第三節 伝える決意
アダンが想いを伝える決意編です。
物語は架空の業務内容となります。ご了承のほどよろしくお願いいたします。
第一話 宴会のあと
<椎名の献身: 同僚の悪酔い>
アダンを家に招いたのはこれが2回目だ。
初めては髪をカットした日。
あれから、お互いの関係に少し変化があったと感じる。
アダンの帰任前までに、自分の中で答えを出すと決めている。アダンに惹かれている自分の気持ちは自覚済みだ。
ただ、そのあとは?今後、男2人でどうやって生きていくか、なんて先のことをぼんやり考えていた。女性との付き合いとは違い、未知のことが多い。
将来的にアダンを傷つけないように考えないと、軽く告白なんてできない。
今夜の宴会では、アダンが珍しく悪酔いしてしまった。
俺は女子からのアプローチが多かったこともあるが、女子のアダンへの探りが多く、それをかわすためにその場をなかなか離れることができなかった。せっかく同じ宴会に出たのに散々だな。
俺は店から近い自宅にとりあえずアダンを連れてきた。猫のイチコの様子は、この後でも見てこよう。
「アダン、ほら水飲みな。部屋着貸すから、着替えて横になって。自分でできそうか?
それと、自宅の鍵を貸してくれないか?イチコが心配なので、俺がご飯とトイレ世話してくるよ」
アダンはうん、と返事はするものの上手く身体が動かないため、カバンを開けて勝手に鍵を取り出した。
服は仕方ないので俺がスーツとシャツを脱がせて、とりあえずアダンをベットに横たえた。
「水と洗面器とタオル、ここに置いておくな。具合悪くなったら、洗面器に吐くんだぞ。水、もっと飲んで安静にしてろよ。1時間くらいで戻ってくるから、イチコのことは任せろ」
「椎名、ごめんな。俺、ついつい飲み過ぎた。バカだよな、いい年して。イチコのことよろしくお願いします。
ご飯は柔らかいパウチがあるから、皿に入れて少しレンジで温めてあげて」
アダンは目をウルウルさせて、辛そうに声を絞り出した。心配だが、俺はイチコの元へ急ぐこととした。
自宅に戻った時、深夜0時を回っていた。
イチコの世話をしてから、少しかまっていたらなかなか膝から降りてくれず、帰る俺を引き止めてきたからだ。アダンが居なくて寂しかったんだろう。
アダンはベットの中でスヤスヤ寝ていた。
吐き気は治ったようだ。戻すことはなかったようで、安心した。
長いまつ毛と血色の良い下唇が呼吸に合わせて揺れる。
自分の中で熱く高まる欲望を抑えきれず、白い額にかかる前髪を触って、髪にキスをした。
明日の出勤は難しいかもしれないが、シャツだけは洗っておくか。すぐ乾くだろうし。
下着類は俺のストック分で良いだろう。
手早く洗濯をして、シャワーを浴びてソファに横になった。アダンの寝息がリビングと間仕切のない寝室の方から聞こえる。寝息や気配を感じると何だか安心する。
誰かと過ごす日常も良いものだと思った。
・・・・・
「おはよう、椎名昨日はごめん。イチコの事もありがとう。シャワー借りるぞ」
アダンは6時頃にモソモソと起き上がり、俺に声をかけてきた。幸い二日酔いになっていないようだが頭痛があるようなので痛み止めを飲ませた。
これで、なんとか今日は会社に行けそうだ。
「アダン、下着はこれ良かったら使って。新しいやつ、少し大きいと思うけど。あと歯ブラシ。シャツは洗ったからここに置いておく」
簡単な朝食を作り、自分の身支度も整えた頃、身支度を終えたアダンが食卓についた。
「コーヒー、美味しい!お前、コーヒーの天才だな。
あ、昨日はソファに眠らせてごめん。俺、近頃ダメだな。お前にも迷惑かけてさ。慣れない宴会なんて参加するものでないな」
アダンは美味しそうに俺の作った朝食を食べている。
二日酔いあけに食べられるとは、胃腸は丈夫のようだ。
「今日は本庁に報告なんだ。残り1ヶ月ちょっと、椎名の以前のプロジェクトを再提案しようと思う。
実はこの件、お前に一度きちんと話がしたい。今度、時間を作ってくれないか?別にお前を贔屓してではなく、ここにいる間にもAI分野は凄い早さで進歩してきたけど、お前の開発内容はベースがしっかりしてて汎用性があるんだ。それに実証実験の結果もあると思っている」
じゃあ、そろそろ行くな、とアダンはネクタイを締め直して立ち上がった。俺は、アダンの手を掴んで再び座らせた。
残り2ヶ月ないし、アダンの話をゆっくり聴きたいと思った。それに気持ちも伝えたい。
「今週か来週末、空いているか?アダンが帰任してからもこうやって会うことは出来るとは思うけど、できれば同じ職場にいる間にその話しを聞いておきたい。
