第一節 頼れる上司
退職の意志を伝えるオフィス編です。
第一話 セキュリティ庁の一日
<アダンの意志: 退職の報告>
「退職の気持ちは変わらないのか?」
セキュリティ庁の上司である尾崎部長が残念そうに言った。周りを慮ってか、会議室で2人で話している。
尾崎部長は先月に異動してきたエリート部長だが、そんな態度は一切見せない切れ者だと思っている。
俺ははっきりと退職の意志を伝えた。
「安西君の件で、君に迷惑をかけたのは分かっている。ただ、3年間もミソトラルに出向してもらい、あちらでの評価も高いんだ。
今回、本来は本部の良いポジションをと思っていたんだが、安西議員への配慮もあり申し訳ない。
いったんセンター勤務で新たなスキルを身につけてもらい、改めて本部の幹部候補を考えているんだが、もう少し検討してもらえないか?」
俺はセキュリティセンターでの24時間勤務は無理であること、センターでの深夜激務などは望んでいないことをはっきりと伝えた。
そして、医師としての仕事に比重を起きたいことを明確に伝えた。
尾崎部長は公務員らしい、事なかれ主義のタイプではあるが、飄々としている反面、社内での影響力は大きく、控えめながら実力のある上司だ。
少し考えて、尾崎部長は提案をしてきた。
「奈木君、君の実力と人物は私も高く評価している。とは言え、ここは政治も複雑に絡む駆け引きの世界でもある。安西君の事は済まなかった。彼と距離をとる配慮は、今度こそ守ろう。
そこでだが、君にはセキュリティーセンター勤務はそのままで、二直勤務のオペレーターの産業医としての健康管理をメインにしてもらい、出勤は平日の定時内の2日の医局勤務だけはどうだろう?
それであれば、出勤は今と同じ本庁の医局になり、センターへの出勤もない。
それと、企画的なサイバー攻撃などのインシデント対策は、基本は自宅からのリモートでの勤務で対応してもらう。攻撃の新手口などは自宅で分析可能だし、自宅での業務環境の構築は私が手配する。
また、インシデント対策の件は、引き続きミソトラル社に業務委託しているので、今後もミソトラル社と業務を行うこととなる。
つまり、実質的にミソトラル社に半分くらい足を突っ込む形だな。どうかな?」
願ってもいない提案だ。
センター出勤がなく、センターの社員の健康管理は医師として行うことができる。
更に基本は在宅勤務で、出勤することがあるとしたら、椎名の会社のミソトラル社だ。知り合いも多く、やり易い。
俺は、返事を明日にすると伝え、尾崎部長へ配慮頂いたお礼をして頭を下げた。
「いや、君は本当に優秀だし、それに人柄も良い。こんな殺伐とした本庁だからこそ、君のようなタイプは今後必要になってくるんだよ。
それに、今君に辞められたら、ミソトラル社と関係が悪くなりそうだしな。あちらの大川専務が君をとても気に入っていてね、くれぐれもよろしくと釘を刺されている。
もっと早く言うべきだったが、私も裏で色々動いていて遅くなってすまない。是非、前向きに検討して欲しい」
退職の意向が、思わぬ展開となった。
以前の上司ならこの提案は無理だったろう。上司が尾崎部長に変わったことで風向きが変わったと言える。
俺は椎名の携帯に手短かに用件を連絡し、帰りにミソトラル社の近くのカフェで落ち合うことにした。
椎名はメールで、とても喜んでくれた。
俺も在宅勤務が多ければ、椎名とイチコとの時間も大切にできる。俺は2人のことを思い浮かべて、自然と足取りが軽くなった。
第ニ話 久しぶりの邂逅
<アダンの同期: 帰任の現実>
「奈木、帰任してから初めてだな。元気だったか?」
同期の花本が声をかけてきた。名前の通り華やかな見た目で、女子社員に人気のあるエリートだ。
「おう、お陰様で。花本、本庁は相変わらずだな。最新のセキュリティとは名ばかりか?この前もサイバー攻撃受けてたよな。大丈夫かよ」
俺はチクリと言ってやった。
お役所って所は、仕事を委託ばかりしてて、頭でっかちで、いざとなったら手足を動かせる人間が少ない。
「そう言うなって、奈木。お前は外で3年も自由な空気吸ってきたからそんなこと言えるんだよ。
本庁のおじ様達とのやり取りで、俺は精気も吸い取られているんだぜ。
なっ、今度飲みに行かないか?たまには同期でゆっくり話そうぜ」
俺は花本が割と好きだ。正直な奴で、エリートだが計算高くない。俺とは本音で話せる数少ない同僚だ。来週にでもと約束をして、花本と別れた。
去り際、花本にからかわれた。
「奈木さ、なんか小洒落たよな。好きな人でもできたか?カッコよくなって、女子が、と言うかお前の場合は男子もざわめいているぞ。
まぁ、俺から見たらカッコいいと言うか、可愛いが正しいけどな。どっちでも良いけど、お幸せに!」
ふん、面白い奴だ。
俺はようやくセキュリティ庁に帰任した実感がわいてきた。
それにしても、早く定時にならないかな。椎名に早く会って話したいと思った。家でも良いけど、早く顔を見たい。
俺もたいがい重たい男だ。すっかり恋に溺れている自分を改めて自覚した。




