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ふたりのラプソディ  作者: ほしまいこ
第三章 恋人と恋敵
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第五節 恋敵への牽制

恋敵へのけん制編です。

第一話 恋敵への牽制

<椎名の戦略: 釘を刺すこと>


「週末から少しずつ荷物を移動させても良いか?お前の家の片付けもあるし、急がないので時間を見ながら進めようぜ。イチコも俺がいつも居たらビックリするのかもだしな」


俺はアダンとの暮らしが楽しみでならない。

今は家族とまではいかないが、近しい人とのプライベートな時間と空間にこんなにも憧れを持っていたのかと、自分でも驚く。


俺は入社してから駆け抜けてきた時間をぼんやりと思い返していた。


アダンと3ヶ月前に関係が進む前は正直、自分の足元がグラグラと感じる事が多かった。そして、様々な感情や周囲の思いに翻弄されて、自分自身が心がない者になりそうな気がしていた。


それでも時は進んで日々を重ねていく。時間も人も待っていてはくれない。


そのため、仕事への達成感や周囲の同意の数が絶対数の味方だと思って、何とか前向きに過ごしてみたものの、心も身体も疲弊していた。


それがこの3ヶ月で、仕事もプライベートもずいぶんと前向きに進んだと感じる。


人生ってわからないものだな、とつくづく思う。


引越し前に、疎遠になっている家族に連絡を入れるか、と久しぶりに思った。


・・・・・


「椎名さん、ちょっとお時間良いですか?」


不意に安西さんに呼び止められた。

その目は笑顔で繕っているが、剣のように鋭い感情を隠しているのが分かる。


こちらからもアダンの件もあり、声を掛けようと思っていたので好都合だ。


「先日はプロジェクトの件でサポート頂き、ありがとうございました。何か私にお話しですか?」


安西さんはカフェエリアでお茶はどうかと提案してきたので、彼の後ろに続いてコーヒーを飲むことにした。


「椎名さん、今回奈木から引き続きを受け、私が入るほどの業務が残っていないことがわかりましたので、現在の出向者から引き継ぎ担当を立てることにしました。

奈木と共に私も帰任いたします。短い間ですがお世話になりました。


それでなんですが、奈木の事でお聞きしたいことがあるんです。今回、帰任後に山口に栄転の話があったのですが奈木が断ったそうです。何かお心当たりありますか?」


白々しいな。アダンの事を探りを入れている。


俺はこの件ははっきり言った方が良いのか、それがアダンのためになるか、まだ計りかねていた。


ここは会社だ。男性同士のパートナーへの理解は会社によってまだ違いがある。まして、お役所はどうなのか。


俺は一旦は当たり障りのない本当のことを伝えた。


「いえ、山口転勤のことは私は知りません。彼の判断だと思いますが、こちらで続けたい仕事があるのではないでしょうか?」


安西さんは納得行かなそうな表情を浮かべ、曖昧に頷いた。


「それとこれはプライベートなことになりますが、私事の都合で、しばらくは奈木さんの自宅に住まわせて頂くこととなりました。ルームシェアですので、もちろん家賃も払いますし、会社にも伝えております。

