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ふたりのラプソディ  作者: ほしまいこ
第四章 別れと始まり
16/27

第二節 新しい暮らし

ふたりの引越し初日編です。

✳︎R15の表現があります。


第一話 引越しの日

<椎名の引越し: 恋人の家>


梅雨に入って気温が一段と高くなった。

少し身体を動かすだけだ、汗が額を濡らす。


週末に俺は車をレンタルし、アダンの家に最低限の荷物を持ち込んだ。


家具類はほとんどをリサイクルするか、後輩にあげた。パソコン機器類も必要なものに絞った。アダンの設備の方が最新のものが多いからだ。


今までの生き方をデトックスしたかのようで、俺は心身が軽くなった気がした。


アダンも荷物運びを手伝ってくれて、少ない引越しはあっという間に終わった。


「オーディオとレコード類は少し場所を取るな、ゴメン。2階の居間か3階の寝室どちらに置いたらいい?」


暑いためか、アダンは前髪を幅広のピンで止めて、白いオデコを惜しみなく出している。

割と力持ちなのか、俺と2人で荷物の搬入をあっという間に片付けてくれる。


「レコード類は3階に置かないか?3階は椎名の部屋として一部屋のスペース確保したから好きに使っていいぞ。

それに、ソファでゆっくりレコード聞きたいし。好きなところに置いて」


3階はお互いのプライベート空間を確保しつつ、ソファ周りは共用のリラックススペースとすることにした。


もともと家具類が少なく、特に3階は広いスペースだったため、アダンとの共同生活は決して狭くは感じない。俺は新しい生活が楽しみでならない。これがいわゆる同棲か。

俺は少しこそばゆく感じ、気持ちを落ち着かせるために3階の窓から青く広がると空を眺めた。


2階に降りると俺が汗まみれのため、アダンはエアコンの温度を低くしてくれた。そのため、イチコが寒すぎると浴室の方に走って行ってしまった。

寒さはイチコの老体に障るかもしれない。


車を近所のレンタカーに返却がてら、俺はアダンを車に誘った。荷台のある軽自動車で色気もないが、2人でドライブをしたかったからだ。


「御苑に行きたがってただろ?近くだし、散歩がてら行こうか。それとも、どこか行きたいところあるか?」


アダンはカーナビを操作しながか、少し考え込んで言った。

「俺、考えたら恋人とドライブはこれが初めてだよ。だから、普通にこの近所とか走ってみたいかな。意外と知らないんだ、家の近所」


「アダンはペーパードライバー?そうだよな、若い時のあの勉強量だと、運転する時間もないよな。うーん、じゃ、代々木や渋谷、新宿方面をぐるっとしようか。知らない道に何気にケーキ屋とかお店多いから、気になる店あったら声かけてくれな!」


片付けは明日にかけて行うとして、昼食がてら車を走らせた。アダンが音楽をおもむろにかけて、楽しげに口ずさむ。


青い空の中、こうして俺たちの新生活が始まった。


・・・・・


「音の響き、凄くいい。ここに置いて正解だったな」


アダンは俺のレコードとアンプ一色を、ソファ横のアンティークの棚を上手いこと片付けて設置した。

俺はスピーカーを天井から吊り下げて、音が良く響くよう工事をした。

これで2人の時間にレコードをゆっくりと聞くことができる。


今まで1人で自宅でゆっくりとレコードを聞くのも悪くはなかったが、先日アダンが俺の家に来た時に、2人で音楽を聞くとそれぞれ受け止め方が違い、何気ない癒しの時間に彩りが増した気がした。


お互いの個体差でこんなにも感性が違っていて、人と語り合ったり共感出来ることが楽しくて仕方ないと初めて感じた。


3階のフロアは俺のプライベート空間として、リフォームをアダンに提案されたが、俺は断った。

ベットは同じものを使いたいし、俺にとってプライベート空間は作業用の机が一つあれば十分だ。


それに、寝室となると3階ではあまり仕事はしたくない。


アダンはもともと使っていなかった3階のロフト部分に、自身のパソコン以外のパーソナルスペースを作った。主に医学関係の資料や論文作成の時に使うという。


唯一、俺はプライベート空間として、1階のサーバ端末室に机と椅子程度のスペースをもらった。


もともと、1階は端末やサーバ類の仕事兼、趣味スペースとしてアダンが使っていたため、使っていないエリアが多い。

本棚もまだ余裕があるため、医学書の横にシステム関連の専門書を置かせてもらった。


「サーバ類はまた今度時間をかけて整理していこうか。机も置けたし、家での作業はこれでバッチリだ。まぁ多分、端末いじるくらいなら、食卓かソファで済ませてしまいそうだけどな。

