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ふたりのラプソディ  作者: ほしまいこ
第二章 ふたりの休日
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第二節 恋心の自覚

休日の初めてのふたりの外出と、アダンの気持ちが恋心に傾く編です。

第一話 日曜の外出

<アダンの休日: 深層の思い>


日曜の都心は人で混んでいた。

俺たちは以前から行きたかったAIビックデータEXPOに2人で出かけた。


椎名が初めて家に来てくれた次の週末に、椎名から2人で出かけないかと提案された。平日の仕事時間に時間とれなかったらしく、来れて嬉しいと椎名は言った。


EXPOは最新の技術情報のセミナーや各社との交流がメインだ。2人で各ブースやセミナーに参加して、情報収集に勤しんだ。


「よお、お前たち来てたのか?一緒なのは企画の椎名だよな?奈木と知り合いだったのか、休日まで情報収集とは頼もしいな。

私は谷藤君と佐伯君と今日は来ているんだよ、2人の出品について先週説明もらっていたから、興味があってね」


偶然出会った部署の上司、大川一弘に声をかけられた。還暦前とは思うが、貫禄と笑顔が眩しい部長で、役員も兼ねている。


谷藤は同僚の女性社員で、かなりスキルが高く大川部長のお気に入りだ。

佐伯は確か椎名の同僚で子供がいると聞いている。谷藤と同期の綺麗な女性だ。


「大川専務、いらしていたんですね。はい、椎名には仕事でお世話になっております。本日は技術的な知見で彼の意見を伺いたく、一緒に来て頂きました。とても勉強になりますね」


と俺は当たり障りなく挨拶をした。

それに割り込むように谷藤が言った。


「椎名さんもいらしてたんですね、是非、私達のブースも覗いていってください!

それとこの後、大川専務と軽くお茶でもと話していたんですが、宜しければお2人もいかがですか?」


谷藤は以前から椎名のファンで、俺にも何度か椎名の情報を聞いてきたことがある。


かなりタイプらしく、椎名に何度かアプローチしているが反応がないと嘆いていた。思わぬ遭遇に気合いが入っているのが、手に取るように分かる。何だかモヤモヤする。


「大川専務、谷藤さん、佐伯さん、本日はありがとうございます。先程、奈木とセミナー参加が終わりましたので、この後予定もあり、そろそろ失礼するところでした。

せっかくのお誘いなのに申し訳ありません。この後も展示、頑張ってください」


椎名は丁寧な断りの挨拶を言ってくれた。

予定なんてないが、椎名は俺との時間を優先してくれているようだ。

挨拶を済ませ、俺と椎名は会場を後にした。


・・・・・


「やれやれ、お茶に付き合わされるところだったな。アダン、疲れてないか?銀座も近いし、ちょっとお茶でもしてから帰るか」


椎名のこういう気遣いが本当に沁みる。

2人でそこから歩いて数分の銀座へ向かった。


今回は日曜日に椎名との時間を満喫できた。

2週続けて椎名と過ごすことができ、ますます椎名の良いところを知ったと思う。



銀座の中心に昔からあるビアホールに、椎名は俺を連れてきてくれた。


「こんなに大きな天井の高いビアホール、初めてだよ!建物も戦前のものなんだな。重厚感がすごいな!」


俺はザワザワと賑やかな場の雰囲気に圧倒された。席は満席に近く、人々が思い思いに楽しげに語らっていた。


椎名は自然とざわめく場の雰囲気に溶け込んで、高い天井を眺めている。壁にはタイルで作られた大きな絵画があり、天井は年季の入った石で作られ、ヨーロッパの古い教会のような雰囲気ですらある。


「ここ、1人で来やすくてよく来るんだ。主に休日の買い物の後とかにふらりとな。何か場の人のエネルギーを感じて、明るい気持ちになるんだよな。

樽ビールが上手いんだ。まだ夕暮れ前だけど休みだし、軽く飲んで明日の仕事に備えようか」


オススメの唐揚げと、ビールのジョッキが2つ置つ置かれた。


「そう言えば、アダンは医学部で精神科を選んだきっかけって何?AIへの応用とか深層心理のデータ化への応用とかがきっかけか?」


椎名は俺に良ければ教えて、と聞いてきた。

まるで教会で牧師が信者に話を聞くように、椎名の態度は自然だ。


俺はビールを飲んで少し酔ったこともあり、素直に椎名の質問に答えた。


「俺さ、もともと医学部で外科を目指してたんだ。

親がガンで、腫瘍ってのは結局は物理的に取り出さないとなんだよな。でも大学入って母親が亡くなり、卒業前に父親が脳腫瘍で亡くなった時は医療に限界を感じたんだ。


それと、俺の姉は精神の病気で、小さな時から問題行動、今は発達障害とかパーソナル障害とか診断がつくけど昔はそんなのなくてさ、姉の行動に心も行動もすごく振り回されたんだよ。


だらかな、それで精神科医に切り替えて、卒業近くにAIで人の脳のデータなんかを機械学習するAI開発に興味を持ったんだ。人の脳のことをもっと勉強したくてさ。今はその選択をして良かったと思っている。姉の気持ちや行動も理解できるようになったし、お前に会うこともできたしな。つまらない話しでごめん」


