2.事情聴取
この世界で僕が『賢者』と呼ばれている理由。
それは『賢者の石板』を使えるから――ではなかった。
むしろ逆だ。
僕が使っていたからこそ、この板チョコみたいなサイズのコレはそう呼ばれるようになったのだ。
僕が『賢者』と呼ばれる最大の理由は、魔モノと話せるから。それに尽きる。
この世界の人々は、誰も魔モノの言葉を理解できない。それは僕らが動物の言葉を理解できないのと同じで、なんら不思議なことではない。
また、魔モノの側もどうやら人間の言葉を理解していないようだった。これも、動物たちが人間の言葉を100%理解できるわけではないのと同じだ。
お互いに、発せられる声音や身振り手振りで言わんとしていることがなんとなくわかったとしても、会話などできるはずがない。
それがこの世界での常識だった。
ところが、僕はこの世界にやってきた瞬間から、人間の言葉も魔モノの言葉も理解できた。読み書きはもちろん、話すことも。
それはこの世界に生きる人々にとっては奇跡のような出来事であり、結果的に僕は『賢者』と呼ばれて特別な待遇を受けることになったのだ。
ちなみに、実はエミリーも僕と同じで、どちらの言葉もちゃんと理解している。ただ、『特別である』ということは人々の注目を集めてしまい、デメリットも多いため、僕の咄嗟の判断で『エミリーにはわからない』ということにしておいた。いずれこの機転が、なにかの役に立てばいいのだが……。
◆ ◇ ◆
僕とエミリーは、ハリスさんから教えてもらった肉屋で牛肉を購入したあと、現場近くの森へと向かった。
「ねぇおにーちゃん、これって絶対にコカトリスさんのせいじゃないよね?」
ふたりきりになったからか、僕と手を繋いで歩くエミリーが唇を尖らせ素直な表情を見せる。
「なんでそう思うんだ?」
「だって! こんなに近くに住んでてさ、コカトリスさんたちにほんとに人を襲う気があるなら、こんな町とっくに滅亡してるよ!」
「はは、そうだよね」
もちろん僕も同じことを考えていた。最初からハリスさんの言い分に懐疑的だったのは、そのせいもあるのだ。
(それなのにハリスさんは、コカトリスのせいだと言い切った。まるで最初から決めていたみたいに)
この世界の人々は、そもそも魔モノたちを恐れたり嫌ったりしているから、その言動だけではおかしいとは言い切れない。が、この町がおかれている状況を客観的に見れば、やはりおかしいと思わざるをえなかった。
(エミリーでさえ気づくことに、どうしてハリスさんや町の人々は気づけないんだろ)
まるで認識を阻害されているような、奇妙な状況。
それを今回だけでなく、これまでに幾度も感じてきた。
(この世界は、どこかおかしい)
だからこそ、早く抜け出したいと思って、世界中を巡りながら元の世界に帰る方法を模索しているが、成果はまるで出ていなかった。
積みあがるのは、事件を解決したという名声ばかり。
(今度こそは――)
「……おにーちゃん?」
心配そうに呼ばれて、はたと我に返る。
いつの間にか、繋いだ手を強く握りすぎていたようだ。
「あっ、ごめん! ちょっと考えごとしてた」
「もうコカトリスさん呼んでいい?」
言われてあたりを見やると、だいぶなかに入ってきていたようで、完全に木々しか見えなかった。
「うん、大丈夫だと思う」
「やた! お――――い、コカトリスさんたち、出ておいで~~~~~」
『呼ぶ』と言っても特別なことをするわけでなく、いつもこんな感じだ。でも、魔モノはエミリーの言葉を理解できるから、大抵の場合はちゃんと出てきてくれる。
今回も無事に――
「おやおや、人間がこの森に入ってくるなんて珍しいねぇ」
「我々が怖くないのか?」
「やったー! 遊び相手だ~」
大小3体のコカトリスたちがどこからともなく現れ、僕らの眼前に降り立った。
