第ニ節 パフェとビール
新しい仕事について相談する2人です。
第一話 仕事の決断
<アダンの報告 : これからの仕事>
椎名は俺を見て軽く手を上げた。
その笑顔と切れ長の綺麗な瞳に見惚れ、俺は一瞬遅れて笑顔で手を振った。
「忙しいところごめんな。定時過ぎてもまだ仕事だったろ?この後、オフィスに戻るのか?」
俺は定時で上がる真面目な公務員だが、椎名は多忙なエンジニアだ。俺の都合で仕事を中抜けさせてしまい、申し訳ない。
「いや、今日は定退だ。うちの会社も働き方改革で、最近うるさいんだよ。
お陰様でアダンとデート出来るからラッキーだな」
ウインクして微笑む顔は、眩しすぎて直視できない。俺はメニューを見て気を逸らせた。
「ここさ、いちごパフ美味しいみたいだぞ。谷藤さん言ってた。アダン、好きだろ?これにしたら?」
俺はプリンアラモードにすると、椎名まで甘いものを頼んだ。甘いものに合わせ、2人で紅茶も選ぶ。
紅茶の種類が沢山あってわからないので、椎名に任せた。
しばらくして出てきたパフェとプリンは見た目も豪華で、フルーツがたくさん乗ってキラキラしていた。
考えたら、こんな女子的なカフェデートは初めてかもしれない。
俺は今日の趣旨を若干忘れてパフェの写真を撮り、しばらく美味しく食べてしまった。
その様子を微笑んで眺めていた椎名は、俺のパフェをひと口スプーンで取って食べながら聞いてきた。
「アダン、良かったな。やっぱり本庁はお前を手放したくなくて、上が動いていたんだな。
どうするんだ、この好条件だとしばらく続けるのも悪くないと思うけど、お前はどう考えているんだ?」
椎名はまっすぐな瞳で俺の答えを待つ。
俺は、いったんパフェのスプーンを置いた。
「俺、椎名との時間をこれまで通り確保出来るから、今回の異動は悪くないと思っている。
上司も尾崎さんになったことで、前の部長より信用できそうだ。
センターの社員は、24時間の交代勤務で確かに疲弊しているし、労務環境の改善にも正直言って興味あるし、続けてみようかと気持ちが変わったよ。良いかな?」
椎名はもちろん!と言って、俺の頭をワシワシ撫でてくれた。
「大川専務が、結構動いてくれたみたいだぞ。ミソトラルとしても、お前とまた仕事が出来るから嬉しいと言っていた。
大学の医局はまた今度考えよう。医師として、現場の社員をもっと救ってから考えても遅くないしさ」
そして周りを見渡して、俺の手のひらにチュッとキスをした。そして言った。
「アダンの在宅勤務とミソトラル勤務、めっちゃ嬉しいよ。また同僚としても、よろしくな」
俺は耳まで赤くなって、とりあえず頷いた。
俺は今だに外出先ではコミュ障気味となり、椎名のスマートさに照れてしまうところがある。
照れ隠しにまたパフェを食べると、不意に椎名が自分のプリンを俺の口に入れてくれた。
何だか幸せだな、と美味しい紅茶を飲みながらカフェのひと時を楽しんだ。
第ニ話 明日への希望
<椎名の安心 : 恋人の仕事>
カフェの後、簡単に夕飯を済ませて俺たちは帰宅した。
アダンは本来なら、今日は退職を申し出て少し気落ちして帰ってくると思ったので、俺は少し胸を撫で下ろした。
アダンは駆け寄ってきたイチコにご飯をあげて、小さなベットに寝かしつけている。
「今日はありがとう。退職のつもりが思わぬ継続になったけど、来月からセンターへ異動する辞令は変わらないので、引き続きよろしくな。明日、正式に部長へ返事するよ」
アダンは俺に礼を言った。
俺はアダンの選択に任せただけだったが、大川専務に事前に帰任後のアダンの配属について相談していたのは良かったと思う。
