第一話 何でも出来た男の異世界転移
「賢也は流石だな」
「賢也くん、流石!! 」
「賢也さん、凄いです!!! 」
彼にこれらの︎︎"︎︎賛美︎︎"︎︎の言葉をかけた人間は今まで何人いただろうか。
おそらく数え切れないだろう。
なぜなら彼、獅子王賢也は何でも出来る高校生であったからだ。テストなんて満点が当たり前であり、仮に満点が取れないものならそれは賢也の責任ではなくテストを作った先生が悪い。そう思われるぐらい頭が良く勉強が出来た。
運動だって同じだ。賢也は一度たりとも努力ということをした事はないが、どんなスポーツでも高い水準でこなすことが出来た。その類稀なる運動センスの高さから、体育の授業で経験者の心を折った回数は数え切れない。その癖、部活に入部してないものだから、先輩や顧問から熱い部活勧誘を何度もされるのだが、その度に彼は愛想良く断り続けていた。
その上、彼は日本の経済をコントロールしていると言われる獅子王財閥の御曹司でもある。そのため、お金は有り余るほど持っており、幼少期から欲しかった物は気づけば賢也の手に渡っていた。
つまり、欲しかったものが手に入らないという、誰もが通る辛い体験を経験したことがなかったのだ。
そんな何をやらせても完璧な男を見て、普通の人なら嫌悪を抱くだろう。
しかし、そんな嫌悪を抱けなくなるほどに賢也の美貌は凄まじいのだ。その美貌は女が惚れるのは当たり前で、その気がない男でさえうっとりしそうになるものだった。その美貌は賢也の顔を見るためだけに、遥々海外からやってきた人がいたという噂がたつほどだ。
そんな完璧超人なら性格もさぞ良いのだろうと考える人がいるだろうが、それはおあいにくさま大ハズレである。
逆に聞くが、幼い時から欲しいものが手に入り、なんでもそつなくこなせていた男が人々に優しくなるのだろうか。
いやならない。絶対にならないのである。賢也は端的に言えばクズであった。自分以外の人間を見下している最低野郎であったのだ。
ただ、小賢しいのが、賢也はそれを決して表に出さない。何があってもそれを表に出すことは無かった。そのため、彼が性格悪いと気づく人はいないに等しかったのだ。
そんなクズ野郎の賢也も幼き頃からはまっている物があった。それはネット小説だ。それもただのネット小説ではなく︎︎、"︎︎強くて楽しいニューゲーム︎︎"︎︎な小説が好きなのである。
なぜゆえ、現実でも無双している男が俺tuee系が好きなのか・・・・・?
それはどんな物でも持っている男でも唯一魔法という物を手に入れることが出来なかったからだ。
彼が魔法に初めて出会ったのは小学五年生の頃。その当時から彼は大人を見下していた。自分に将来こき使われる者だと、周りの大人を内心馬鹿にし蔑んでいたのだ。勿論、直接伝えることは無かったが・・・
大人世代を馬鹿にしている餓鬼だ。同年代の子供に対してはもっと酷く、"︎︎人では無い︎︎"︎︎鼻くそ以下の存在だと考えていた。最低である。そんな彼が鼻くそ達と遊ぶはずがないのだ。見下している相手と仲良く鬼ごっこする訳がないのだ。
今の賢也だったら上面だけでも仲良くするが、この時は外面を気にすると言うことを余りしていなかった。
そのため、賢也は気がつけば図書館で本を読んでいることが多かった。周りの子が公園で走り回っている中、医学書などを読み込んでいた。生意気な小学生である。そんな賢也がある時出会ったのが、ライトノベルだった。
賢也自身、それを読む前まではラノベという物を見下していた。あんなものを読むのは人生が上手くいっていない奴だけだと見下していたのだ。実際、初めて読んでみた時も怖いもの見たさで読んでいた。
ただ、実際ラノベを読んでみると面白かったのだ。今まで観てきたどんな物よりも面白かったのだ。
賢也が初めて手に取った物は、お世辞にも世間にヒットした物とは言えなかった。知る人ぞ知るという感じで、ストーリーも特段面白い物でもない。同じような作品は世界に山ほどあると言っても過言では無いような無名な作品であった。それでも、賢也はその作品に強く惹かれたのだ。
何故なら、そのライトノベルには自分より圧倒的で、高次元な力である魔法で他者をねじ伏せ、従わせている姿があったからだ。この︎︎︎︎"︎︎圧倒的な力︎︎"︎︎に彼は痺れて憧れた。自分ですら持っていない力に強く引かれたのである。
そして、気づけば彼はラノベの虜になっていた。
「タイムストップ、タイムストップ」
幼き彼は手を前に出しながら、全力で叫んでいる。ライトノベルを読んでからというもの、彼は努力が嫌いなくせに、魔法を手に入れるため魔法の練習をしていた。誰もいない所で必死に魔法を出す練習をしていたのだ。今となってはそれは彼の黒歴史であるのだが…… それでも、その当時は本気で手に入れようとしていた。喉から手が出るほど魔法に憧れていたのだ。
