第五節 ふたりの仕事
同期からの告白編となります。
第一話 在宅勤務
<アダンの仕事: 在宅のふたり>
「アダン、コーヒーだ。少し休憩挟みながら仕事しないとバテるぞ」
椎名がコーヒーを淹れてくれた。
在宅勤務は、休憩が適宜取れるのと、仕事後にすぐご飯の準備が出来るところ、何より好きな人と一日中一緒にいられるのが良いところだ。
その反面、仕事はエンドレスにあるので、どこかで線引きしないと2、3時間端末にかじりついて仕事してしまう。
今日こそは18時には上がると俺は決めている。
たまには恋人に美味しい夜ご飯を作って、ゆっくり食後にお酒でも飲みたい。
「晴一、コーヒーありがとう。今日何時に上がれそう?俺は18時には上がれるから、ご飯作るよ」
椎名は俺も同じくらいに上がるよ、と言って、俺の頬にキスを落とした。
俺たちは残り2時間で仕事を片付ける勢いで、仕事を進めた。
「ふう、在宅勤務も、コツを掴まないとなかなかキツイな」
椎名は俺より1時間遅れて仕事を終えた。
そして夜ご飯の支度に合流して、サラダを作ってくれている。
平日の2人のささやかな夜の時間が始まった。
イチコは終日俺たちが一階の作業スペースに篭って仕事するため、近頃は一階に降りてきて、2人の机の近くで昼寝をするようになった。
そのため、イチコ用のハンモックを一階に設置すると、嬉々として一緒に仕事時間に降りてきて、水やトイレに行く時だけ2階にか上がるようになった。
ただ、イチコのイビキがうるさい。
熟睡している時、高齢のためいびきをかく。それはそれで癒されるが、オンライン会議の時にイビキの音が入り込むので、最近はヘッドセットを常備している。
それにたまに一人で階段を登れない時がある。
そんな時は大声でニャーと鳴くので、どちらかが仕事を中断して介抱している。
色々あるが、俺の在宅勤務は順調だ。
夕食を用意しながら、椎名が言った。
「アダン、来週末は三連休だから、連休明けの火曜日休みをとって、四連休にして2人で旅行に行かないか?ここ最近、お互い新規業務で忙しくて、デートらしいことしてないだろ?
アダンとゆっくり旅に出たくなってさ。イチコは、調べたんだけど、ペットシッターに家に来てもらって面倒見てもらうのはどうだろう?1日2000円くらいで面倒見てもらえるそうだよ」
椎名が提案してきた。
俺は目をぱちくりとした。
考えたら、俺は社会人になってから誰かと旅行したことなんてなかった。
夏の休暇なんかも、家で本を読んだり買い物に一人で行くくらいだった。
「火曜日は休み取れるけど、どこに行こうか?俺、考えたら旅行ってあまり行ったことなくてさ」
そうだなと、椎名は考えて、西の方は?と言った。
俺たちは3階の窓辺からよく西日を見てくつろぐ。西の方面の夜空を眺めたり、西には何があるかなど、会話を良くする。
「アダン、沖縄行ったことある?一緒にいかないか?うんと西、まあ南の方になるけど。
少しリゾートでリラックスしよう。海見て、魚見て、美味しいものを食べて、2人でゆっくり過ごそう。どうかな?」
沖縄か、行ったことないな。20代は旅行どころではなかったし、考えたらリゾート自体、考えたこともなかった。
「うん、行こう、晴一!夕食後、旅行の手配考えよう。楽しみだな!一緒に旅行だけでも楽しみなのに、沖縄リゾートなんて嬉しい。
イチコはペットシッターにあとで連絡いれておくよ。今までも何度か出張で利用しているんだ。良い方がいるんだ」
そんな訳で、俺たちのミニ旅行の計画が決まった。
第二話 同僚の告白
<アダンの同僚: 火曜日の飲み会>
花本との飲みは火曜日になった。
お互い出勤日も限られているし、気兼ねなく退社できる日は火曜日しかなかった。
俺は産業医業務のため、20名のオペレータと面談し、各々の業務負荷や課題をヒアリングし、体調について医師的な面談を定時内で行い、昼食以外はほぼ働き詰めの一日となった。
「花本、お待たせ。定時ギリギリまで面談があって、待たせて悪かった」
俺たちは、本庁の近くのイタリアンバルで待ち合わせた。本庁の人間は、イタリアンはあまり使わないため、意外とバッティングすることがない。
「奈木、飲むの久しぶりだな。出向前だから、3年ぶりか?