俺は気付けば、心の奥底に沈めていた事を色々話していた。椎名は黙って聞いていたが、おもむろに俺の頭を優しく撫でてくれた。


「苦労してるな、お前。まだ若いのに家族に甘えられずに1人で勉強も家庭も頑張ってたんだな。尊敬するよ。

俺でよかったらいつでも話してくれよ。アダンほど苦労してないけど、似た環境でもあるし、お前のこと、ほっておけないよ」


思わずホロリとしたぎ、涙を堪えてビールを飲んで誤魔化した。


この会社での仕事が終わる前に、椎名に思い切って出向の経緯を話そう。それと、少なくとも椎名へ感じる今の気持ちを伝えたい。


残り2ヶ月ちょっととなったが、コイツと仕事できて、こんなふうに仲良くできて幸せだったな、と独りごちた。



帰りの時間が名残惜しかったが、明日の仕事のこともあり銀座駅で別れることにした。


駅近くで別れようとすると、椎名はさっと俺の手を掴んで路地に連れて行き、軽く抱きしめた。

思わず椎名を見上げると、フランス流のコミュニケーション好きだろ?とイタズラっぽく笑って、頭頂部に軽くキスをしてくれた。


再度、俺を抱きしめた椎名は、名残惜しそうに俺の頭を何度も撫でた。


「じゃ、また明日!」


と椎名は照れくさそうに言い、駅の改札に消えた。


ほんと、イイ男だ。


俺は、火照っている頬を手でなぞりながら、椎名の爽やかな香りを思い出していた。



第二話 アダンの恋心

<アダンの心: 同僚への思い>


椎名との日曜から2週間経った。

土日はお互い予定があったことと、会社でもお互い忙しく、会議で顔を合わせてもその後に話をする時間もなかった。

椎名の企画が佳境に入っていたこともあるが、俺も帰社まで残り時限の仕事と後任への引き継ぎに追われていた。


はぁ、椎名に会いたい。お互い携帯では連絡を取り合っているが、今のところ俺の勝手な片思い状態で、付き合っているわけでもない。

ただ週末を何度か過ごしたくらいの友達だ。


なので、仕事を離れた途端に不安になってしまう。乙女だな、俺。はぁ、とため息が出る。


俺は椎名と過ごした銀座の日に、これは恋心だと確信した。

20代は勉強や看護に追われてて恋愛どころではなかった俺だが、3年前に出向して椎名に惹かれている事を自覚はしていた。

ただ、確信を持てずにいただけだ。


「奈木さん、どうしたの?元気ないわね。午前に頼んでいたデータ分析はできたの?」


後ろから谷藤が急に声をかけてきた。

谷藤は先日のEXPOで椎名を取り継がなかったことに腹を立てたいるらしい。俺に当たりがキツイ。


「奈木さん、今日の夜は空いてる?企画部と19時からプロジェクトの懇親会するんだけど、椎名さんにも声をかけたのよ。

忙しいって言うから、奈木さんが来るんだけどって言ったら、来ますだって。ホント仲良いわよね。

だから、奈木さん来てもらわないと困るの。よろしくね」


ええ、嬉しい!俺はニヤける顔を何とか隠し、巻きで仕事を片付けた。



え、何この会。偉い人と女子ばっかりなんだけど。

1時間遅れてようやく宴会に合流し、お店に入った途端に目を疑った。椎名の周りには女子ばかりで、とてもその垣根を超えて椎名のところへ行けそうもない雰囲気だ。


俺はお偉いさんの隣りに座らせられて、帰任までの仕事の進捗や出向で得た経験や感想を求められた。まるで業務報告ではないか。

隣の島から大川専務が声をかけてきた。


「奈木君、こっち!佐伯君とこの前はあまり話せてないよな。佐伯君が君と話したいみたいで」


気づいた時には、俺はビールを3杯も飲まされていた。ほかにも日本酒など、お偉いさんの誘いを断ることが出来ずにいた。

それにしても椎名が女性達と楽しげに話しているのが凄くイヤだ。

普段はクールなくせに、今日は女性達に笑顔を振りまいて見える。


大川専務に紹介された佐伯は、椎名のプロジェクトでサブリーダーをしており、シングルマザーの穏やかな和風美人だ。

椎名の仕事ぶりをかなり褒めているが、邪な気持ちはなく単に尊敬している感じだ。


「椎名さんは奈木さんを信用されてるみたいですね。あまり心を開かない方なので、少し心配してましたけど、奈木さんいらしてからは笑顔も増えたので安心してます。もう帰任なんて残念です」


椎名には、邪心もなさそうなこんな穏やかな女性が本当は合うのかもな、と心がちくりとした。


「それにしても今日はいつもにも増して椎名さんの人気が高いですね。ここしばらく椎名さんフリーだから、狙っている子が多くて仕事にも支障出ているんです。嘘でも良いので彼女いるって言えば良いのに!

そう言えば、奈木さんはお付き合いしている方いるんですよね。女子達がガッカリしてましたよ」


佐伯がうふふと笑った。

俺は曖昧に笑って、誤魔化した。

佐伯さんは自分のことより他の人を気遣う性格みたいで、良い人だと思う。


「佐伯さんのお子様はお幾つですか?仕事と子育て、サブリーダーまでされて大変ではないですか?」


「息子は7つなんです。仕事は椎名さんが気遣ってくれて、在宅勤務も多く、時短で溢れた分はカバーしてくれて。ほんと、良い方ですよね。

子供は近くの母親が今日も見てくれてて、私は周りに甘えっぱなしですよ。

でも、今が1番幸せです。もう男性は沢山です。子供が居れば旦那なんて不用です。男と女なんて、幻の関係ですよね、持論ですけど」


佐伯は結婚で苦労したことを話してくれた。いくら椎名が良い奴でもなびかないのが納得だ。

俺は佐伯を心から応援することにして、改めて乾杯した。


お開きになる頃には、俺はかなり酔いが回っていた。


帰りがけに、ようやく椎名が隣に座り、飲み過ぎた俺の介抱をしていることを何となく覚えている。


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