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ふたりのラプソディ  作者: ほしまいこ
第一章 東京オフィス
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第一節 仕事の熱量

作品をお読みいただき、ありがとうございます。

東京のIT企業を舞台にした、とあるシステム開発に携わる同僚ふたりのBL作品です。


出向明けが3ヶ月後と時限が迫る中、ひょんなことからお互いの距離が縮まり、次第にお互いに唯ならぬ関心を寄せていくふたりです。


なお、実在の駅名や地名、架空の会社や職務、業界用語が多くなります。フィクションとしてお読みください。


✳︎今後の展開でR15の場面もあります。ご了承ください。

第一話 月白の世界

<椎名の日常: 同僚との再会>


モニタの文字が霞んで見える。

何時間、座ったままのこの姿勢でいたのかも忘れた。集中力も切れてきた。


はぁ、今日はここまでにするか。

俺はディスク越しに見える大きな窓の外をぼんやりと眺めた。


外はまだ明るいものの、月が昇る際に月光で空が白んで明るく見える、薄い青みを含んだ白色の世界が広がっていてモヤがかかったように見える。

まるで俺の心境だな。



最先端のAI、人工知能といっても、仕事内容はデータ相手の地味な試行錯誤の世界で、出口の見えない未知の領域だ。

日々の仕事場では、サプライズはもちろん、夢もロマンスも訪れない。


今日もいつもの会社の日常が、いつもと同じように終わろうとしていた。



「椎名、今日は17時で上がれよ。先月までの残業のせいで、今日はオフィスドクターと面談だろ。ま、その企画は特別だから納期も急がされているのは分かるが、あんまり無理するな」


俺の名前は椎名晴一(しいな せいいち)

大手AI企業ミソトラル社のエンジニアリング部に所属する31歳。AIデータサイエンティストだ。


会社では、エンジニア兼、AI企画を任されていて、最近は低調気味のAI開発の仕事より、企画の仕事が多くなっている。

仕事は好きだが、理想と現実のギャプに悩み、近頃は疲弊気味だ。


「大川部長、お疲れさまでした。はい、そろそろ上がります」


今日は皆帰るのが早いな。そう言えば金曜日か。

スケジュールのリマインダーがピロンとなった。

そうだった、残業続きでオフィスドクターから業務後に呼び出しくらっていたな。


俺は医務室エリアに移動するため、のろのろと立ち上がり、ジャケットを羽織って帰り支度をはじめた。


…………


「椎名、久しぶりだな」


セキュリティ庁から出向してきている奈木(ないき)が、よぉ、と手を上げた。

予期せぬことに、俺の心が嬉しげに弾んだ。


近頃はAI絡みの問題が多く、セキュリティ庁からうちの会社に調査のための出向者が増えた。奈木もその1人だ。


AIデータアナリストだが大学では精神科医を志していたそうで、人間の心の深さをもっと研究するためAIエンジニアの仕事も兼務している。


フランス人の曽祖父を持つワンエイス(8分の1)とかで、言われてみると色素が薄く瞳は黄味かかったグレーヘーゼルカラーがさしている。

控えめで穏やかな性格で、たまにオフィスドクターとしても勤務する器用なやつだ。


「ナギ、また髪伸びたな、切れよ。せっかくの可愛い顔が台なしだぞ」


「俺はナイキだ。うるせーよ、仕事先と家の往復だから、オシャレって言う需要は俺にないの。ほっとけよ。

で、残業しすぎだって?上司からは仕事のしすぎでメンタルが心配とあるぞ。

お前みたいな社交的なイケメンにも悩みがあるのか、心配だな。俺に話してみろよ」


奈木は同い年のため、3年前に出向して知り合ってから、会えば会話を交わす仲となっていた。

出向のためか知り合いが少なく社交的でもないので、俺と話す時は肩の力が抜けて楽しそうにしているように感じる。


「大丈夫だよ、単に残業が多いだけ。自分の夢だったAI開発プロジェクトで今まで頑張ってたけど、それもポシャッちゃったし、なんか気が抜けたのかもな。今の企画の仕事が慣れないだけだよ」