ほんと、家が広くて快適だよ。アダン、ありがとうな。お前が1人になりたい時は、別フロアにお互い居れば良いだけだから、戸建って便利だな」


これで、お互いのパーソナルスペースも確保できたし、恋人としての共用空間もできた。


アダンとは交際してまだひと月も経っていないが、俺はすっかりその可愛らしさと、優しい家庭的な面、そして驚くほどの頭脳に惚れ込んでいた。


何よりそう言った条件を置いても、心、いや、魂を掴まれたと言うか、ようやく片割れに出会えた感覚を覚えていた。

それはとても俺の気持ちを高揚させた。


アダンは来週水曜日の月末日が出向の最終日だ。


それまでに、俺は引越しを終わらせたかった。

アダンの帰任後も、こうして毎日顔を合わせたかったのが本音だ。


今考えると、セキュリティ庁に帰任の話を聞いた3ヶ月前から、きっと俺は薄々と自分の気持ちに気付いていたのだと思う。

我ながら鈍感だ。恋愛対象が異性だと刷り込まれていたんだろう。こんなに惚れていたのにな。


不意に、アダンが俺の頬にキスをした。


「スピーカーの設置も終わったから、お茶にしない?美味しい水羊羹あるんだ。近所の有名店のでさ、生和菓子もあるぞ。冷茶入れたから、おいで」


アダンは2階の白タイルの食卓に茶菓子を用意していた。クーラーが効いているとはいえ、イチコのためにそこまで冷房を効かせていない室内で、この冷たい夏の口取りはありがたい。


俺たちは夏風に揺れる風鈴の音を聴きながら、ゆっくりと休日の午後を楽しんだ。




第二話 引越しの夜

<アダンの安心: 落ち着いた心>


「美味しかった!近所にあんなに美味しいピザ屋あるなんて知らなかったよ」


俺は椎名にお礼を言った。


「アダン、あんな近くの美味しい店知らなかったなんて、お前、散歩もしたことなかったのか?」


椎名は呆れつつも、イタズラっぽく笑った。


俺は自分自身、近所のことを本当に何も知らないんだと驚いた。今の時代、携帯で簡単に調べられるのにだ。

俺は如何に自分が、プライベートの時間に何もしてこなかったかを思い知らされた。


2人で近所の路地にあるイタリアンで夕飯を済ませた。引越しの時に、車で界隈を走っていた時に偶然見つけた店だ。


その店はピザ釜で焼くのはもちろん、生地にこだわりがあってモチモチしていて美味しい。

引越しで身体を動かしたこともあり、俺はピザの他にパスタと、椎名が呆れるくらい食べてしまった。流石にお腹いっぱいだ。


帰宅後に汗をシャワーで流し、ビールを3階のサイドテーブルにセッティングした。

明日は日曜日だし、椎名とゆっくりビールが飲みたい。


ソファでぼんやりと、楽しかった引越しのやり取りや夕食を思い返した。

これからの同棲の日々が改めて楽しみだ。


今週は引越し対応、帰任の引き続きで仕事が忙しかったこともあり、何だか眠たくなってきた。

椎名がシャワーから戻るまで、少しうとうとするか。


この3ヶ月はほんとにあっという間で忙しかった。椎名とも両思いになれたし、同棲までできるなんてな。幸せすぎる。。

俺はぼんやりと意識を手放していた。



夢をみていた。病室の暗い明りと壁が見える。

壁はグレーで所々はげている。

母は俺に背を向けて横になっている。午前のメールでは朝ごはんはきちんと食べたと書てあった。今日は母さんの誕生日だ。


「母さん、来たよ。眠たいの?」

母はぴくりとも動かない。父さんが横のイスに寂しそうに座っている。


「アダン、ごめんな。母さんはモルヒネが効いて、ずっとこの調子だ。痛みが強いようだ。今日はもう帰りなさい。起きたら電話するように伝えるから」


俺はグレーの病室の壁紙が死を思わせるように感じて、現実を受け止められなくて逃げるように帰った。


その日の夜、母さんから連絡があった。俺は丁度、その電話に出ることができなかった。学校に戻り遅くまで図書館で勉強していたからだ。


『アダシ、ごめんね、来てくれたのに。お母さん、あなたの幸せがいちばん大切よ。それが一番のプレゼント。今日は来てくれてありがとう。また来てね。じゃ、勉強がんばって』


