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ふたりのラプソディ  作者: ほしまいこ
第二章 ふたりの休日
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第六節 新しい扉

こちらで第二章は完了となります。お読みいただきありがとうございました。


第三章では恋人となったふたりの時間が動きはじめます。

第一話 輝く扉

<椎名の仕事: 再開への期待>


少し遡って今週の火曜日、大川専務から規約の資料を受け取った翌日の夜、俺は中嶋さんと飲みに出かけた。


そもそも俺が声をかけたのだが、中嶋さんはすでに店を押さえてくれていた。


「勝手に店選んでおいた。決めてたらごめん。お前からの誘いだから、何があるかと思って個室にしたんだ。この店美味いし、落ち着いているからな。

最近残業続きだから、ゆっくりしよう」


中嶋さんの気遣いは尊敬する。つくづく良い上司を持ったと思う。


中嶋さんは大手町からほど近い、こじんまりとした小料理屋に俺を連れて来てくれた。


「椎名、話しは何だ?この場はオフレコだし、業務評価に全く関係ないプライベートの時間だから、好きに話せ。ま、まずはビールで良いか?」


俺は心遣いに感謝を述べ、ビールといくつかの前菜を注文した。


お酒が少し進んでから、俺は意を決してアダンから聞いていたプロジェクトの実証結果のことを中嶋さんに伝えた。

中嶋さんは頷いて、そうだったのか、と呟いた。


「奈木は俺が実証結果だと知って、うちの会社に出向を希望したそうです。つい最近、俺はこの事を知りました」


中嶋さんは俺に日本酒を注いだ。


細身で童顔な中嶋さんは、酔うと少し目尻が下がり更に人懐こい顔をする。どことなくその顔は嬉しそうだ。


お酒はいつの間にかビールから日本酒に変わっていた。


「それでどうなんだ?お前としては、奈木がお前の人生の最適化、まぁ、人間との結果だからパートナーになるな、その結果として受け止められるのか?

それとも、自分のプロジェクトの結果が芳しくないと悩んでいるのか?」


俺はあぐらを組んでいた足を正座に正した。


「俺は、この話を聞く前から奈木に惹かれていました。自覚したのはここ数ヶ月ですが。なので、奈木とはこの結果の有り無しに関係なく、付き合いたいと思っています。

同性を好きになったのはお互い初めてなんですが、一緒にいるととても安らぐし、何というか強く惹かれるんです。


なので、プロジェクトの実証結果としても、俺は正しいものを作れたと確信しています。このプロジェクト再開を機に、より良いものを作ることが出来たらと考えています」



中嶋さんは優しく微笑んで言った。


「そうか、奈木もお前のことが好きなんだな、良かったな。おめでとう。俺の経験から、同性との恋愛はいいものだぞ。まずはきちんと付き合ってみて、お互いのことをよく理解してみろ」


俺は気持ちを伝えることができて、ようやくほっとした。

その後は中嶋さんの同性婚の経緯や今の生活について話を伺った。


人それぞれの生き方があり、要は当人同士がどんな生き方、家庭を作るかが大切なんだな、と理解することができた。俺はほろ酔いで中嶋さんとの有意義な時間を過ごした。


そして、奈木に会って、気持ちを改めて確かめたいと思った。


今まで月白のように薄いグレーに染まっていた俺の世界が、急に輝きをました。

もう、月白の世界には戻らない、そう思った。



第二話 恋人のとびら

<アダンの扉: 恋人との週末>


「アダン、いらっしゃい」

土曜日の午後、俺は椎名のマンションを訪れた。

ラフな格好の椎名が笑顔で出迎えてくれた。


椎名のマンションは午後の日差しが良く入るようだ。コンクリート打ちっぱなしの壁に南西の日差しが入り気持ち良い空間となっている。

いつもは夜に来ることしかなかったので、何だか新鮮だ。


空間にはレコードの音源が流れていて、午後の日差しに溶け込んで柔らかく香るようだ。


「これ、一緒に食べたくて買ってきたんだ。今話題のティラミス。冷蔵庫借りていい?食べる時にソースかけるんだけど、それがまた美味しいんだ。それと、お前の好きなホワイトビール。一緒に飲もう」