大事にしていたプロジェクトが流れたことで、確かに俺は元気を無くしていた。

なかなか次にやりたい事も見つからず、企画で食い繋いでいる自分が本当は情けない。


「そうか。そのプロジェクト、俺が出向してきた時にはかなり注目されていたもんな。

個人の思考データを最適化して、生活や人や物との結びつきを提案するなんて、すごいAI開発したものだと思ったよ。

でも、セキュリティ的と言うか、時代的にまだ早いとかの理由でストップしたんだよな。それは気落ちするよ」


奈木は労わるように優しく俺の肩を叩いた。


俺は奈木の優しさが好きだ。

その好きはもちろん仕事仲間としての好きだが、同僚なだけの俺にこんなに優しく接するヤツも早々いないと思うし、ありがたいと感じている。


AIを追求する難しさや煩雑さに日々直面する俺の心の内は、人に上手く説明できるものではない。

そのため、仕事の話で意見の合う奈木は貴重な存在だ。


奈木はセキュリティ庁だけあって、頭脳明晰で話に無駄がなくキレがいい。

しかも社内のしがらみもなく仕事ができることを鼻にかけないし、控え目で出世欲もなさそうだ。

ただ仕事を離れると、コミュ障か?と思うほど人と距離を取ることがある。


俺はそんな奈木の性格が性に合うのか、安心して本音を話すことができる。


しかし、最近は奈木は他拠点の業務調査のため忙しく、1ヶ月も会えなかった。

その間は俺も多忙でストレスが高く、気晴らしに軽口を叩ける相手もいなくて辛かった。

どっと疲れていたのは、話せる相手がいなくて寂しかったせいもあるのかな、と改めて思った。


「奈木、いや、アダンこそ、オフィスドクターも兼務して大変だな。お前、難しい仕事を兼務して、よく身体壊さずにいられるな、偉いよ」


俺は奈木のことをフランス名“アダン“と呼ぶことが多い。

奈木はほぼ日本人の外見なのでフランス名を嫌がっているが、俺は彼の雰囲気によく合っているし、響きがきれいで気に入っている。


「いや、俺はあと3ヶ月で出向明けるから、それまでAI調査の報告まとめないとだし、オフィスドクターの仕事もそろそろ整理しなきゃなんだ。

仕事もプライベートも全然器用でないよ、俺なんてダメダメだよ。

今日はたまたま長井ドクターが休みになって、お前が受診するっていうから仕事受けたんだ。

たまにはお前とゆっくり話がしたくてさ」


やっぱりコイツは優しいな。

俺のために仕事受けてくれたんだな。

乾いた心が少し潤った気がした。


「そっか、嬉しいよ。アダン、もう上がる?よかったらこの後一緒に飲みに行かないか?俺は今日は残業NGで強制退社だよ」


奈木の言葉に嬉しくなり、飲みに誘ってみた。

それにしても、あと3ヶ月で出向明けるなんて知らなかったな。


「ほんとか?嬉しいな!

でもその前に点滴してやるよ。お前、顔色悪いし、やっぱり働き過ぎだよ。

今日は栄養あるもの食べよう。飲みは控えめにな」


奈木の心遣いに何だかしんみりし、俺はジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めて腕をまくった。