仕事で大変信用できる方でしたので、奈木さんとは今後も、仲良くさせて頂ければと思っております」


安西さんは、ぴくりと左の眉毛を動かした。


俺たちの関係を付くことを、事前に制されたからだろう。それこそコンプライアンスもあり、これ以上立ち入れないはずた。


安西さんは「そうですか」と頷き、では、と席を立った。立ち去る際のその瞳には、嫉妬の炎が垣間見えたが、俺は気づかぬふりをして会釈した。



奈木には念のため、会話の内容を携帯に連絡し、当面はルームメイトとして会社では振る舞うよう伝えた。アダンのセキュリティ庁での立場もあるだろうから。


これで当面は安西さんもアダンに付きまとわないだろう。俺と同居している自宅まで近寄れないはずだ。


あとは帰任後に、アダンが不遇に合わないように考慮出来るところは対応したい。

明日、中嶋さんに面談予約を入れて、アダンの帰任時の評価について、人事にかけ合ってもらうか。


俺は最後の仕事の仕上げのため、オフィスに向かった。そして、今日は早くアダンとの自宅に帰ろうと仕事を巻きで終わらせると誓った。



第ニ話 反撃

<椎名の怒り: 恋敵の暴挙>


「椎名、お帰り。今日も遅くまでお疲れさま!」


アダンとイチコが玄関まで走って出迎えてくれた。


今日もアダンの家に帰った。

まだ安西さんのこともあるし、今週分の荷物を置いていたこともある。


でも実際は、俺がこの環境に居心地良く感じている。


イチコは目を輝かして俺の足元に何度もタックルを繰り返す。アダンは俺の首にしがみつき、お帰りのキスをする。ああ、何だか幸せだ。


「今日は簡単だけど親子丼にしたよ。先に食べる?風呂がいい?」


まるで新婚だな。俺は思わず破顔した。


「お腹すいたから、親子丼が良いな」


アダンはテキパキと食事を用意してくれた。


細い肩のラインがワイシャツの上からでも分かる。まるで子供のような華奢さと、明るいくせ毛の髪色だけを見ると、まだ大学生くらいにしか見えない。


その時ふと、キッチンに立つアダンのワイシャツを捲った白い腕を見て、俺はハッとした。


「アダン、その手首の青あざはなんだ?まさか、あいつ、安西か?」


アダンは隠そうとしていたのかもしれない。バレてしまったと思ったのか、きまり悪そうに頷いた。


話によると、今日の帰り際に俺とのルームシェアの件と、異動辞退のことを安西さんに責められた。


どちらもプライベートなことで、まして昇進に絡む人事のことは関係ないと言ったら、手首を強く掴まれて、壁に叩きつけられたそうだ。


「安西さんのことは、本庁の上司にも言ってるんだけど、あんまり対応も芳しくなくて。

あんまり酷かったら、HRに相談して、社内弁護士に相談になるかもしれない。ただ、そこまでしたら、俺も本庁に残るのは難しいかもな。

一段落するまで、また他社に出向させてもらえないか、上司と来週面談することになった。心配かけてゴメン」



どこの世界でもそうだが、権力者って言うのは本当に腐っているな。俺はアダンの青あざを見て、激しい怒りが湧いてきた。


「アダン、お前が不利益を被ることはないよ。まず、その青あざは写真を撮って、この後に病院に行こう。診断書をもらって、今回のことはきちんと証拠として残そう。DVと一緒だよ。

証拠があれば、警察だってなんでも動くんだ。夜間の病院が近くにあるから、ご飯食べてすぐ向かおう」


アダンは少し驚いた顔をして、頷いた。


アダン本人が医師なのに、大切なところでは鈍いと言うか、世間に疎いところがある。本当にほっておけない。



食後に夜間病院に行き、診断書をもらった。

先生は、これは悪意のあるアザですね、と言った。普通の力ではここまで青あざはできない。完全な暴力だと言う。


俺はまたしても、激しい怒りがわいた。



帰宅後、アダンは温かいお茶を淹れてくれた。アダンは緑茶好きだ。玉露の茶葉をいくつか揃えている。ペットボトルのお茶ばかり飲んでいた俺には、心が温まる味だ。本当に美味い。


「椎名、ありがとな。でも、あんまり大袈裟にしたくないんだ。俺、あんな風に権力だけで人をどうにかしようっていう奴、すごく嫌いだ。

でも俺は器用に生きられないから、権力や人に媚びたり上手いこと対処する自信ないよ。


ただ、今はお前と一緒に居たいだけ。仕事は楽しいよ。だけど、お前と離れてまでやりたい仕事は今はない。優先したいんだよ、椎名との時間を。

今まで走り続けたからな。少し休みたいし、お前ときちんと恋をしたい。これが本音だよ」


アダンは美味しそうにお茶を飲んでいたが、そっとお茶を茶托に置いて、俺の頬にキスをした。


「アダン、お前の気持ちはわかった。それにありがとう。俺もお前との時間を大切にしたい。

だかな、あいつらは俺たち普通の人間を、虫ケラみたいに簡単に消すことも出来るんだ。そのくらい権力があると思っている。


ま、それは言い過ぎかもだけど、安西のことはキチンと釘を刺した方がいい。

明日、中嶋さんに相談してみる。旦那さんが法務部だし、上手いこと解決してみせるよ。


これからはお前のことは俺が守る。

お前も俺を仕事で何度も守ってくれただろ?お互い様だ」


アダンははっと目を大きく見開いて、ふわっと笑みを浮かべた。


「椎名、お前はやっぱりいい男だな。ほんと、惚れ直したよ。味方がいるって心強いものだな…

さっ、明日も仕事だ。そろそろお風呂に入ってもう寝よう。あ、一緒に入る?」


アダンはイタズラっぽく微笑んだ。


俺は頷いて、アダンを抱えて風呂場に向かった。アダンは真っ赤になって、足をばたつかせたが、しばらくして諦めて首にしがみついた。


イチコが足元で不思議そうに俺たちを見上げて、ニャンと鳴いた。そして眠たそうにあくびをして、自分の小さなベットに向かって歩いていった。


その姿は、まるで俺たちの2人の時間を邪魔しない配慮のようだった。


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