しかしお前、変わらないな。俺なんて少し腹が出ておっさん化が進んでいるよ。で、異動先どうだ?順調か?」
花本は相変わらずの飄々とした顔を崩さず、先に一人で始めていたビールを飲みながらニコリと笑った。
俺は店員に生一つと頼んで、花本の向かいの席に腰をかけた。
「お誘いありがとな。帰任して飲みに誘ってくれたのはお前が初めてだよ。皆んな冷たいものさ。
歓迎会も今は縮小か?随分とお役所は断捨離が進んでいるようだな。で、お前の仕事はどうなんだよ」
俺はまず花本の近況を聞いた。
花本はああ・・とあまり気乗りしない返事をして、ま、国のご指示を粛々とこなしているよ、と自虐的に答えた。
本庁にいると、結局は内部調整毎が多い。その割に期限がタイトな仕事を押し付けられる。
できる男だけに、あまり達成感ややりがいを感じない仕事だと、容易に想像できる。
「俺のことは良いよ。想像の通りですよ。最近はすっかり牙を抜かれたっていうか、仕事は淡々とこなしているんだ。
俺も出向しようかと本気で思っているよ。本庁にいても、社内調整に長けただけの汚いオッサンになりそうでさ。俺の方向性と違うっていうか、忖度に疲れてきたよ」
俺は花本の背中をポンポンと叩いた。気持ちが手に取るように分かる。
「花本、大変だったんだな。出向は悪くない選択だ。俺は3年間で随分学んだし、良い出会いも沢山あった。世界は広いぞ。一旦、外に出てみろよ、視野が広がるぞ」
花本はそうだな、と言ってビールを飲み干した。
そして、赤ワインを1本注文し、一緒に飲もうと言った。
「そういえば、アダン、良い人できたのか?最近幸せそうな顔しているし、もともと可愛い顔してたけど、最近特に磨きがかかっているぞ。
言いたくなければ良いけど、良い恋はやっぱり人生で一番大切だよな。。離婚した今、つくづく思うわ。やっぱ、打算や将来の不安で家族作ることも意味あることだけど、俺には無理だったよ。心がついていかなくてさ。
子供もいなかったから良かったけど、別れてほっとしている。
相手も打算の結婚だったのかな、俺の見た目とか年収とか職業で選んだけど、あんたは外面だけで失格だって最後に言われたよ」
社内で人気な男が、こんなに家では言われていただなんて、少し驚きだ。どれだけ家でダメ男だったんだ。
とはいえ、お互い打算だったのだから、早く気づいて良かったとも言える。
「花本さ、まだ31歳だろ?また再婚もできるだろうし、落ち込むのは分かるけど、未来はないなんて思うことないぞ。離婚して2年だっけ?良い人いないのか?」
俺は佐伯さんのことを意識しつつ、聞いてみた。
「うーん、それがさ、、お前になら話しても良いかな。俺さ、自分で言うのもなんだけど、モテるだろ?それで今回の離婚もあって、正直女性の強引さや我欲にはつくづく嫌気が差してさ。このまま独身でもいいやって思ってたんだ。
でもさ、この前実はすごく気になる人ができて戸惑っている。男、、なんだけどさ」
俺はあまり驚かなかった。俺もそうだけど、恋愛に性別なんてない。
俺は一旦自分のことは置いておいて、花本の意中の相手を聞いてみた。
「それがさ、アメリカから調査で来た人なんだけど、ほら、アメリカの大手のノートンスケラー社。サイバーセキュリティ会社の。
そこの白人のイケメンで、仕事の延長で何度か飲んでいるうちに、告白されて。俺が可愛いいんだとさ。
そりゃ、外国の男はガタイいいし、俺なんて20歳くらいにしか見えないみたいなんだけど、なんだかホッとするというか、自然体でいられるんだよな。こんなこと始めてでさ。
今はアメリカに一時帰国しているんだけど、毎日ビデオ電話していて、愛情表現もマメなんだよな。俺の中身みていてくれてさ、、どう思う?」
俺は良かったな、と正直に答えた。
花本は恋愛に真面目だ。
女性陣に群がられて、愛想笑いをしているのを何度も目撃していた。
彼にとってはもしかしたら、初めての本気の恋なのかもしれない。
「花本、いいんじゃないか。キチンと交際して向き合ってみろよ。
海外だから、もしかしたら転勤とか仕事で不都合あるかもしれないけど、お前なら海外で仕事するのも問題ないスキルだし、忖度する文化より、最新のセキュリティの方が性に合っているだろ。
それに、男性が恋愛対象で全く問題ないだろ。実は、俺もそうだし」
花本は赤ワイン2杯目をグラスに注ぎながら、そっか、お前もか、と呟いた。
そして、お互いノンケだったのに人生わからないものだよな、と考え深げに言った。
「奈木はさ、その彼氏、本気なんだろ?お前は入社したての頃からモテたけど、本当に好きな子にしか手を出さないタイプだったし、結構誘いを断ってたもんな。
ま、安西はちょっと置いておいてだな。あれはシツコくて大変だったろ。親父の威光を借りてまでお前を手に入れたいなんて、本当バカだよな。
その彼氏はお前のこと、大切にしてくれるんだろうな。結婚は考えているの?」
俺は頷いた。適切な時期にプロポーズすると言われていること、今度旅行に行くことも伝えた。
ただ、どの人が彼氏かは、仕事の影響もあり伝えなかった。
花本は嬉しそうに、そっか。と言って3杯目のワインを飲んでいる。そして、自分も頑張ろうと言った。
「奈木の話聞いて、勇気出たわ。今度日本に来たら、正式に付き合ってみる。
こんなに惹かれることないし、やっぱり人生でこいつだって思える人と出逢える機会はあるかないかだと最近思ってさ。まずはぶつかってみるよ」
俺たちは、お互い微笑みあって、頑張ろうと手を合わせた。
仕事の悩みが、いつしかお互いの人生のパートナーの話になっていた。
でも、仕事も人生も、良いパートナーがいてこそ輝く部分もある。そのパートナーと別れることがあっても、その輝く時間は自分の人生に大きな影響を与えるはずだし。
佐伯さんのことを紹介できなかったのは残念だけど、また他の人を紹介しようと俺は独りごちた。
その日俺たちは、ワインを1本空けて、また飲もうと約束して別れた。




