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ふたりのラプソディ  作者: ほしまいこ
第四章 別れと始まり
15/27

第一節 始まりのサヨナラ

送別会の日に、新しい生活に向けて前向きに進む2人です。

第一話 それぞれの別れ

<椎名の別れ: 恋人の帰任>


「本日はお忙しいなか、私の送別会を開催頂き、ありがとうございます。

この3年間は皆さんには大変お世話になりました。

おかげさまでとても充実した時間で、AI業務はじめ、最先端の開発業務に携わることができ貴重な経験をすることができました。

帰任後の業務はまだ決まっておりませんが、また何らかの形で皆さんとお仕事をご一緒出来ればと思います」


今日はアダンの送別会だ。


仕事で親密だったメンバーだけでこじんまりと行っている。大規模にすると、役員もセキュリティ庁の関係者も来るためだ。奈木の部署からは大川専務、谷藤さん、佐伯さん、それと若手とセキュリティ庁の出向メンバが来ている。


俺の関係者は中嶋さんと後輩たちと小規模だが、気兼ねなくゆっくり話ができる。


安西さんには一応声をかけたが、用事があると断られたそうだ。


アダンへの暴挙依頼、安西さんはピタリと姿を見せなくなった。恐らく大川専務がセキュリティ庁に密やかに釘を刺したのではと思っている。

安西さんは帰任挨拶するほどミソトラルに居たわけではないので、誰も気にもかけなくなった。



あいにく外は雨だ。気づけば6月半ばと梅雨に入っている。


佐伯さんにお酒を勧められている奈木は、ビールをちびちびと飲みながら、大川専務と穏やかに会話をしている。


俺の隣には谷藤さんがピッタリとくっついている。少し飲んでいるのか、くっつき度合いがすごい。

俺は中嶋さんに助けを求める視線を投げかけた。


「椎名さん、あまり飲んでないじゃないですか?そんなに奈木さんが帰任するの寂しいのですか?奈木さんいなくても、引き続きウチの部署にも顔を出してくださいね。

そうだ、来週、うちの部でちょっと早い暑気払いするんですけど、メンバに追加しときますね。今回のリリースだって、うちの部のサポートあったからなんですから、椎名さん絶対に参加ですよ」


谷藤さんはつれない俺の態度ではラチがあかないと判断したのか、俺に強引な作戦に出てきた。


中嶋さんはほくそ笑んで、谷藤さんを少し気の毒そうな目で見た。


「谷藤さん、椎名もようやくリリース決まってホッとしているから、少し手加減してやってください。暑気払いはうちの部の若手に声をかけときますよ。

コイツは働き過ぎて少し参っていると言うか体調心配なので、しばらく安静にさせてください」


中嶋さん、それでは俺はまるで病人みたいだ、と思いつつ、それでも良いかと思い直して、中嶋さんにこっそりと頭を下げた。


アダンは俺にたまに視線を送ってくれるが、すぐに参加メンバに話しかけられ、なかなかこちらに来られない。


お酒を勧められて飲んでいるアダンは、俺のカットがとても似合っていて、普通にかわいいイケメンだ。周りも自然と女性が取り囲む。


トイレで席を外した後輩の席に、佐伯さんが座った。ふわりと良い香りがする。この人はいつも清潔感をまとっている。


俺は今日は子供のお迎えは大丈夫かと聞いた。


「大丈夫です。今日は母が来てくれているので。それにしても、奈木さん帰任したら、何だかうちの部も寂しくなりますよ。すごく優秀な方でしたからね。あそこまでの方は中々いないですよ。

でもセキュリティ庁ではまた苦労されそうですよね。やっぱりお役所ってなんか雰囲気が独特と言うか、進んでいる部分とすごく昭和のやり方が混雑していると言うか。奈木さんってもっと自由な感じが似合うと思うんですよね」


俺もそう思う。

でもせっかく努力して公務員になったんだから、奈木の努力を応援してあげたい気持ちは拭えない。


しかし、あんな無防備なアダンをまた政治的な組織に戻して果たして大丈夫だろうか。安西さんが今のうちは大人しくしているとしてもだ。


佐伯さんは少し飲み過ぎたのか、ほうとため息をつきながら話しはじめた。


「奈木さん、良い方でしたよね。私もあんな穏やかな方と結婚すれば良かった。

元旦那なんかと一緒にならなければ、他の人生もあったのかもしれません。旦那は結婚してから精神的な障害と分かって、急に激怒したり会社を半年も休んだりと、何だか精神が疲弊しました。思い出しても辛いです。


子供の教育に悪いと思って別れましたけど、本当は私がこの人と生涯共に過ごせないと脱落したんですよ。毎日がジェットコースターみたいで、泣いてばかりでした。良い時もあるから、別れるのは自分の力不足だとしばらく落ち込みました」