それほどまでに欲するが絶対に手に入らない魔法が、ネット小説での中では当たり前のように使われ、しかも圧倒的な力を持っていた。その事実がますます賢也をラノベという沼にハマらせる。逃れられない程に深い所までハマっていたのだ。
そんな憧れを抱きながら、賢也はラノベを何冊も何百冊も読んだ。誰も見ていない暇な時間はラノベを読み続けていた。
そして、彼は異世界へ行くことを密かに妄想していた。
勿論ネット小説が異世界への知識のため、全く異世界での苦労なんて考えたことは無い。とにかく魔法という便利な物で他者を打ちのめし、賞賛されることだけを考えていた。要するに、彼は異世界と言う物を完全に舐めていたのだ。
彼のこれから待ち受ける運命が、無双とは無縁の苦労が付き纏うものだと言うのに・・・・
それはいつも通りの日常、何も特質すべきことが無い普通の日。賢也はいつも通り退屈な学校生活を終え、帰路に着く。賢也は部活にも入ってないため、出来る限り速攻で家に帰ろうとしていた。理由は勿論ラノベ漁りのためだ。しかし、帰る直前、突然後輩の女子から呼び止められた。
「賢也先輩!! あの・・・」
と顔を赤らめた後輩に話しかけられた。その後輩はいかにも︎︎"︎︎恋する乙女︎︎"︎︎という風貌。彼女はまさに青春漫画のヒロインを現実に出したよう女の子だった。こんな女子を前にしたら、どんな男でもイチコロである。しかし、この物語の主人公賢也は恋する所か、至高のラノベタイムを邪魔され少し不機嫌になっていた。内心かなりイラついていた。が、完璧人間である彼はそれを一切表に出さずに
「ん? どうしたの?」
と優しく答えた。その優しい返答に再び高まる彼女の鼓動。傍から見ても彼女は緊張している。緊張からなのか、目線もあっちこっちと右往左往している。少し体も震えていた。しかし、彼女は緊張しながらも
「こ、これけっけんや先輩のために作りました。よかっかったら食べてください」
と大きな声で声を出す。声は少し震え言葉も噛んでいた。それでも、勇気をだして小包を渡してきたのだ。誰がどう見ても告白だった。もう「好き」というワードさえ言えば完全に告白だった。
だが、後輩はそれを賢也に渡すと、恥ずかしさのピークに達したのか、物凄い速さで走って行ってしまった。顔は先程の何倍も顔が赤くなっていた。
賢也は渡された物を眉をひそめながら見てみる。その小包は綺麗に包装されていて、彼女がどれだけの気持ちを込めて作ったのか、どんなサイコパスだろうとわかるものだった。
しかし、賢也は またか... と面倒くさそうな顔をする。彼はこのような物を何度も、何度も、何度も、何度も、貰ってきた。嫌になるぐらい貰っていた。そのため、女子からそのようなものを貰っても全く嬉しくなかったのだ。それが例えどんなに気持ちがこもっている物だったとしても・・・・
それどころか、手作りは苦手だなとまで思っていた。
最低である。
賢也はその後輩から貰った小包を乱雑にリュックに押し込み、すぐさま帰路に着く。とことん屑である。
賢也は少し不機嫌になりながらも、いつも通りリムジンが来るのを待っていた。賢也は外出する時は大抵リムジンに乗っている。それが例え近場のコンビニに行く時でもだ。なぜなら、リムジンから出てきた自分を庶民達が羨望や嫉妬の目で見ることが、堪らなく気持ち良かったからである。その上、リムジン内で読むラノベはまた違った良さがあったからだ。だから、この日もリムジンが来るのをいつもの場所で待っていた。
賢也がいつもの場所に着いた時、時刻は丁度4時15分になる。リムジンがいつも到着する時刻だ。ギリギリになってしまったが間に合ったことに少し安心する賢也。
だが、この日はリムジン所か車の一つも通る様子がない。いつもならうるさい程に通っている車達が、冬眠でもしているかのように1台として現れなかった。
そのことを奇妙に思いながらもリムジンが来るのをしばらく待っていたのだが、一向に来る気配は無い。その事に若干苛立ちながらも、賢也は大人しく待ち続ける。
ただ、いくら待ってもリムジンは来る様子は無い。それどころか、人っ子一人来る様子は無かった。
数十分後、流石の賢也も堪忍袋の緒が切れそうだったため、待つのをやめて歩き始めた。勿論、帰ったらリムジンの運転手はクビにしようと考えていた。どんな理由があろうとも、時間を守れないような運転手は必要ない。それが例え、何十年の付き合いだろうともだ。少なくとも、遅れる時は連絡を入れろ、と怒っていた。
ただ、こんなにイライラしながらも、たまには歩くこともいいなとも考える。そう考えると勝手に足は動いていた。ルンルン気分だ。しかし、この判断が賢也の運命を分けたことを、彼は知る由も知る術もなかった。
賢也はいつも通りの道を歩いていた。いつも通りと言っても、車から見る景色と歩いて見える景色は若干の違いがあった訳だが... その違いが賢也をラノベほどではないものの楽しませていた。
庶民が散歩にハマるのも少し納得だな!!