(頭と胴体は完全に雄鶏、羽はコウモリっぽくて、尾っぽがヘビって感じか)
賢者の石板で見た姿と、あまり変わりはないようだ。
エミリーがそれをかざしたのを確認してから、僕は一歩前に進み出て早速聞き込みを開始する。正直、こんな事件はさっさと解決して、図書館なりに元の世界へ戻る方法を探しに行きたかったから。
「呼びかけに応えてくれて、ありがとうございます。実は、聞きたいことと検証したいことがありまして――」
僕が切り出すと、言葉がはっきりとわかるからだろう、3体はそれぞれに羽を動かした。驚きを表しているのかもしれない。
「そうか、あんたは噂の『賢者』だね? 嬉しいねぇ、人間と話ができるなんて」
「マジでただの噂だと思ってた。教えてくれたやつらに謝らなきゃな」
「うわー話したい! なんでも聞いてっ」
(3体同時に喋るのだけはやめてほしいけど、まあ仕方ないか……)
いざとなれば、こっちにはエミリーもいる。このまま進めよう。
「まず確認ですけど、コカトリスのなかでそこの町の町長を殺害した人はいませんね?」
「町長? 死んだのかい?」
「わざわざ人間を殺すサイコパスは、この森にはいないさ」
「ぼ、僕も知らない、よ!」
(ん? 小さいコカトリスがちょっとあやしいな……)
気になって視線を向けると、なぜか羽で顔を隠しモジモジしはじめる。見た目は結構グロテスクな魔モノなのに、仕草はちょっとかわいい。
(ここは僕が詰めるより、同じ子どものほうがいいか?)
チラッとエミリーに視線を送ると、コクンと頷いて小さなコカトリスに近づいていった。まったく恐れがないところもエミリーらしい。推せる。
「ほんとは、なにか知ってる~?」
「町長のことは知らないって! で、でも……」
今度は小さなコカトリスがチラッと、大人たち(多分)の顔色を窺った。こういう仕草は本当に人間と変わらない。
「ボ、ボクね、町に行ったことはあるんだ……ダメって言われてたけど、どうしても気になって!」
「なんだって? まったくこの子は……」
「人間に危害を加えたりしなかっただろうな?」
「人間にはなにもしてないよ! ほんとだよ!!」
「人間には」という言いかたに、ピンと来たのは僕だ。
「ああそうか、もしかして倉庫を壊したのはきみ?」
倉庫が壊される事件があったからこそ、町長の殺害もコカトリスの仕業と疑っている。ハリスさんはそんな主張をしていた。その犯人が、この小さなコカトリスなのだろう。
案の定、限界まで身を縮こまらせた小さなコカトリスが自白を始める。
「うん……ボクだよ。ボク、ずっと人間に興味があってね、よく町のほうを覗いてたから。それで気づいたの。あの建物、屋根の部分が崩れ落ちそうになってるって……」
「それで?」
「ボクらの目から出るビームね、石化の力があるんだ! だから、ビームを当てたら屋根が落ちないように補強できると思って、やったの」
(なるほど、人に危害を加えようという意図も、食糧を奪おうという意図も、最初からなかったわけか)
そこまでの話を聞いていたエミリーが、一丁前に腕組みをして告げる。
「でも倉庫って、もともと石だから補強にはならないよね?」
そう、だから結果的に、ただの破壊行動になってしまったのだ。『石化』の力はその文字どおり、石でないものを石にする力なのだろう。たとえば、ビームを放つ前に水でもかけておけば、水が石化してちゃんと屋根を補強できたのかもしれない。
「お嬢ちゃんは賢いねぇ。それに比べてこの子は!」
「ひーん、ごめんなさ――い!」
とりあえず、犯人の自白で問題のひとつはあっさりと片づいた。
あとは――
「屋根の破壊の件については、町のほうに僕がうまく話しておきます。そのかわり、ちょっとした検証につきあってくれませんか?」