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弱くてキツイニューゲーム  作者: 竜崎 龍郎
第一章 迷いの森編
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第四話 少女の歌声とドラゴン


賢也は希望に溢れていた。足取りも先程より軽快だ。いつもは他者を見下している彼もこの時だけは全ての命に感謝していた。


「葉っぱさん、木さん、地面さん、僕を生きさせてくれてありがとう」


こんな恥ずかしい台詞を言えるくらいである。もう遭難への恐怖などちっとも無いようだ。そんな感じで何時間か歩いていると、木の様子が変わった。


今までの木は果実など何もなっていなかったが、今いる場所では何か緑色の物がなっていたのだ。形的にはりんごに近い。そんな果物がなっている木が賢也の行く先に何本も生えていた。


食べるには少し熟していないような見た目であったが、気づけば木に登り果実を取っていた。そして、勢いよく口に入れる。それはさながら猿のようだった。


「あまり美味しくはないが全然食べれる」


とその実を少し貶しながらもばくばく食べた。賢也はその果実に毒がある可能性など全く考えず、気づけば口にほおりこんでいた。彼の考える異世界には毒など存在しないと言わんばかりに食べ続けている。そして、あろう事かその木に実っていた果実を全部食べきったのである。それどころか、少し腹に余裕があった彼は、ふと熟した果実を食べたくなったのだ。フードファイター顔負けの食欲である。そのため、気づけば賢也は熟した実を探しながらまた歩き出していた。


しばらく歩いていると、賢也の進行方向の少し先から歌声のようなものが聞こえてきた。微かだが確実に聞こえてくる。


賢也はすぐさま草陰に隠れて、様子をうかがってみた。音の方へじーっと目を凝らしてみる。そうすると、そこは木々が数何本か生えているだけの開けた場所で、そこには10歳ぐらいの女の子がいることが分かった。その女の子は聞いたこともないような歌を歌いながら、落ちているリンゴのような実を拾っていた。そのリンゴは熟しているように真っ赤だ。


「中世の村娘みた…」


そう言いかけた賢也は固まった。なぜなら、木のせいで若干見えずらいが、その村娘の6m先ぐらいに5mは優に超えるドラゴンが寝ているからだ。村娘は気づいていないのか、りんご取りに夢中のようだった。


「落ち着け、落ち着け、まだドラゴンは寝ているだけだ。大きな音さえ出さなければ大丈夫」


そう言ったのは束の間、村娘はサビなのか分からないが、歌声のボリュームを上げる。最悪のタイミングだ。その瞬間、ドラゴンの目はぱっちりと開く。


「まずい、まずい起きちゃったぞ。いや、でも待て、この世界は村娘でもドラゴンを飼いならせる世界なのかもしれないぞ」


と淡い期待を抱きながら見ていた。正直言って、賢也はあのドラゴンを見た瞬間から蛇に睨まれた蛙のように体が動かなかったのだ。


しかし、どう見てもドラゴンは村娘を食おうとしている。その目はとても飼い主へ向ける目では無かった。まさしく、その目は獲物を狙う目であった。そして、ドラゴンは立ち上がる。その大きさは凄まじく、賢也はビビってしまった。


ラノベの主人公ならすぐさま助けに行くのだろうが賢也は


「俺には関係ない関係ない!! あの娘が気が付かないのが悪いんだ」


と自分を正当化していた。クズである。彼はプライドが高いだけの典型的なクソ野郎である他に、ビビりで臆病者でもあったのだ。そんな彼が万に一つでも、見ず知らずの娘を"︎︎︎︎自分が犠牲になってまで"︎︎助けるなど考えるはずが無かった。


しかし、その瞬間、クッキーのことを思い出す。あの賢也の命を助けたクッキーのことだ。


「あのクッキーだってあの後輩が断られるかもって、怖がって渡さなかったら俺は死んでたかもしれない。それでも、彼女が臆することなく渡してくれたから俺は生きれたんだ。だったら、俺も彼女が勇気を出したようにここで勇気を出さなければ、彼女に会わせる顔がないじゃあないかッ!! 」


と普段の彼なら絶対考えないようなことを言う。賢也自身もそんなことを考える自分に驚いていた。それでも、溢れ出す勇気は止められない。


「それにここであの娘が死ねば、誰が俺の冒険譚を聞くんだ!!」


その時だけは彼を勇気が包んでいた。


そんなことを考えている間にドラゴンは大きく口を広げて娘を食べようとしている。ここまで近づいても村娘はドラゴンに気づいている様子はない。


そこまで近づいているなら気づけよ!! と娘に若干苦言を呈しながらも、賢也はそこらに落ちていた長い木の棒を拾う。その木の棒は先が少し尖っていた。たまたま拾った棒であったが、賢也が今一番欲しかった木の棒の条件にピッタリである。


そして、その完璧な棒を賢也はドラゴンに向けて槍投げのように投げた。助走、フォーム、投射角どれをとっても、完璧と言っても差し支えないぐらいの技量であった。槍投げは体育の授業で一回やったきりだったのにだ。


そして、その木の棒は賢也の目論見通りドラゴンの右眼に刺さった。その時の賢也が槍投げを本気でやってみようかなと、思う程に完璧な軌道を描きながら木の棒はドラゴンの目に突き刺さったのだ。賢也が運動神経など、何でもできる完璧人間だったのがここで活きた。


グロォロオオォォォーーーー!!!!!!


