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弱くてキツイニューゲーム  作者: 竜崎 龍郎
第一章 迷いの森編
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第三話 魔法と小包

「本当にこれ...飲めるのか」


賢也の目の前には︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎泥水だったはず︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎の水が大量に地面に流れている。その水は一種の芸術に思えるほどに美しい色合いと、水に反射する太陽がより一層輝きを増す透明感もある。もし、それを日本でミネラルウォーターとして売ったら、世界に名を残す程の大金持ちになるのは、誰がどう見ても分かった。それぐらい綺麗なのだ。


かく言う賢也もその水を見た時からというもの、ヨダレが止まらない。


それでも、さっきまで泥水だったため多少の抵抗感はあった。しかし、そんな抵抗感が喉の渇きより優先できるはずがない。その上、異世界転移したのだから、泥水を水に変える魔法の一つや二つあるという自信があったため、その抵抗感は一瞬にして消えた。


そう考えると、すぐに賢也は500mlペットボトルを取り出し、川の水をすくう。そして、勢いよく飲んだ。その豪快な飲みっぷりと言ったら、仕事終わりのサラリーマンなど足元に及ばない。しかし、その飲みっぷりとは裏腹に味の方は最悪であった。


「うぇぇぇ...ぺっぺっ…なんだこれ」


賢也は口に入れた瞬間、倒れそうなほどの衝撃を感じ、勢いよく水を吐き出した。その衝撃の正体は不味さであった。賢也が飲んだ物は、不味すぎて水と表すのが他の飲料水に対して失礼なレベルで気持ち悪かったのだ。


その︎︎不味さは"︎︎水モドキ︎︎"︎︎といっしょに胃の中の物、いや全ての臓器が吐き出したくなる程だ。寧ろ、吐いた方が楽であるぐらい気持ち悪かった。今すぐにでも全ての臓器を洗い出して、買い替えたい程の不快であったのだ。


賢也が飲んだ水は間違いなく綺麗な水だった。しかし、実際の味は泥水というのが近い感覚だった。いや、それを遥かに凌駕するほどの不味さ。例えるなら人間が毎日出している︎︎"︎︎アレ︎︎"︎︎のようである。とにかく水を口に入れた瞬間、気絶するほどの不味くて不快な感覚が口の中に広がっていった。


しかし、賢也は何を思ったのかその不快感は勘違いだと思い、もう一度飲んでみた。ここまで美しい水が人を殺せる程の不味さを持っているなど信じたくなかったのだ。


そのため、賢也は勘違いであってくれ!!! と祈るように恐る恐る飲む。しかし、その願いは届くこともなく、絶叫が響く。


「なんで!?なんで!?不味いぞ、これ! くそまずいぞ!!!」


やはり、吐くほどに不味い。それでも、信じられずに賢也は何度も、何度も、何度も、それを飲んだのだが、飲む度に彼の口の中は不味さに犯された。


あまりの不味さに、地面をのたうち回る。


あまりの気持ち悪さに一瞬意識を失いかける。


あまりの悪臭に鼻が折れ曲がる。


あまりの・・・・・


本当に見た目だけは綺麗なままで、味は泥水だった。何度、目が取れるほどに目を擦っても、そこにあるのは美しい水だったのだ。その現実に


「本当に脱水症状で幻覚が見えてるらしいな。そんなに限界なのか...」


と絶望しながら独り言を言う。そんな独り言を言ったあと、賢也は勇気を出してもう一度ペットボトルで、味が泥のような水をすくった。毒のように不味い水をもう一度飲もうとする。幻覚を無くすために。


だが、勇気が出ない。あの苦味をもう一度感じることを頭と心が拒否していた。ペットボトルを持つ手も震える。体も全力で拒否している。それでも、


「飲まなきゃ死ぬ・・・死ぬんだ」


と自分を奮い立たせるように何度も言った。


「ろ過装置も小石や木炭がないから作れない・・・・

雨だっていつ降るのか分からない・・・

だから、生きるためにはこれしかないんだッ!!」


彼はそう叫び、勢い良く泥水を口の中に放り込んだ。


嫌な感覚が口に広がる。匂いは吐瀉物で、味は飲んだだけでショック死するレベルの物。要するに、とても人が飲んでいい物では無かった。しかし、この幻覚を無くすためにも、無理矢理飲んだ。一瞬、三途の川のような場所が見えた気がしたが気にせずに飲んだ。何度も吐き出しそうになりながらも500mlを飲みきった。


「気持ち悪い」


本当に吐きそうだった。この世の負の感情を一身に受けた感覚だった。それでも、体力を回復するためにも全て飲みきったのだ。味は最悪であったが、全て飲みきってみると多少の達成感を感じた。


すると、今まで綺麗な水に見えてたものが泥水に変わる。


「げっ!?やっぱり幻覚だったのか」


自分が本当に幻覚を見ていたことに若干戸惑いながらも、今は喉の渇きが消えたことを喜んだ。口の中には嫌な感覚が残っているが...


