全体を円滑に統治するため、各地に治安を維持する目的で兵士を派遣しているわけだ。簡単に言えば、警察みたいなものである。
(でもここの兵士たちって、魔モノの犯行とされるものは全然調べないんだよね)
最初から諦めている、と言っていいかもしれない。魔モノのせいなら仕方ない、みたいな。だからきっと、今回のようにちょっと調べればすぐに魔モノのせいじゃないとわかるような事件でも、まったく調査されずに終わったものは多いだろう。
だが、僕らがこの世界にやってきたおかげで、自分たちのなかに潜む恐ろしい隣人をあぶり出せるようになった。王さまはそのことを高く評価してくれて、「魔モノの言葉がわかるなんて、あいつらの手先だろ!」と断罪されかけていた僕を助け、『賢者』として優遇するように国民たちに働きかけてくれたのだ。
そして同時に、僕は兵士たちに指示を出せる権利ももらった。それは最上級の信頼の証だと思う。その信頼に応えたいからこそ、助けを求める人々の声は無視できないし、悪人がいるならちゃんと裁きたい。みんなが安全に暮らせるように。
(僕がこんなことを考える日が来るなんて、全然思ってなかったけど……)
エミリーと連れ立って兵士の詰め所に入ると、受付にいた兵士がすぐに立ちあがり、敬礼してくれる。
「これはこれは、賢者さま! こんなむさ苦しい場所に、よくお越しくださいました!」
王さまがどうやって情報を広めたのかはわからないが、町の人々と違ってどこの兵士だろうがちゃんと僕たちのことを把握していた。ちょっと過剰なくらいに。
「あ、あの、座ったままで大丈夫ですよ」
「そんな、めっそうもない! それでそれで? どういったご用でしょうか!?」
恐縮する僕を無視して、逆に詰め寄ってくる兵士。20代くらいの男性だ、留守番を任されて暇だったのかもしれない。
「あの、町長さんが殺害された件で……僕が調べたところ、どうやらコカトリスの犯行ではないようなんです」
「えっ、本当ですか!? あ、そういえば賢者さまは魔モノと会話ができるんでしたね」
「そうですが、もちろん彼らの言い分だけを聞いて判断したんじゃないですよ。ちゃんと証拠もあります。ただ、ダメ押しの証拠を入手するために、兵士さんたちの力を借りたくて……」
「なんと! わかりました。して、我々はどういったことをすれば?」
話が早くて助かる。
「その前に――秘書のハリスさんに報告したいことがあるんですけど、どこに住んでますか?」
「ハリスさんなら、町長のお屋敷で一緒にお住まいですよ。私生活でもなにかと町長を支えていらっしゃるみたいで」
「なるほど」
(それは助かるな)
そこで不意に、兵士は「あっ」と声をあげた。
「そういえば……数日前に町長のお屋敷で、大きな花瓶が突然割れる騒ぎがあったんですよ。しかもそのとき、なにかが破裂するような大きな音がしたから、もしかして花瓶が膨らんで破裂したんじゃないかって噂が立って」
「いや、さすがにそれはありえないのでは」
「ですよね!? 今思えば、もしかしたらそれも町長の命を狙った犯行だったのかもしれません」
(おお、案外いい線いってる)
僕にとっても、自分の説を裏づけるありがたい情報だ。
(必要な情報は、あとひとつか)
「最後に、この町に川ってありましたっけ?」
「川? 川はないですね。水はそれぞれの家庭で井戸から汲んでいる感じです。この詰め所の裏にもありますよ。見ますか!?」
「い、いえ、大丈夫です」
(これで必要な情報は揃ったかな)
僕はわざと真剣な表情を浮かべて、切り出す。
「では、兵士のみなさんにお願いしたいことですが――」
◆ ◇ ◆
兵士たちが『仕事』をしているあいだ、僕とエミリーは町民たちからの聞きこみを行った。尋ねるのはもちろん、町長とハンスさんの関係性だ。
(兵士さんの話によると、町長とハンスさんは四六時中一緒だったみたいだから、よっぽど馬が合わないと大変だろうな……)
そう予想したとおり、町長はハンスさんを便利に使っていたようだが、ハンスさんのほうは気まぐれな町長に結構振りまわされていたらしい。酒場では、よく酒を飲みながら愚痴っていたという話も聞けた。
「……ねぇおにーちゃん」
一旦休憩しようと宿屋に戻ると、エミリーが冴えない表情で声を掛けてくる。
「どうした?」
「ハンスさんがちょーちょーさんをあんまり好きじゃなかったのはわかったけど、そんな理由でわざわざ殺したりするかな?って思って」
「確かになー」
決定的な動機には、まだ足りないと僕も思う。
なにかきっかけがあったからこそ、犯行に及んだのではないかと。
「それに、おにーちゃんに声掛けてきたのも変だよね。ちょーさされたらバレちゃうかもしれないのに」
「ああ、それは多分、どのみち調査されることになるとわかってたからじゃないかな。だったら先手を打って、コカトリスのせいにしてしまえばいいって考えたんだと思うよ」
「でもでも、おにーちゃんは魔モノさんと話せるから賢者なんだよ! 話したらすぐにわかっちゃうよね?」
「それはそうだけど……実際まだ僕の力を信じてない人もいるからさ。ほんとは話せないんだろうと思ったのかもしれないし、人間の味方だからコカトリスの言うことなんて信じないだろうと思ったのかもしれない」
「そっかぁ」
それで一応は納得したのか、エミリーの表情に明るさが戻った。
「ま、動機まで推理するのはただのおまけみたいなものだし、きっちり追い詰められたらきっと聞き出せると思うよ。そこまでの道筋を間違えないように、頑張ろう」
「おー!」
元気よく返事をしてくれるエミリーはかわいい。やっぱり推せる。
――しばらくそうして談笑していると、大勢の足音が近づいていることに気づいた。
「休憩は終わりみたいだな」
エミリーと連れ立って、部屋を出る。ちょうど兵士のひとりが受付のおばさんに声を掛けているところだった。
「あっ、賢者さま! お疲れさまです!!」
詰め所で僕の相手をしてくれた、若い兵士だ。
「言われたとおり、ふたつの『するする詐欺』が終わりました! 今現場に人を集めているところですので、おいでください!!」
敬礼しながら真面目に言うものだから、申し訳ないけどちょっと面白くって。エミリーも隣で笑っている。
(多分、言葉の意味はあんまり理解してないんだろうな……)
「わかりました、ありがとうございます」
僕はなんとか表情を維持して、お礼を述べた。
すると――
「ああっ、賢者さまから感謝のお言葉をいただけるなんて……感激です!」
なんて言いながら悶えはじめたので、さらに面白くなってしまう。
(やっぱり過剰だなぁ……)