3.検証実験
「屋根の破壊の件については、町のほうに僕がうまく話しておきます。そのかわり、ちょっとした検証につきあってくれませんか?」
僕が切り出すと、まっ先に反応したのは責任を感じているであろう小さな子だ。
「やる! ボクがやるよ! なんでもやるよっ」
だがすぐに、大人(多分)が言葉を差しこんでくる。
「待ちな、人間の恨みを買うようなことだったらダメだ」
「そうさねぇ、森に討伐隊でも派遣されたら面倒だし」
(この言葉、ほんと人間に伝わればいいのになぁ)
一方的に魔モノを悪モノ扱いしている人間と正反対で、僕がこれまでに接してきた魔モノたちはみんな、人間への配慮を見せていた。その気持ちが人々に伝わらないことが、心からもどかしい。
だからこそ、魔モノたちを冤罪から守りたいと思ってしまうのだ。
「大丈夫です。むしろ、町長の殺害はコカトリスの仕業ではないと、証明するための検証なので」
「やるやる! ボクがみんなの汚名を挽回するよ!」
(すごいベタな間違いしてる……)
とにかく許可はとれたので、早速持参してきた牛のブロック肉を取り出した。ちょうどいい感じの切り株の上に置く。
ちなみに、この森に切り株が存在するのは、怖いもの知らずの町民がたまに木を切りに来ているかららしい。追い払うこともできるだろうに、それをせずに見守っているのだから、このコカトリスたちのやさしさがよくわかるというものだ。
「悪いけど、この牛肉めがけてビームを撃ってくれる?」
「わかった!」
小さなコカトリスは元気に返事をすると、指示どおり目から発したビームで牛肉を狙う。
(うわー、ほんとに目からビームが出てる!)
アニメや漫画ではたまに見かけるけど、本物を見たのは初めてだ。そんな場合ではないのにちょっと興奮してしまった。
そして、ビームを受けた牛肉はといえば――
(うわー、見事にカチカチになってる!)
さっきコカトリスのビームには石化の力があると聞いて、予想できていた結果ではあるが、一方で予想と違う部分もあった。そこに切りこんでみる。
「ありがとう。ひとつ聞いていい?」
「うん、なーに?」
「今この小さなお肉に向かってビームを撃ってもらったわけだけど、破壊されてた倉庫の屋根と違って、このお肉はまったく動いてないよね。どういうことかわかる?」
「え~? 言われてみれば確かに変だね……なんでだろ?」
小さなコカトリスにはわからないようで、後ろの大人を振り返った。その視線に応えて、大きなコカトリスたちが口を開いてくれる。
「石化の力が発動するときは、ビームの持つ力はすべてそこに集約されて、衝撃は発生しない。だから、相手を仕留めようとするときは、必ず2回連続でビームを撃つのさ。1回目で石化させて、2回目でそれを砕く!」
「ビームは基本的に攻撃の方法だからねぇ。まあ人間界じゃ、めったに使うことはないけれど」
「なるほど……じゃあ、もしあなたがたが町長を本気で殺そうとしていたら、現場には『石化したうえに砕かれた町長』が転がっていないとおかしいということですね」
とてもわかりやすい回答だった。
「ね! ね! これでボクらの疑いは晴れた?」
大役を果たした小さなコカトリスが、心配そうに尋ねてくる。
「ああ、おかげでよくわかったよ。少なくとも町長は、コカトリスの目からビームを受けてないってことがね」
「やった! よかった~」
子どもは元気に返事をするが、大人は至って冷静だ。
「もし町長が石化を無効化する魔法を自分にかけていたら、話は別だがな」
「え……」
(やっぱりあるのか、『魔法』って概念が……)
ここまで出会わなかったから気にしていなかったが、魔法なんて万能なものが登場すると、とにかく話がややこしくなってしまう。
(とりあえず、今は聞かなかったことにしよう……)
◆ ◇ ◆
ずっしりと重くなった肉――改め石の塊を手に、僕らは森から戻った。
「おにーちゃん、ハリスさんのとこ行くの?」
「行きたいところだけど、その前に、どうやって凶器を確保するかを考えないと」
町長の傷跡を見たあの瞬間に、「もしかして」と思い浮かんだ凶器はあった。ただ、その凶器は『この世界には存在していない』と認識していたものだったから、僕のなかでもまだ確定はできなかったのだ。
(だからこそコカトリス説の検証は必要だったわけだけど、こっちが完全にシロだったらもう、アレしかありえない)
新たに『実装』された。
おそらくそういうことだろう。
実は、僕とエミリーはなんの脈絡もなくこの世界へとやってきた。気づいたら『いた』のだ。
だから、ここがどういった世界なのかはまったくわからない。
けれど、この世界にあるいくつかの違和感から、僕はこの世界はなんらかのオンラインゲームのなかではないかと予想していた。
そしてオンラインゲームであれば、日々アップデートがあるだろうし、新たな要素が追加されるのも当然だ。
(だからこれは、この世界においては十分に『ありうる』話なんだ)
そんなことを考えていた僕は、次の瞬間――
「おにーちゃん、ハリスさんのとこ行くの?」
(えっ?)
先程聞いたばかりのセリフが、あたりまえのようにくり返されたことに気づいた。
同時に、ズボンのポケットに、つい先程まではなかった奇妙な重みを感じる。
(これは……)
おそるおそる手を差し入れ、ポケットのなかのものを取り出してみると――
「あれ? おにーちゃん、砂鉄集めでもしてたの?」
出てきたのは、小さな磁石。当然持ってなどいなかったものだ。
これも、この世界で感じる違和感のひとつ。
おそらくリアルタイムでアップデートされると、少し前に時間が巻き戻される。だが、不思議なことにそれを感じているのは僕だけのようで、大抵はエミリーが同じ行動をとるから気づくのだ。しかしエミリー自身にそのことを尋ねても、本人の記憶はない。
(これってもしかして、僕が『主人公』設定で、エミリーはサポート扱いだから?)
わからないが、おかげで突破口が開けそうだ。
――さあ、彼を追い詰めよう!