賢也はその川の水を再び500mlのペットボトルに入れる。賢也自身は不本意だったが、脱水症状の最終手段ということで一応泥水を持ち運ぶことにした。


こんな汚水、どうか一生飲ませないでください!!


そんなことを賢也は祈りながら再び歩き始めた。





「とにかく次は寝れる場所・・・洞穴を探そう」


賢也はゴミみたい水のおかげで一応脱水症状は治ったが、睡魔の方は正直限界であった。ここまで12時間近く寝ずに歩き続けていたのだ。流石に限界が近かい。すぐにでも、木にもたれかかって寝たい。しかし、先程から聞こえる何かの鳴き声のせいで眠るのは少々危険のように感じていた。


すると、突然目の前に洞窟が出てきた。本当に突然であった。何も無い空間に突然洞窟が現れたのだ。誰がどう見ても不自然な状況である。普通の状態なら自分の頭が遂に壊れて、幻覚を見ていると思うだろうが、今の賢也はあいにく、睡魔と疲労で限界で普通の状況とは程遠い。そのため、賢也の頭ではそれがおかしいことに気が付かなかったのだ。気が付かなかったと言うより気が付きたくなかったのかもしれないが・・・・


そして、賢也はすぐさまその洞窟に入り、泥のように寝た。


それから何時間した後、賢也は顔に何か湿った物が顔に当たるような気がして目が覚める。気持ち悪い感覚。ザラザラとした物が頬や手など皮膚に触れている。


「うん?なんだこれ?」


手を頬に当てると、頬が少し濡れている。そして、頬に触れた手は少し臭い。余りの違和感に咄嗟に顔を上げてみると、鹿のような生物がいた。


その生物は︎"︎︎鹿のような生物︎︎"︎︎と表すのが正しかった。体は鹿のようなのだが、角が金色である。その上、額には宝石もはまっていた。ただ、最もおかしいのは、その鹿には目玉がついていないのだ。ただ、目玉はついていないようだが、周りは見えているようであった。


その姿は日本では絶対見れないような、異世界に来たことを強く実感させる物だった。


そんな生物に賢也は驚きながらもご利益があるのではないのかと感じ始める。普段、神頼みなどしない賢也でもその神々しさに圧倒されていたのだ。そして、触ろうと手を伸ばす。殆ど無意識に近かった。そうすると、急にその鹿は逃げてしまった。それまで、一切警戒心が無かったのに、賢也が触れようとした瞬間、それを察知して一目散に逃げて行った。


賢也はその生物の余りの変わりように少し傷ついた。




その鹿と出会った後、賢也は周りを見渡してみた。そうすると、辺りに洞窟などなく、木があるだけだった。どうやら、賢也は体の疲労からか洞窟の幻覚を見てたらしい。しかも、時間がかなり経っているようで太陽が登りかけている。さっきまで、太陽は賢也の頭の上にいて昼ぐらいだったというのに・・・


「また、幻覚を見ていたのか。一体どうしたんだ俺の体は?」


驚くのは無理もない。賢也は睡魔の限界とは言え、訳分からない森の中で長い間無防備に寝ていたのだ。誰だって驚くだろう。


ただ、賢也は自分の体の限界に驚きながらも、たっぷり眠ることが出来て体力を回復できて喜んだ。こういう時に謎のポジティブさを発動させるのが、彼が完璧人間たる所以なのかもしれない。


喜んだのも束の間、ぐぐーっと腹の音が鳴る。喉を潤わせて、寝ることで体力も回復したので、次は空腹を満たしたくなる。さっきまでは睡魔の影響が大きすぎて空腹なんて些とも感じなかったが、いざ睡魔が無くなると空腹の辛さが増したような気がした。


「なんか食べ物ないのか」


と周りを見渡してみたが、辺にあるのはもう見慣れた木だけである。その木も何か実っている訳でも無く、ただ葉っぱが付いているだけであった。それはつまり、この近くには食べらそうなものはないということだ。少しがっかりする。それと同時に体の力が完全に抜けた。風船が萎むように突然だ。あまりのことに、