留守電が残っていた。俺は繰り返し聞いた。

その日の夜に母さんは亡くなった。

俺が高校生の時だ。俺の一番の理解者だった。


「アダン、大丈夫か?うなされているぞ」


ぼんやり目をあけると、椎名が俺の肩を揺らしている。短い時間だが、眠りが深かったのか、現実に戻るのに時間を要した。


「ごめん、母さんがなくなる時の夢を見てた。考えたら、命日近いからな、、ごめん心配かけた。もう、14年も前の事なのにな」


椎名はそっと俺を抱きしめた。

無言で頭を何度も梳ってくれる。


「色々あって、落ち着いたからホッとしたのかも。母さん、俺がようやくお前と幸せになったから喜んでいるのかもな。俺の幸せが一番だと言っていたよ。でもせめて、最後は看取ってあげたかった」


椎名は俺の目を見つめて、瞼にチュッとキスを落とした。そして優しく囁いた。


「これからは俺がいるからな。お前の新しい家族だ。お母さんの代わりにはならないけど、お前の幸せを望むのは一緒だよ」


俺は椎名の広い胸に顔を埋めた。

風呂上がりの優しい石鹸の香りがした。


今まで心に閉まっていた、家族との辛い一つ一つの思い出を、ようやく共有する相手ができたことに、俺はようやく気がついた。

もう、弱音を吐いても良いんだ。

俺は知らず涙を流していた。


・・・・・


椎名と使うベッドなどの家具類は、明日見に行くことにした。


今日は少し狭いが、俺のベッドに2人で横になった。俺が涙を流したことで、今日は優しく抱きしめてくれて、それ以上は望んでいないようだ。


俺は横になりながら、そっと椎名の整った顔を見つめた。その顔は彫刻のように整って、風呂上がりの清潔な肌は水を弾くかのように滑らかだ。


俺はその細い輪郭をそっと撫でて、この愛しい男性が自分の恋人である事を改めて確認した。


「アダン、寝れないのか?俺の心臓の音、うるさいか?

そうだ、明日は青山の専門店でベッド買おう。下取りもしてくれるし、どうせなら良いもの買わないか?近くにインテリアショップもあるし、照明や2人の家具類も見てこようよ」


「おう、いいな」 俺は頷いた。


ベッドを買うなんて新婚みたいだけど、2人の癒しの時間を過ごす場所はお互い気に入ったものを買いたい。


椎名は携帯で、明日行くインテリアショップの地図を調べはじめた。

俺は少し気を引きたくなり、その頬にキスをした。

そしてそっと、椎名の首にあるホクロを触ってみた。耳の後ろに綺麗なホクロがあり、そこにキスしたいと前から思っていた。


まだ身体を重ねる回数も少なく、俺に余裕がなさ過ぎて、考えたらまだホクロにキスをしたことがなかった。


椎名はおもむろに携帯を置いて、俺の顎を持ち上げ、軽く、そして優しく唇を合わせた。

その甘酸っぱい感じにたまらず、俺は椎名の唇に思わず舌を差し込んだ。


しばらくお互いの唇を貪っていたが、椎名は優しく俺を抱きしめて、耳たぶを甘噛みして上に乗ってきた。

俺は椎名を愛おしく抱きしめて、その温もりと重さを身体で確かめた。


俺よりガタイの良い長身の身体は、俺を潰さないように優しく、でも余裕なさそうにパジャマの下から手を入れて俺の素肌をなぞる。


俺は自分でも恥ずかしくなるような吐息を漏らした。そして思い切って首のホクロにキスをした。時を止めて、このまま椎名と溶けあいたい。


身体中の五感すべて、視覚も味覚もすべて、椎名のためにあると感じる。

その感情は、愛おしさと欲望と、そして切なさが入り混じり、俺の思考を止める。


柔らかな髪が、俺の首すじに触れた。

俺はすべてを椎名に委ねて、そっと目を閉じた。


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