ドラゴンが泣き叫ぶ。突然の痛みに首を横に振り暴れている。その姿はさながら小指をタンスの角にぶつけたような、意図しない痛みに悶えるものであった。


村娘もそのうるさい叫び声で、ようやく自分に危機が訪れていたことに気がついたようだった。そして、娘は泣き叫びながら逃げていった。凄まじい速さである。


あんなに大きな怪物が口を開けて自分の後ろにいたら、誰だってあの娘と同じ行動を取っただろう。それぐらい、あの怪物には本能的な恐怖を感じ取れたのだ。


娘が逃げたことに賢也は安心し、ドラゴンにバレる前にトンズラしようと逃げようとした瞬間、ドラゴンは賢也の方をじっと見つめていた。その右眼は暴れたおかげで刺さった木の棒が抜けたのか、赤く充血しており出血もしていた。それでも、眼差しは鋭く怒りに溢れていることが感じ取れる。


「まさか…… 怒ってる? わざとじゃないんだ。許してくれ」


と賢也も恐怖から自然と謝っていた。どう考えてもドラゴンの目玉を狙っていたのに、わざとじゃないと言える胆力は天性の嘘つきしか成せ得ない。


そんなふざけた謝罪がドラゴンに届く訳もなく、そのドラゴンは賢也目掛けて、物凄い勢いで迫って来る。木々を倒しながら迫ってくる姿はさながら台風のようであった。


「人助けなんてやるもんじゃなかったあぁぁ!!!!!! 」


と叫びながら賢也も走り出す。本能的な恐怖から気づけば走っていたのだ。そして、その跡を怒りに溢れたドラゴンが追ってきた。



※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




どうしてこうなった?


彼は走って、走って、走りながらそんなことを考える。もう何キロ走ったか、分からないぐらい走っている。しかも、ただ走っているのではなく常に全力疾走だ。これが体育の授業の持久走ならとっくに走るのを辞め、木陰で休んでいるだろう...。


しかし、今は休むことは出来ない。何故かって、足を止めてしまった瞬間、彼の命の鼓動も止まってしまうからだ。彼の後ろにはドラゴンと呼ぶのが相応しい怪物が、右目から血を流しながら追いかけている。体長は5メートルをゆうに超えている。そんな巨体が近くの木々を押し倒しながら追ってきている。映画顔負けの迫力だ。


その上、その生物の口には鋭い牙が何十本、いやひょっとすると何百本と生えていている。そして、その牙と牙を時折、カチカチと鳴らしている。その音が彼をいっそう恐怖させ、走らせる。


ただ、幸いなことに翼は退化しているのか、飛んで追ってくることはしない。しかし、足がとにかく早い。彼が一瞬でも全力疾走を辞めれば、その瞬間見える景色は汚い爬虫類の口の中であろう。そんなのは御免だと彼は考える。だから走る。一にも二にも走る。走っていれば助かるはず。


彼は一寸の希望を抱きながら走る。


しかし、現実は非情なり。彼は転んでしまった。普段なら転ぶことも無いような木の根っこだが、今の極限状態と疲労困憊のせいで転んでしまった。


これで俺の異世界冒険譚は終わりなのかよ・・・ まだ俺、異世界人と話すらしてないのに・・・

彼は全身の血の気がひき、命の終わりを感じた。


しかし、彼はまだ死んでいなかった。そのドラゴンはあろうことか獲物を追い詰めたことを祝うかのように、雄叫びを上げていた。そんなうるさい叫び声を背に彼は後ずさりをしていた。


「くそっ、くそっ!! 来るな!!」


普段はカッコつけている彼でも今はとてもダサく、そして、醜く後ずさりをしていた。頭が正常に働いていたら、今すぐにも走り出すのだろうが、彼にそれは出来なかった。なぜなら、とにかく恐怖していたからだ。そほんの数日前まで日本という国でぬくぬく育っていた男だ。死というものを一瞬たりと感じたことはなかった。


そんな男が初めて死ということを感じ取ったらどうなるかは明白であった。身体中をガタガタと震わせてビビっていた。助けを呼ぼうとしても震えのせいで、声にもならない音が鳴っているだけだった。立つことなんて以ての外であった。


そうすると、それを嘲笑うかのようにドラゴンはニヤリとした。狩人として、獲物が弱っているところを見るのは楽しいのだろうか。はたまた、目を怪我させた張本人を殺せて嬉しいのだろうか。それは定かではないが、おお喜びであった。そんな時間が数分過ぎ去った後、狩人もそろそろ獲物を頂こうと近づいてきた。


どしどしとさっきの速さが嘘のようにゆっくりとゆっくりと動いている。まるで、彼を怖がらせることを快感に思っているようだった。口がもう三十センチメートル前まで来ていた。


あぁ、俺終わるのか。死ぬのか……


もう臭いなどの感覚なんてものは彼にはなく、あるのは絶望だけだった。何か打開策を考えようとする力もなく、震えていた。先程までの勇気はもう空っぽであった。そんな自分をただただダサい奴だなとも思っていた。


そんな彼をゆっくりと力強くドラゴンは噛みついた。




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