奈木はボサボサの長い前髪を掻き上げ、グレーの大きな目に強い使命感を宿した。

いつものぼやっとした雰囲気を医師の顔に切替えて、テキパキと点滴を準備する切り替えの早さは、いつも感嘆に値する。


しかも、AIの仕事では完璧なデータアナリストでかつプログラマーでスキルが高い。

しかも、女子が羨むくらいの色白で可愛い顔をしている。が、本人が無頓着なためか、ボサボサな髪であまり良さは知られていないようだ。


普通にオシャレしたらモテる奴だと思う。

ほんと、何でもできるヤツはいるもんだな、と憧れの目でアダンを見つめた。


「椎名は筋肉すごいな、血管が見つかりにくいよ。俺の腕なんて生っ白くて細いしさ、すぐに血管見つかるんだよ。

お前、身体動かすの好きだって言ってたし、たまには運動も楽しめよ。AI、人工知能なんかにハマってたら、モヤシになっちまうよ」


アダンが耳元でブツブツと小言を言う。

会社近くのお堀あたりをコイツと一緒に走ってもいいかも、なんてぼんやりと考えながら横になった。


点滴が落ちるのを眺めながら、奈木との残りの3ヶ月をどう過ごそうか考えていた。


……………


「椎名起きろ、点滴終わったぞ。ずいぶんグッスリ寝ていたな。やっぱり疲れてたんだな。今日は飲み、無理しなくてもいいぞ」


点滴はとっくに終わっていたが、奈木がそのまま寝かしておいてくれたらしい。

俺は1時間くらい寝てしまっていたようだ。点滴のおかげもあり、身体がずいぶん楽になった。


「いや、お陰さまでもう元気になったよ。せっかくなので飲みに行こう。行きつけの美味しい店があるんだ」


18時過ぎのオフィス周辺は、業務を終えた人達で賑わっていた。

赤い夕日がさす中、俺と奈木は近くのサラリーマンが集う、行きつけの居酒屋に向かった。


道すがら奈木は、そうだ、と京都出張のお土産の金平糖をくれた。

久しぶりに食べる金平糖は、昔食べた砂糖の塊みたいな味ではなく、少しもちもちして美味しく感じた。


「美味しいな。なんだか、仕事ばっかりしているうちに、金平糖まで進化してるな。俺、世間から遅れをとっている気がする」


「これは特別美味しい店のだから気にするな。

お前が思うほど、世間はそんなに変わってないよ。

AIが進んだ分、後退するものだってあるんだ。人の心みたいに、守りに入ったりしてさ」


奈木は自嘲気味に笑った。

夕日が照らす横顔は少し憂いを帯びており、奈木の長いまつ毛に影が差していた。



第二話 心配な同僚

<アダンの懸念: 同僚のメンタル>


金曜日の居酒屋はそこそこ混んでいた。

俺と椎名は2人席で唯一空いているカウンター席に座った。


「悪いな、久しぶりなのにこんな狭い席、しかもカウンターで。アダンは何飲む?ツマミは何がいい?」


やっぱりビールかな、つまみは唐揚げと冷奴・・椎名は壁に掛かったメニューを楽しそうに眺めている。


涼しげな風貌にふさわしい切長の目をメニューに落とし、シュッとした足を組んでいる。

居酒屋のカウンターがバーのカウンターのようだ。


俺はカウンター椅子からブラブラする自分の足の長さを嘆いた。俺も、椎名くらいに背が高かったら良かったな。


「俺、ビールが良いな。つまみは枝豆」


「おう、じゃ生2つと枝豆と、あとは俺が適当に頼むな」


椎名はさっきまでの疲労が嘘のように、出てきた料理を次々と平らげ、ビールを楽しげに飲んでいる。

長身の男の飲食量は俺とは違うな、と少し感心するほどだ。


アルコールが回るにつれ、椎名は仕事の悩みをポツポツ話しはじめた。


俺は黙って聞いていたが、椎名の疲労の身体に今日の酒の回り方はあんまり良くないと感じている。確か、コイツはあまり酒は強くなかった。


「椎名、ビールは3杯でやめておけ。今日、点滴したの忘れたか?料理も塩分控えめの物にしておけよ」


俺は3杯目のビールが半分に減った時に、椎名をさりげなく咎めた。


「久しぶりにアダンに会えたのに、お前はツレナイな。金曜日だし良いだろ。

身体壊してたらその時はしばらく会社休もうかな。当面は好きでもない仕事をするしかないしさ。

でもそんなことしたら、こんな秒進の世界から置いてかれるかもな。

何だか、近頃は手を伸ばしても手に入れられない世界にいる気がするんだ。まぁ、そもそも、手に入れられるものなんてあるかもわからないし、あっても限られているのかな」


やっぱりコイツ、2杯目から少し酔ってきたな。仕方ない、俺が頑張るか。

俺は椎名の3杯目のビールを取り上げ、飲み干した。俺もそんなに酒は強くないが、医者として放ってはおけない。


「アダン、酷い!3杯目まだ飲みきってないのに、、何オカンみたいなことするんだよ。お前は俺との酒は楽しくないのかよ」


「椎名、俺もお前も酒弱いの忘れた?辛いのは分かるよ。お前、真面目なんだ。良いところだけど、自分を追い詰めちゃダメだ。お前はハンサムだし、頭も性格もいい。自信を持てよ。まぁ、そんな条件なんてものは慰めにもならないな。

今日はお前の悩み、もっと聞くから、ウーロン茶でも飲んでゆっくり話そう」


椎名はシュンとしてカウンターに突っ伏した。

これは重症だ。


「俺さ、お前が辛い時にもっと話し聞いてやればと思うけど、もう少ししたら出向あけて帰らないとだし。

そしたら、会社ではお前の話もあまり聞いてあげれなくなる、たぶん。

会わなくなると仕事の付き合いって距離ができるものだしな、普通は。だから、せっかくだし、今日は話しをしようぜ」


椎名は切長の目を大きく見開き、そうだったな、と呟いてまた顔を覆ってしまった。

ちょっ、どうしたんだ。俺、泣かせちまったか?


「椎名、お店出よ。2軒目、俺が知ってるカフェ行こう。お前の好きなレコードある店でさ、夜はバー営業もするカフェなんだ。お前、やっぱり心配だ」


椎名は男前で動じないように見えるが、俺の前だと素を出す時があって不安定さを隠さない時があり、放っておけない。


とりあえず居酒屋の飲みの雰囲気から離脱させるために、会計を手早く済ませ、椎名をタクシーに押し込んだ。


俺が帰任したら、こいつは大丈夫なのか。同僚の背中をさすりながら、俺はふぅと吐息を漏らした。


外はすっかりと暮れており、細い三日月が俺たちを控えめに青白く照らしている気がした。

2人の簡単な自己紹介です。


⑴椎名 晴一 (しいな せいいち)

年齢;31歳

身長;181センチ

特徴;切長の目、黒髪サラサラショート

職業;エンジニアリンング部 データサイエンティスト

会社;大手AI企業のミソトラルの社員

性格;正義感が強く優しい、真面目

特技;運動全般、特にマラソン

外見;細身の筋肉質な体型、薄めのイケメン

その他;腹違いの弟


⑵奈木 アダン(ないき あだん)

年齢;31歳

身長;173センチ

特徴;ヘーゼルカラーの瞳、シャタン栗毛の癖毛

職業;精神科医 兼 AIデータアナリスト

会社;公務員 セキュリティ庁 情報統括グループ

性格;おっとり、仕事を離れるとコミュ障

特技;頭脳明晰で得意分野には能力を発揮する

外見;ボサボサ髪で無頓着、下唇が厚く可愛い顔

その他;曽祖父がフランス人、姉1人

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