表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くてキツイニューゲーム  作者: 竜崎 龍郎
第一章 迷いの森編
6/28

第五話 賢也の魔法

死んだ


と賢也は思った。だが、現実は違ったのだ。そのドラゴンは彼を食べることはなく、彼の30cmぐらい前の空気を噛み付いただけだった。そして、今もその空気を噛み砕き続けている。


考えづらいがそのドラゴンが距離感を間違えたのかと賢也は思った。しかし、そのドラゴンは賢也のことを食べていないのに、まるで食べているように口を動かし咀嚼していた。


そして、獲物を噛み砕き、その様子を見て満足げな顔を浮かべている。とても間違えたようには見えなかった。


賢也は最初何が起きているか分からなかった。頭が良いと自負している賢也ですら、奇妙なドラゴンの行動に度肝を抜かれていたのだ。しかし、先程までの自分、いや、異世界に来てからの自分に、起きた出来事を思い返すと、一つの仮説を出すことが出来た。


俺の魔法は幻覚を見せる魔法なのでは?


賢也の予想はその通りであり、賢也が泥水を綺麗な水と誤認した件も、賢也が睡魔の限界で見た架空の洞窟も、どちらも脱水症状と睡魔の限界で魔法を︎︎"︎︎無意識に︎︎"︎︎自分に使っていたから、出来た芸当であった。


その事実に気づいた賢也は大喜びをする。彼の大喜びはドラゴンから逃げられることもそうだが、何よりも魔法を無意識とはいえ使うことができたからであった。賢也は喜びすぎて今すぐにも叫びたい気分だ。実際、やったー!!!!のやの字が喉から出かかっていた。だが、今はあの危険なドラゴンがいるため、流石に自分の口に手を当てぐっと堪える。そして、ゆっくりと動き出す。


賢也はその魔法で出来た隙を狙い、ゆっくりゆっくりとドラゴンが距離を取り出した。


まだ、ドラゴンは咀嚼の最中である。幻影の賢也をいたぶっているのだろうか。それとも、美味しく頂いているのか定かではないが、まだ気が付かれていなかった。そのドラゴンの様子を見た賢也の眼には希望が戻る。


しかし、良い事の後は大抵悪い事が起きるものである。賢也は突然吐血した。それも少量ではなく、物凄い量である。それは血の水溜まりができそうなくらい大量だった。


「えっ!? 」


と困惑した声を出した瞬間、身体中が痛み出す。その痛みは賢也が経験した中で最も痛いものであった。ここまで長い距離を歩き、そして走った結果、さっきから筋肉痛があったのだが、そんなものとは全く比べものにならないくらい痛い。痛みは内側からズキズキと響く。身体中を破壊し尽くすような痛みが襲い続けている。


「い…たい」


と必死に声を押し殺しながら痛みに喘ぐ。ここでドラゴンに賢也が生きていることがバレたら、今度こそ終わりだ。痛みに悶えながらも賢也は必死に頭を回転させる。


幸いなことにまだドラゴンは賢也のことを認識していない。その上、獲物を食い殺せて喜びの咆哮を上げている。しかし、賢也の魔法がどれくらいの持続時間か分からないため、必死に打開策を考えていた。激しい痛みが襲う中、頭を使い続ける。あわよくばこのまま見つからず、どこかに行ってほしいと賢也は思っていた。


しかし、現実とはそう甘くないものである。ドラゴンは急に賢也の方をじっと見つめ出した。ドラゴンの鋭い眼球。賢也はその瞬間固まる。


ドラゴンは賢也のいる地面をじっと見つめている。そのドラゴンの瞳に写っているのは何も無いところからポタポタと滴る血と血の水溜まりであった。


「くそ、くそくそ、ばれたぞおぉぉ!!!! 」


賢也はバレたことに落胆しつつも頭を必死に回転させていた。この状況を打開するために。


賢也が必死に考えている間に、ドラゴンは遂に賢也の実態を捉えることができたようだった。ドラゴンも驚いたことであろう。獲物を完全に噛み砕き胃の中に入れたと思ったら、また目の前にその獲物が血を吐きながら現れたことに。