大川専務は、アダンの異動は3年間のミソトラル社の経験が考慮されていないと、本庁まで出向いて話し合ったそうだ。可能であれば、うちの会社で採用したいとまで言ったらしい。頼もしい上司だ。
「晴一、先にお風呂ありがとう。お前も入ってこいよ。上がったらビール飲もうか。今日は暑かったし、少しゆっくりして早めに寝よう」
アダンの顔がほころんでいる。安心したんだな。退職は勇気のいる事だけに、今日は気が張っていたんだろう。俺はアダンの肩にポンと手を置いて、ビールありがとうと、バスルームに向かった。
・・・・・
3階の照明は予想以上に部屋に馴染んでいる。
北欧の優しい灯りが、3階の空間に入った途端に、俺を癒してくれる気がする。
窓を少し開けて夜風を取り込みながら、アダンはビールをグラスに注いでいた。
俺のお気に入りのレコードが流れている。
アンティークの棚のステンドグラスのほのかな灯りが、少しレトロな雰囲気を醸し出していた。
「風呂上がったよ。ビールありがとう。あれ?今日のビール、ベルギーのトラピスト修道院のだな、これ美味しいよな!」
俺は普段なかなか飲めない好みのビールを、自宅にストックしてくれたことが嬉しくて、思わずアダンを抱きしめた。
ふはは、とアダンは可愛く笑って、俺の頬にキスをしてくれた。そして乾杯しようと、コップを俺に渡してくれた。
ビールは芳醇で果実味があり、熟成された赤ワインのような複雑なアロマがある。日本のビールとはまた違う美味しさに、風呂上がりの身体が癒されていくようだ。
「でもさ、なんで修道院でビールなんだ?」
アダンは美味しそうに飲みながら俺に聞いてきた。
「中世のヨーロッパは伝染病が流行っただろ?それで生水が飲用に適さなかったから、水の代わりに栄養価が高く安全な飲み物として、ビールが重宝されたんだ。
もともと『ビールは液体のパン』という考えがキリスト教にあって、それで修道院で盛んにビールが作られたって話だ」
「晴一、詳しいな!そうなんだ、液体のパンか。俺、患者さんにはビールは飲みすぎると痛風になるし、太るぞっていつも言ってた。健康な人には栄養価高いって勧めておくよ」
たまに医者目線になるアダンは、今日はパフェも食べたし太るかなと言いながら、ビールを改めて美味しそうに飲んでいる。
俺は隣に座る恋人をチラリと眺めた。
太るとは縁遠い細身の身体で、少し伸びた前髪をピンで止めている。白い顔とビールでほのかに蒸気した横顔が綺麗だ。
ビールを飲み干したのを見て、俺はアダンの顎に手を添えて、ビールが香る柔らかく赤い唇にキスをして、しばらく濃厚に貪った。
鼻で息をしながら俺のパジャマを握りしめて、一生懸命にキスを返してくる恋人が愛おしい。
窓を閉め、俺たちはそのままベッドに入り、しばらく横になりながらキスを楽しんだ。
ふと,アダンが枕元のHomePodに「おやすみ」と話しかけた。すると3階の照明が、枕元のサイドランプ以外すべて消えた。
「HomePodをプログラムしてみたんだ。いくつか話しかけるパターンで、電化製品のつき方が変わるんだよ。エアコンとかも自動設定だぞ」
さすが、俺の可愛い恋人は何でも出来る。
照明を買った時からプログラムして、既に設定を終えていたらしい。
「やっぱり俺、アダンがいないと何もできないや。プログラムもたまに教えてくれよ」
アダンは破顔して、それはお前の専門だと、またキスをしてきた。
俺たちは平日の夜にじゃれあって、深く愛し合った。笑い声がいつの間にか、お互いの吐息と鳴き声に変わる。
気づけば月は西に傾き、ベッドカーテンを月が美しく白く照らしている。
優しい時間が、今夜もゆっくりと過ぎていった。