俺はなんと答えてあげて良いか迷ったが、佐伯さんの気持ちはわかる。


思わずその手を握って、大丈夫ですか、と慰めていた。何だかほっておけない。


家族の病気や素行で家族は翻弄されるものだ。しかも、社会的にも法的にも、家族は支え合うものと言われている。

翻弄されて自分の人生を踏み外す人もいると言うのに、血の繋がりや戸籍の繋がりで人はどうしてこうも縛られるんだろう。


佐伯さんは酔って本音を漏らしたことを詫びてきた。

離婚の原因は聞いたことがなかったが、大変だったんだな。子供も居るのに佐伯さんが別れるくらいなのでよほどの事があったんだろう。


俺は何かフォローを入れようとしたが、いつの間にか佐伯さんの横に移動いていたアダンが、佐伯さんの肩を撫でている。


佐伯さんはアダンに気づいて言った。


「すみません、送別会なのにこんな暗い話。でも奈木さん、人間というか、生き物はどうしてこうも解明できない病気があるんですか?お医者さんも分からないと言ってました」


アダンは少し同情の目を向けながら、佐伯さんに答えた。


「佐伯さん、なかなか家族になるってことは大変なことですよ。上手く行かなかった原因や結果で自分を責めないであげてください。

旦那さんの病気が原因とはお聞きしましたけど、それはお辛かったですよね。


僕の場合も同じです。精神の病がある姉でしたから、それは大変でした。元旦那さんと同じ病気ですよ。それにいくつかパーソナル障害とかも混じっていたかな。。

でも、本人は悪くないんです。まだまだ分からない精神の病気分野ですけど、脳の病とも言われています。現に、昨日まで会社に行けていたのに、急に次の日から寝たきりになったりなんてしょっちゅうでした。だから、あなたのせいではありません。病気のためなんですよ。


本人が一番辛い。医者なんかやっていると、神様はなぜこんなに不可思議な病気を人間に与えたんだろうと思う時があります。

ただ、それは才能の裏返しでもあり、創造者などのアーティストに多いんですよ。社会的な規範では測りきれないものなんです。

でも家族は辛いですよね…お察しいたします」


佐伯さんは涙ぐみながら、ありがとうと呟いて、奈木さん、帰らないでください〜と抱きついた。


話しを知らない周りのメンバーは、佐伯さんが酔ったと楽しげに更にお酒を勧めてきた。



アダンは優しい。その優しさは、家族の病や一人の孤独を経験したものだけが持つ、深い悲しみの闇を見たからなのかもしれない。


俺はまだまだアダンの心の痛みを分かってあげていないと感じた。

俺は2杯目のビールを飲み干した。


その日の夜は、初夏にもかかわらず、真夏のようにとても暑い夜だった。




第ニ話 さよならと新生活

<椎名のこれから: 恋人との明日>


平日ということもあり、程なくして送別会は解散となった。アダンと佐伯さんは俺と同じ方面ということもあり、一緒に宴会を後にした。


「何だか、奈木さんが居なくなるのは信じられませんよ。奈木さんは何だか少し私の高校時代の憧れの先輩に似てたから、一緒に仕事するの楽しかったんですけどね」


アダンは少し照れている。

確かに佐伯さんに高校時代に付き合ってと言われたら、男なら揺れるだろうな。


佐伯さんは別れ際に涙ぐみながら、ありがとうと呟いて、アダンの手を握ってまた話しましょうと笑って、駅の改札に消えた。


俺は佐伯さんの気持ちと、アダンの気持ち、そして2人かそれぞれ置かれた家族の苦労を思った。

俺はアダンにとって良い家族になりたい、でも、家族って難しいんだろうな。俺も家族に恵まれたわけではないしな。


アダンに出会ってから、自分のことばかりではなく、他の人にもそれぞれ重たい悩みや苦しさがあることを、身近に感じることができるようになったと思う。

機械相手ばかりの世界だったが、現実味を帯びた彩りが俺の世界に広がっている。


俺はそれを教えてくれたアダンの手をそっと握った。アダンはふわりと俺を見上げた。


「なあ、椎名。今日はありがとうな。送別会も終わって、いよいよこの会社ともサヨナラかと思うと寂しいよ。ほんと、セキュリティ庁は辞めようかな。今後のこと、真剣に考えてみるよ」


アダンはそう言って微笑んだ。


「俺、さっきの佐伯さんの話しを聞いていたら、もう一度きちんと医療に向き合って、この不可思議な人間の身体を学びたくなったよ。

プログラム関係は椎名がいるから、お前みたいな人材がこれからを支えて行くんだ。

俺は結局、中途半端だったけど、お前に出会えたことは後悔してない。むしろ良かったよ」


俺は頷き、アダンの選択を応援すると言った。

アダンなら何でもできるだろう。

でも不安な時は俺が支えるんだ。そう思った。


「なぁ、週末、引越ししていいか?荷物はほとんど纏めたんだ。家具類は後輩が欲しいって言うから捨てるものはほとんどなかったよ。2人で必要なものはこれから揃えよう」


アダンは嬉しそうに微笑み、アルコールでピンク色に染まる白い頬を更に赤く染めた。


「イチコも喜ぶな!よろしくな椎名!」


俺は心が暖かな何かに満たされる錯覚を覚えた。


暑さの残る夜の灯りの中を、手を繋いで俺たちはゆっくりと帰宅した。

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