確かにドラゴンも驚いたが、獲物が生きている以上ドラゴンがとる行動は一つ。再び襲うだけである。ドラゴンは賢也がいる場所目掛けて突進をしてきた。物凄い速さである。


賢也は逃げようとしたが、痛みにより体が全く動かなかった。腕すらも上がらない。この状態から走り出すのは天と地がひっくり返っても無理な話であった。


そんな絶望的な状況に賢也は最後の賭けに出た。この賭けは相当に分が悪い賭けであった。普段の賢也なら絶対にしないような可能性が低い賭け。それでも、彼はそれに賭ける。それに賭けるしかなかったからだ。そうと決めた賢也はもう一度魔法を使うようにイメージする。今度は無意識ではなく、意識的にできるように。


「イメージしろ!! イメージしろ!!

さっきのをもう一度だ!! 」


ドラゴンは突進しながら大きく口を開けた。

何十本という鋭い牙が煌めいている。その1本1本の歯が今か今かと賢也に噛み付くことを待っているようだった。そんな歯を見ながらも、賢也は右手を前に突き出し、魔法を出そうとする。


それ目掛けドラゴンは突進をし、賢也に噛み付いた。そして、すぐさま捕食する。血が当たりに撒き散らされる。標的の金切り声が聞こえる。苦痛でもがいている。それでも、ドラゴンは噛み続ける。嬉しそうに噛み続ける。ドラゴンは遂にしぶとい獲物を殺した。殺したのであった。


と思ったら、ドラゴンは自分の異常に気づいた。口の中に物凄く不快な感覚が広がる。とても不快な感覚だ。吐き出したくなるほどの不味さがドラゴンを襲う。


その余りの不味さにドラゴンは地面に倒れじたばたと暴れ始めた。それはもう駄々をこねる子供のように。


「ふぅふぅ 死ぬところだった」


賢也は額の汗を拭いながら呟く。その拭った動作のせいで、また凄まじい痛みが走ったのだが彼は無事であった。無事とは程遠い程の怪我をしているが、生命は刈り取られなかった。何故なら、あの咄嗟の瞬間に、賢也は魔法を意識的に使うことに成功していたからだ。要は賭けに勝ったのだ。流石、完璧人間である。


賢也はまず、自分のいる場所に幻影を作った。そして、その幻影を見せたあと、賢也は最後の力を振り絞り後ろに移動したのだ。ここは本当に火事場の馬鹿力であった。ただ、火事場の馬鹿力と言えど実際に移動できたのはほんの数十センチ。しかし、この数十センチが命運をわけたのだ。そうとも知らないドラゴンが、賢也の幻影に喰らいつく。その喰らいつく瞬間に、賢也はそのドラゴンの口目掛けて、あの泥水を投げ入れる。そう、賢也が地面をのたうち回るほどに不味かったあの水だ。


「あんなに不味かった水だ。りんごを食ってぬくぬく育ったようなお坊ちゃまには、ちと刺激が強いぜ」


賢也はそう自慢げに言う。ただ、賢也の体はもう限界だった。右目からは血が出ていてほとんど前は見えていない。その上、吐血もさっきと比べられないほど大量にしていた。ただでさえ、限界であった体を無理やり動かしたのだ。もう一歩たりとも動けなかった。指すらも動かせない。


そんな状況の中、賢也はうつ伏せに倒れている。


賢也はもうドラゴンが自分を諦めてくれることを願うことしかできなかった。


ドラゴンはまだ悶えている。地面を何度も、何度も転げ回っている。苦痛に喘ぐ声。怒りの声。それらが混ざって声にならない物となっていた。その間、賢也は祈ることしか出来なかった。


そして、数分後再びドラゴンは立ち上がった。かなり体力を削られているようである。そして、まだ気持ち悪さを払拭出来ていないようでもあった。あまりの気持ち悪さに吐血さえしている。賢也はその間もまだ同じ場所にいた。


