実機授業5
――医務室へ――
オレとサーヤは管制塔を下り、
医務室へ向かう。
「えへへ、授業抜けちゃいましたね。」
サーヤはオレに向かってペロッと舌を出す。
(な、なんだ、嬉しいのかな…?
そういえば昼飯の時、
格闘戦は苦手だって言ってたっけ。)
オレは、
「ご、ごめん、付き添わせちゃって。」
正直な気持ちを伝える。
「いいんです、私も少し気分転換したかったから。」
「気分転換…?」
「はい、この頃は教官たちも厳しくって、
クラスの雰囲気も一段とピリピリしてますし…。」
「……」
「わかってたつもりなんですけど…
これから戦場へ行くんだー、
って考えると少し怖くなっちゃたりするんですよね…、
あ、二人には内緒ですよ!」
「…う、うん。」
(そうか…、いくら覚悟してたって、
やっぱり怖いのか…。)
オレが無言で考え込んでいると、
「大丈夫ですか?無理は禁物ですよ。」
サーヤは本気でオレを心配してくれる。
「あ、ありがとう。」
(ははは、今さら仮病だなんて、言えない…。
はぁあぁあ、やっちまったなオレ、
こっちの世界でも…冴えないなぁ…。
転生したら、無敵になれるんじゃなかったのかよ…。)
――───校舎・医務室――───
オレとサーヤは校舎入口に併設された医務室へ入った。
部屋には白衣を着た中年の男性医務官がいた。
「どうしました、
どこか、痛めたかな?」
医務官はオレとサーヤを交互に見る。
「あのー、怪我じゃなくて…、
体調がすぐれないんです。」
オレに代わって、サーヤが説明してくれる。
「ほー、これは珍しい。
どういった症状かな。」
医務官はサーヤに尋ねる。
「あ、あの、私じゃなくて、
この子です。」
サーヤはオレの背を押す。
(…こ、この子か…。)
「失礼、失礼、キミのほうか。」
医務官は軽い笑顔で答える。
(なんだかチャラい人だな…。)
「では、私はこれで失礼します。」
そう言うとサーヤは医務室を出て行った。
「ん~……。」
医務官は何も言わず、
オレをただじっと見つめる
「あ、あのー…、何か…?」
「キミ、その訓練着を着てるってことは…
パイロット候補生…?」
「は、はい…、
今日この学校に来たばかりですけど…。」
「…そうか!君だったのか、
パイロット候補の編入生というのは。」
「はい。」
「いやぁ、さすがに驚いたな、
こんなに幼いとは…、
おっと、これは失礼、
容姿で人を判断しちゃいけないね。」
「あ、いえ、もう慣れました。」
オレは気を使って答えた。
「そうかそうか、
では、どういった具合かな?」
(まいったなぁ、ただの仮病なんだけど…。)
「えーと…、
お腹が…痛いんです。」
オレは訓練着を脱ぎ、
腹を見せる。
医務官はオレの腹に手を当て、
さらに、聴診器を胸や腹へ当てる。
オレは、
「そういえば、さっき珍しいって言ってましたけど…、
何が珍しいんですか?」
気になったことを聞いてみた。
「ああ、
怪我以外の理由で、パイロット候補生が、
医務室に来るなんて憶えがなくてね。」
(えっ…!?)
「そ、そうなんですか…」
「そうそう、
特にレリウス君が、
リンド・ブルムの教官に着任してからは、
1度もないんじゃないかな。」
(な、なんかそれって…マズい気が…。)
「じゃ、そこのベッドに横になって。」
オレは言われた通りベッドに横になる。
「あと、体温と脈拍も見てみよう。」
医務官は体温計をオレの口元に運び、
「はい、くわえて。」
首に手を当てる。
「ま、レリウス君は根性主義だからね、
普段から『軟弱者は去れ!!』なんてよく言ってるよ。」
医務官はレリウス教官の物まねをする。
(や、やっちまったー…。
オレ、いきなり心証最悪じゃん…。
なる早で卒業しなきゃいけないってのに、
遠のく100機撃墜、
近づく死刑…。)
オレは一人で落ち込む。
「脈拍、異常なし。」
「これは、僕がまだ医務官として駆け出しの頃の話なんだけどさ。」
チャラい医務官は唐突に思い出話を始めた。
「僕はその頃、最前線の野戦病院に配属されていてね、
そこへ新任の指揮官がやってきたんだ。
その指揮官は着任早々、いきなり野戦病院のテントを訪れて、
『重傷者以外、今すぐこのテントから出て行けー!!
ここは真に戦った勇者の為の神聖な場所だ、
それ以外の者はここにいる資格はない!!』
そう言って、ホントに病人や軽傷者をテントから、
叩き出しちゃったんだよ。
無茶苦茶だよね、僕はただ呆然と見てるだけだったな。」
(い、いきなり何の話だ…?)
「この行為は後に軍本部で大問題となったみたいだけど。」
オレは医務官の話をただ黙って聞いた。
「僕がこの話を今でも忘れられないのはね、
その指揮官と一緒に戦った兵士たちの話が興味深いからなんだ。
まぁ、一般的に指揮官を務める将校の方々ってのは、
普通戦線の後方に構えて、
戦闘が始まったら前線にはまず顔を出さないものなんだ。
だけど、一緒に戦った兵士たちが言うには、
その指揮官は、戦闘が始まると常に前線へ飛び出して、
戦闘が激戦になればなるほど先頭に立って、
兵士たちを鼓舞しながら指揮を執ったんだって。
この行為については、
将校として無責任で無自覚だって言う人も多くいるんだけど、
前線の兵士たちは頼もしかったんじゃないかな、
と僕は思う。」
(な、何の話してんだこの人??
一方的に話始めるし…。
え!?もしかしてオレの感想待ちなのこれ。)
しかし、オレは何て答えればいいかのか、
さっぱり思い浮かばなかった。
「………。」
「ごめんごめん、話が長くなっちゃうのが、
僕の悪いクセなんだよな~。」
医務官はオレの口から体温計を抜き取る。
「熱は…、平熱。」
「ま、僕は実際戦闘に出て戦うわけじゃないから、
こんな話をしても、全然説得力ないけどさ。」
「ま、今日のところは、
いきなり慣れない環境で不調になった、
としておこうか。」
「は、はぁ。」
(…よくしゃべる人だ。)
そして、オレはそのままベッドに寝かされた。