「えっ!? 体が動かないッ!? 」


と慌てて体を動かそうとしたのだが、体は全く動かない。極度の空腹で動けないのだ。それもそのはず、賢也は異世界に来てからずっと歩き続けているのに、何も食べていなかった。歩き続けているだけでなく、極度のストレスがかかる異世界の環境が、人知れず空腹のレベルを更に上げていた。その上、異世界に来る前、家にシェフが作ったお弁当を置いてくるという致命的なミスをしため、昼食を食べていなかったのだ。


賢也は基本、学食や購買の料理は庶民の食べる物と考えていた。賢也が学食を食べるのは余程のことがあった時である。そのため、この日も同様に、昼食は食べないという選択肢を取っていた。


賢也はその事を物凄く後悔する。いつも見下していた学食や購買の料理が途端に食べたくなった。そのぐらい空腹であったのだ。


そして、それと同時に絶望した。もう歩けないことに・・・・


ここで俺の異世界物語も終わるのか・・・


賢也は自分の動かない体を見ながらそんなことを考える。思い通りに動かない体が彼の悲壮感を一層強めた。何もなし得なかったことに絶望しながら、自然と瞼が落ちる。自分の意思ではもう目を開けることすら出来なかった。


そんな状況で彼は走馬灯のような物を見た。


偉大な父親、ラノベを初めて読んだ時の感動、熱を出した時の辛さ、幼少期の憧れ、初めてのコンクール、断ってきた告白の数々、初めて人助けをやってみた時、嫌な程見たトラウマ、初めての喧嘩、勉強の日々、など様々な事が頭に浮かんだ。どれも他愛もないつまらない記憶だったが・・・・


ただ、賢也はその走馬灯の中で、あることを思い出した。それは異世界に行く前、後輩から貰った小包の事だ。


「確か食べてくださいとか言ってたよな…… それって・・ つまり食べ物だ!!! 」


賢也はその事に気がつくと、すぐさま動かない体に鞭を打つ。初めは瞼すら動かなかったが、食べ物のことを考えると自然と体が動いた。そして、身体中の力を使い、リュックを開け、リュックの奥に押し込んだ小包を取り出す。そして、持ってる最大限を使い、その包装を開いた。


その包装の中にはハート型のクッキーが何枚も入っていた。それはいつもの賢也なら絶対に口に入れることは無いようなものであった。その上、長い間歩いていたせいか、欠けていたり、ハートにヒビが入っている物もある。ただ、今の賢也はそんなことを気にする余裕など無い。


そのため、気づけば大食い選手のような速さでクッキーを口の中に放り込んでいた。


賢也は涙を流す。あまりの美味しさに抑えることが出来なかった。本当に美味しかったのだ。


今まで食べたどんなものよりも美味しかった。寿司、和牛ステーキ、キャビア、そんなものではこのクッキーには絶対敵わない。この世で最も美味しいものを持ってきなさいと宇宙人に言われたら、間違いなく賢也はこのクッキーを持っていくだろう。そのぐらい、このクッキーが旨かったのだ。


「おいしい、おいしいよぉぉ!!! 」


泣きながらクッキーを口に入れる。貰った時は感謝すらしてなかった賢也だったが、それを今の賢也は深く深く後悔していた。そして、彼は気づけばクッキーの入っていた包装に土下座をしていた。体を抑えられなかったのだ。


「乱暴に扱って誠に申し訳ございませんでした!!! 本当にすみませんでした!!!」


賢也はそう言って、何度も何度も頭を地面に叩きつける。頭から血が出るぐらいまで謝り続けた。それぐらい、彼の後悔は深かったのだ。


おそらく、そのクッキーは特別凄いものでは無かったであろう。しかし、この極限状態の体にはどんなものよりもしみた。どんな物より美味しかったのだ。そして、何より、このクッキーに命を救われたのだ。


賢也はこのクッキーを食べたおかげで、再び体を動かすことが出来た。それまで動かなかった体が嘘のように動いている。それだけでなく、異世界に来て何度も苦しい目にあったが、このクッキーのおかげで希望が湧いてきたのだ。暗く閉ざされていた道が開いたような、明るく、そして、温かい気持ちが彼を覆っていた。


賢也は万が一、元の世界に戻ることが出来たら、あの後輩の女の子に感謝を伝えようと心に誓った。


そして、再び歩みを進めた。


今度は足が止まる気は微塵もしなかった。



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