賢也は先程までの不機嫌が嘘のように、上機嫌に歩いていた。
しかし、その上機嫌は長く続かなかった。数十分ぐらい歩いた頃だろうか、賢也もそろそろ歩くことに飽き始める。賢也が飽き性と言うこともあったが、思ったより歩いて帰るのは時間が掛かっていた上に、何より歩くのはそれなりに疲れるからであった。そのため、電車やバスで帰るべきだったと、大きなため息をつく。先程の上機嫌は本当に一瞬にして消え去っていた。
そんな時、突如眩しい光が見える。とても眩しい光であった。例えるなら目の中に雷が落ちたような眩しさだ。賢也はその眩しさに耐えられず、目をつぶる。
「車のライトをこの俺様に当てるとはいい度胸だな」
と目をつぶりながらも怒り出す。ただでさえ不機嫌な賢也は、このライトの主をどんな目に合わせてやろうかと画策する。それぐらい彼の機嫌は最悪であったし、何よりとてつもなく眩しかったのだ。
その光が輝いたのは本の一瞬なのに、未だに周りが見えなくなっている。一瞬失明したのでは?と誤解するぐらい周りが見えなくなっていた。瞼の裏に残る光の残像がその光の強さを表している。
それでも、時間が経つと少しづつだが、周りが見えるようになってきた。そのことに少し安心しながらも、ライトの主の顔を拝むのを心待ちにしていた。
ただ、徐々に視界がクリアになるにつれ、賢也は奇妙なことに気がついたのだ。はっきりと見えず視界はぼやけているのだが、目の前に緑や茶色っぽい︎"︎︎何か︎︎"︎︎があるように見えた。光を見る前まで賢也の周りに緑や茶色の物は存在していなかったように賢也は記憶している。確かに、ぼーっと歩いていたから見逃した可能性もあったが、どう考えても緑のものはないように思えた。彼は驚きながらも少し胸を踊らせていた。
しばらくして、眩しさに目が慣れてきた頃、少しづつだが周りに何があるのか理解出来た。輪郭はまだ少しぼやけているが、それには見覚えがあったのだ。その物が何か分かった賢也は思わず
「森だ」
と大きく呟く。賢也の周りには森と呼ぶのが相応しい物があった。辺りは薄暗かったが、近くにあるのは木だと理解出来るぐらい力強くその場に立っていたのだ。そんな力強い木々達は、見渡す限りどこまでも続いているように見えた。
賢也は無意識で森の中に来たのかと一瞬考える。しかし、賢也の帰り道には森と呼ばれるような場所はないため、無意識で入ったということは考えづらかった。そもそも、賢也はさっきまで歩道を歩いていたはずだ。前の方には犬を散歩しているおばさんが歩いていたし、数秒前の住宅街の談笑は耳に残っている。
しかも、先程までの時間は夕方頃で空はオレンジ色に染まっていたが、今は真っ暗な夜だった。それだけ賢也の周りは一瞬で変化したのだ。普通の人ならここで驚くだろうが、賢也は違った。彼は一通り周りを見た後、
「よっっしゃあぁぁ。遂に遂に遂にー、異世界に来たぞぉぉぉぉ!!!!!!! 」
と叫びながら、彼は大はしゃぎで喜んだ。喜びすぎて逆立ちをしたり、犬のように走り回ったりと忙しかった。そのはしゃぎようからは普段のクールな彼を思い起こすことはできないほどである。そして、大騒ぎしながら
「異世界転移ってことは魔法が使える。どんな魔法が使えるかな。楽しみだな。俺は時間を操作してみたりしたいなぁ」
と玩具を買ってもらった子供のような反応をしていた。
彼は一瞬で自分が異世界転移をしていることを理解したのであった。ただ、それは彼が完璧人間だから理解出来たのではない。はたまた、ラノベを大量に読んでるからでは無かった。恐らく、ラノベを読んだことの無い普通の人でも数秒後には、自分が異なる世界に来たと判断出来ただろう。
なぜなら、真っ暗な空の上には光り輝くお月様が三つあったからだ。