それに、他にも色々話をしたい。俺の家でもお前の家でも。外でもいいぞ」
アダンは嬉しそうに、微笑んだ。
コイツ、花が咲いたみたいに笑うの可愛すぎるだろ。
「今週末、俺の家に泊まりで来ないか?イチコもすっかり懐いたし、また一緒にご飯食べよう。今日のお礼に美味しいの作るからさ。お土産とかは要らないからな」
嬉しそうに誘ってくれた。
じゃあ、と玄関に行きかけたアダンは、振り返って俺に突然抱きついてきた。
「なんか良いな。誰かに見送ってもらうの。行ってきます」
アダンが会社に行った後、俺はしばらく気持ちの整理がつかず立ち尽くしてしまった。
第二話 告白の決意
<アダンの決意: 本当のこと>
週末の土曜日の夕方、椎名は約束通りに家に来てくれた。お土産は要らないと言ったのに、俺の好きなチーズケーキと浜野亭のパンを持参してくれた。
イチコが椎名にかけ寄り、足元をぐるぐる回ってひっくり返って喜んだ。
「いらっしゃい、待ってたよ。上がって!夜ご飯できてるんだ、お腹空いてるか?」
俺は椎名を招き入れ、夕食の配膳に取りかかった。椎名も手伝ってくれ、あっという間に夕飯の準備が整った。
「アダン、これ全部お前が作ったのか?料理上手だな。お前って何でも出来るな。
これ,アクアパッツァだろ?すげーいい匂い!魚、好きなんだよ。持ってきたパンも料理に合いそうだな。
イチコ、どうした?膝に乗りたいのか?おいで!」
俺は椎名の好きな料理は何となく聞いていたので知っていた。今日は美味しい白ワインがあるので、それに料理を合わせただけなんだが、喜んでくれてホッとした。
イチコも椎名から離れない。イチコも女子だな、このイケメン好きが。
2人で食卓を囲んで、白ワインを飲みながら、涼しくなり始めた午後の風を、窓から取り込みながら一緒に食べた。
「ねぇ、椎名、俺の話しなんだけど、ちょっと長くなるかもだから、先に風呂に入ってこいよ。洗い物は俺がしておくよ。
寝る前にケーキ食べよう。身体に悪いけど、土曜日くらい良いだろう」
俺は椎名を先に風呂に入れた。もし告白して、イヤなので帰ると言っても支度が面倒と思い止まってくれるように、念のため用心してしまった。俺はビビリだな。
お言葉に甘えて、と椎名は風呂に入った。この前も思ったが、椎名の風呂上がりはラフな髪型となり、色気がすごいと思う。
俺は3階のソファに水出し緑茶を準備した。
少し暑い今の時期は緑茶の冷たいのが美味しく感じる。
バタンと音がした。椎名が風呂から上がったようだ。
「アダン、お先にお風呂ありがとう。片付けもありがとうな。お前も入ってこいよ。
それにしても風呂、広くて窓からの眺め良いよな。森の中にいるみたいで東京ではないみたいだ」
庭の木が良い感じに風呂の窓を隠すため、窓には磨りガラスを入れていない。寛ぎのスペースは開放的にしたいとリフォームの時にこだわった。日々忙しないので、風呂場でくらい、緑に包まれたい思いだ。
「3階にお茶と布団引いてあるから、先にゴロゴロしてて。お前、今週も忙しかったから、先に寝ていていいぞ」
椎名はサンキュといい、イチコにお休みのキスをした。イチコは喜んでお腹を見せて、椎名がお腹に顔を埋めて、、とふたりのイチャイチャが止まらない。しばらくしてようやく3階に上がって行った。
風呂から上がると、椎名は布団の上で目を閉じていた。疲れているのか、軽い寝息がする。
前髪が額を隠しているためか、いつもより幼く見える。
話は明日でも良いな。俺はそっと電気を消して、間接照明だけつけて横になった。
・・・・・
「アダン、寝たか?」
1時間ほど経っただろうか、椎名の声がして目を開けた。俺も少しうとうとしてしまったようだ。
「ごめん、椎名寝てたから、そのままにしたんだ。話しは明日でもいいぞ。今週、疲れただろ。今夜はゆっくり休んで」
大丈夫という椎名の言葉に、俺も起き上がりソファに座って、用意していた緑茶をいれた。
ちょうど月明かりが左手からさして、部屋が明るくなった。
「椎名、目が覚めたか?寝てて良かったのに。月あかり眩しかったらカーテン閉めようか?」
俺は夜景を見るために開けっぱなしのカーテンが閉まっていなかったことに気づき、閉めようとした。
「いや、いいよ。せっかく月が綺麗だし。それよりアダン、話し聞いてもいいか?俺もお前に話があってさ。聞いたら俺にも話させて」
椎名の話、なんだろうと思いながら、俺は横に座り直した。そして、意を決して話しはじめた。
椎名は少し心配そうに俺の瞳をじっと見つめた。