一緒に過ごす週末が楽しみで、午前中に買い物をした。土曜日の都心は人出が多く、家族連れやカップルも多い。


今後、もし椎名と付き合ったら、2人でこんなふうに休日を過ごせるのかな、と少し楽しみに思う。


今まで、家族と過ごす時間が少なかったし、病気がちの家族に甘えることはあまりできなかった。


自分が今まで手に入れることが出来なかった時間を、本気で好きになった人と共有できるのだろうか。


だから椎名の家の玄関が開いた時、自分が新しい世界の扉を開くような気がして、胸がドキドキした。


もし今日、振られることがあったらきっとしばらくは立ち直れないだろう。

でも、椎名にだったら仕方ないと思うし、告白したことは後悔しないと思う。


部屋に通されて、ナチュラルな生成りのソファに座ると、ベランダにマリーゴールドが咲いているのが見えた。夜はカーテンを閉めていたから気づかなかった。


「椎名、花を育ててたんだな。マリーゴールドだよな?とても綺麗だ」


椎名はコーヒーを出しながら、ベランダに目を向けた。俺は普段着の装わない椎名の横顔をみて、なんだかとても落ち着いた。そして、背後に広がる部屋を見渡した。


椎名は綺麗好きだ。一見寒々しく感じるコンクリートの壁だが、照明を多めに使ってオレンジの灯りが暖かみを添える。


寝室は広い居間の一角を生成りのカーテンで仕切り、寝室としてベットを置き、上手に空間を利用している。


「ああ、綺麗だよな。1人のとき、花を見て癒されてる。仕事やプライベートで辛い事か重なったときに、花屋の入り口で見かけてさ。

安いなって見てたら、マリーゴールドは育てやすいからお勧めだって花屋に勧められて。


あ、そう言えば、イチコは大丈夫?夜ご飯は用意してきたのか?」


椎名はイチコのことになると子供のような顔をする。まるで、大切な何か心配するように。


「椎名はイチコが好きだな。大丈夫だよ、今日は夜ご飯と水を多めに置いてきた。


椎名の家に行くって言ったら、一緒に来たそうだったぞ。お前が来た時用のスリッパを持って居間に来てさ、お前に家に来て欲しいってアピールしてたぞ。頭良いよな。今度は俺の家においでよ」


ソファの隣に座った椎名は、切れ長の目を細めて、ああ、と嬉しそうに笑った。


椎名の入れたコーヒーはとても美味しい。きちんとハンドドリップしているためか、風味が違う。

お土産のティラミスとコーヒーはとても合った。


俺は新しい扉の中に広がる、椎名との2人だけの時間と空間にとてもリラックスしている自分を感じた。


「アダン、どうした?考え事?」

椎名が俺の顔を覗き込んだ。


「ううん、いや、ちょっと今の状況を医学的に考えていただけ。とてもリラックスしてるから、確かこういう事って医学的にオキシトシン的な幸福だなって。


あ、つまり、誰かと一緒にいて楽しい、うれしい、安らぐと感じること。そう、誰か大切な人といる事でオキシトシンが出るんだよ」


ふはは!と椎名は破顔して、お前、休みの日もやっぱり医者だなと笑った。


そしておもむろに俺の口元のチョコを拭いてくれた。ティラミスの粉チョコが付いていたようだ。


俺は急に恥ずかしくなり、先日のキスも思い出して、耳が熱くなった。きっと赤くなっている。


椎名は形の良い手を俺のあご添えて、自分の方を向かせた。


「椎名?どうした?ん、、」


俺の言葉は椎名の唇で塞がれて、何度も優しく下唇を甘噛みされた。甘くて脳が痺れそうだ。



椎名は俺を抱きしめ言った。


「アダン、俺と付き合ってくれ。ずっと考えていたけど、俺にはお前が必要なんだ。お前が居ないと落ち着かなくて、もう独りだった頃に戻れない」



その真剣に話す態度に俺はしばしば見惚れ、少し固まったが大きく頷いた。自分の気持ちが通じて両思いになったのは初めてだ。


思わず、嬉しいと抱きついた。

その広い胸は、俺をすっぽりと包みまるで宝物かのように潰さないよう、緊張している。

心音がトクトクと聞こえる。



安らぎを感じながら、俺はふと思い出した。


「椎名、大切なこと忘れてた。お前、男の俺を抱けるの?初めてだろ?身体を見てすごく引いたら、速攻で別れちゃうのかな?それ、寂しいな…」


また椎名は破顔して言った。


「そんなわけないだろ。恋愛って、身体だけじゃないよな?

それにお互い様だろ。お前も俺の身体見たら、今までの女性の身体と違って引くかもしれないぞ」



「うん、それはないな。俺、椎名のことが好きだから、熊みたいでも、どんな身体でも大丈夫。

あ、それと、俺は女性の身体見たのは医学部の実習でだけだよ。付き合った事はあるけど、抱いた事ないんだ」


椎名はびっくりして固まっている。

え?じゃ、俺がはじめてなのか?と。


しまった、隠していたのにうっかりと話してしまった。俺は観念して頷いた。


「ごめん、黙っているつもりなかったんだけど、、その、俺、付き合ってもその気になれる人に出会わなくてさ。だから、お前が初めてなんだ。こんな気持ち」


椎名はため息をついて、再び俺を抱きしめた。


「いや、とても嬉しいよ。じゃ、俺だけのアダンだ。お前の初めて、全部もらえるんだな」


椎名は俺の首すじに顔を埋めて、しばらくギュッと抱きしめていた。


俺は男としてのコンプレックスを笑われる事なく、むしろ喜んでくれた椎名に感謝した。

ほんと、イイ男だな。


俺はそのままの自分を受け入れてくれた椎名、これからは恋人になるその人の優しい背中を、何度もポンポンと叩いた。


眺めるだけの輝く扉が、そっと開かれた気がした。


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