賢也は諦めてくれることを願う。普段信じていない神にも祈った。


しかし、現実は非常なり。ドラゴンは起き上がり、ますます怒りを顕にした。目はさらに血ばしり、怒りの咆哮を上げている。誰がどう見ても怒っているのが分かるほど怒っていた。


そして、ドラゴンは周りをじっくり見ている。ドラゴンは知恵があるのか、特に血の水溜まりを探していた。それはもうじっくりと。


ただ、その行動は賢也の読み通りだった。賢也は先程、賢也の幻影を見せると同時に、幻影に血を撒き散らさせて、地面に血の幻影を大量に作ったのである。完璧人間は失敗からも学ぶのだと自画自賛をした。ただ、その幻影を作ったせいか分からないが、賢也の身体中の穴という穴から血が出てきていたが・・・・


ドラゴンは辺りを動き回る。血がある所をとにかく見て回っていた。獲物を見つけるために必死のようだ。そのため、兎に角血が撒き散らしてあるエリアを行ったり来たりしている。賢也はその際に、一度踏まれそうになったが、何とか踏まれなかった。強運である。


ドラゴンは怒って木に八つ当たりの突進をしていた。その木は激しい音をたてて倒れる。あの立派な木が一撃で粉砕される程の突進。賢也はそれを見て、このドラゴンの危険性を改めて実感する。だから、速く諦めてくれるように祈り続けた。そうすると、彼の祈りが届いたのか、ドラゴンは諦めて帰っていた。その歩き方はまさに獲物を捕えられなかった狩人のようだった。


その姿を見てしばらく経った後、静かに賢也はガッツポーズをした。そして、それからかなりの時間経った後、


「逃げ切ったぞおぉぉぉ!!!!! 」


と心から喜んで叫んだ。それはあのドラゴンの雄叫びに近かった。


ただ、それが不味かった。とても不味かったのである。ドラゴンは再び賢也の元まで猛スピードで戻ってきた。そう、このトカゲ野郎は賢也を騙したのである。賢也を油断させて、叫ばせるまで待っていたのであった。このトカゲもかなりの切れ者である。


そして、賢也がいる場所をじーっと見る。それは舐め回すようにじーっと。そのドラゴンが見ていた時間は数秒間ほどであったが、賢也にとってはとても長い時間のようであった。そして、ドラゴンは遂に賢也の実体を捉える。


そうすると、ドラゴンはニヤリとして、賢也に向かって猛スピードで突進してきた。勿論口を大きく開けてである。


賢也は絶望した。もう万策つきていた。体は動かないし、もう魔法を使おうにも使えそうにはない。本当に終わりだった。


どんどんドラゴンが近づいてきた。もうドラゴンの口がそこまで来ている。臭い匂いがすぐ側まで迫っている。そんな状況の中で賢也は色々なことを思い出していた。暗い家庭のこと、学校のこと、ラノベのこと、様々であったが、賢也にとってはつまらない思い出である。


「もう終わりだ」


賢也が死を悟った瞬間、賢也の前に誰か現れた。凄まじい速さで賢也の前に現れる。外套を被っているため、その人物の顔は見えなかった。その人物は賢也を守るように、突進してきているドラゴンの前に立つ。


そして、剣を鞘から抜き剣を構える。長剣(ロングソード)。その人物の身体には少し不釣り合いに思えるほどに長い代物だが、どこか安心するような頼もしさも感じた。そして、その人物はさながら騎士と表現するのが相応しい程に、綺麗な型で剣を構える。


そこからは一瞬だった。突進してきていたドラゴンは賢也が瞬きをした後には生首だけを残して、細切れになっていた。それまで生きていたドラゴンが一瞬で肉の塊になったのだ。ドラゴン自身も死んだことを認識していないぐらい一瞬の出来事であった。


その後、その人物はチラッと賢也の方を見る。賢也の無事を確かめるように顔を覗かせていた。その時、外套が風に吹かれて、隠れていた顔が見える。


その人物は炎のように赤い髪と宝石のような眼を持った女の子であった。



この出会いを賢也は一生忘れないだろう。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