いざアルレオンへ
────早朝・王国軍中央本部・ライデンシャフト格納庫────
朝日に照らされる早朝の王都。
中央軍基地・ライデンシャフト格納庫に、
サンダース《ベルディア》ヒル将軍の姿があった。
「お、おはようございます、ヒル将軍。」
当直士官は敬礼をしつつも、
将軍の突然の来訪に驚きを隠せないでいた。
サンダースは士官に対し、
「おはよう。
すまぬが、すぐに出立したい、
出せるか?」
敬礼を返しながら用件を告げた。
「い、今からですか!?」
「そうだ、出来る限り急いでくれ。」
「行き先は?」
「レイクロッサだ。」
「レイクロッサ…、
ですと、長距離航行換装が必要です。
しかし、まだ厳戒態勢が解かれていないのでは…。」
「わかっておる、それでも出立したいのだ。
許可証も持参した、
すぐに取り掛かれるか。」
サンダースは書類を士官へ手渡した。
「わ、わかりました!!
宿直の者も叩き起こして、
大急ぎで取り掛かります。」
「すまぬな。」
「い、いえ、将軍からの直々の指令、
光栄であります!!」
黙って話を聞いていたもう一人の士官は、
話が終わると、すぐに走って当直室へ向かった。
準備を見守るサンダースは、
煙草に火をつけた。
(ティターニア中尉への借り、
なんとか返すことができたか。
それにしても…あれから、
どれほどの月日が経っただろうか…。)
サンダースはゆっくりと煙草を吸いこむと、
大きく空へ向かって煙を吐いた。
(……まさかこのような形で、
再び交わることになろうとは、
つくづく中尉とは縁があるのかもしれんな。)
サンダースは一人過去を振り返った。
装備の変更は急ピッチで進められた。
しばらくして、
「将軍!!発進準備整いました!!」
整備兵から声があがった。
「うむ!!」
サンダースはタバコを投げ捨てると、
格納庫へ小走りで入った。
そして、自身の専用ライデンシャフト
《サーベラス》へ乗り込んだ。
────王都からアルレオンへ向かう街道────
早朝、オレたち一行は、
野営地の寝床をテキパキと片付け、
目的地アルレオンへ向け出発した。
馬車は快調に進む。
道中、オレがボケーっと外を眺めていると、
(あっ……飛行機雲!?)
空に一筋の雲が現れた。
<魔導機雲だ!!>
リゼルは空に浮かぶ一筋の雲を、
オレとは違う名で呼んだ。
(……なるほど、
こっちの世界ではそう言うのか。)
オレとリゼルが大空にできた魔導機|(飛行機)雲を、
見上げていると、
隣に座るアーノルド軍曹も、
大空に引かれた白い一本線に気がついた。
「伍長!!
かなり距離はあるが、
機体の識別は出来そうか!?」
「やってみます!!」
ビム伍長は鞄から、
素早く望遠鏡を取り出し、
のぞき込んだ。
「……あのカラーリング、
………………………!?
ベルディア公の機体
”サーベラス”かと思われます!!」
それを聞いた軍曹は、
大きな体をオレに覆いかぶせ、
顔を精一杯空へ向けた。
「…………将軍、
王都を発たれましたか。
アーノルド・ロンド、
与えられた責務、
必ずや果たしてみせますぞ。」
軍曹は澄み切った空へ誓った。
────そして翌日・朝・馬車の中────
早朝、オレたちは昨日と同じく、
日の出前に馬車に乗り、
野営地を出発した。
「はぁぁあぁ…。」
オレは特大のあくびをしながら、
(あぁあ…………、
いい加減ちゃんとしたベッドで寝たい。
野宿マジかんべん、
トイレもシャワーも無いし、
虫いっぱいいるし…。)
愚痴らずにはいられなかった。
(途中民家だってあったのに、
なんでわざわざ野宿なんだよ…。)
<しょうがないよ、
この前あんなことがあったんだから。
どこに敵の刺客が潜んでるかわからないって、
ビム伍長言ってたでしょ。>
リゼルに言われて、
オレは一昨日の光景を思い出した。
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「軍曹!!!
追っ手です!!!」
ビム伍長は叫びながら、
こちらへ猛スピードで駆けてきた。
「伍長、ティターニアを頼む!!」
そう言うと、
軍曹はもの凄い勢いで、
馬車へ戻った。
オレは伍長に連れられ、
近くの茂みに姿を隠した。
オレはズボンに挟んでいた日記に触れる。
(…リ…リゼル……、
オレたち…、大丈夫かな……?)
オレはつい不安を漏らす。
<タツヤ、いざとなったら、
僕たちも戦わなきゃ!!>
(た、戦うのっ!?)
<そうだよ!!>
(い、いきなり戦えって言われても…。)
オレとリゼルが頭の中で、
そんなやりとりをしていると、
バシュ! バシュ! バシュン!
馬車めがけて矢が放たれる。
オレの不安はさらに高まる。
そんなオレに対して、
「ティターニア心配するな、
我々には王国中央軍最強の男がついている。」
ビム伍長はオレの耳元で、
力強く言い切った。
オレたちは離れた場所から、
王国中央軍最強の男の動きを注視した。
軍曹は馬車に戻ると、
馬車の荷台から、
長くて太い棒のような物を取り出し、
それを担いで馬車の屋根に登った。
その間も追手からの矢は放たれ続けている。
軍曹はそんな状況下にも関わらず、
まったくひるむ素振りを見せず、
屋根の上で腹ばいになると、
大きな棒状のものを組み立て出した。
それはあっという間に、
巨大な弩弓へ変形した。
ギュオン! ギュオン!
今度は山なりの矢が、
軍曹のいる馬車の屋根めがけ飛んでくる。
しかし、馬車の上のアーノルド軍曹は、
敵の矢を的確にかわし反撃を開始する。
ドシュ!! ドシュ!!
軍曹の弩弓から2本の矢が放たれた。
矢を放つと、
軍曹はすぐに起き上がって、
屋根から飛び降り、
猛スピードで丘を下った。
「勝負あったな!!」
伍長はすかさず声をあげた。
カサッ……!
その時、近くの茂みで物音がした。
「!?」
その瞬間、
ビム伍長がオレを草むらの中へ突き飛ばした。
「いってーっ!」
オレは思わず声をあげた。
ギュオン!!!
ちょうどオレのいたところへ矢が飛んできた。
(あ、あっぶねー!!)
<あぶなかったね…!>
「ティターニア身をかがめ、
ジッとしていろ!!」
伍長は腰の道具袋から何かを取り出し、
勢いよく地面に投げつけた。
ボフッ!!
あたり一面に白煙が広がる。
オレはビム伍長に言われた通り、
亀のような態勢を取って、
草むらからじーっと戦況を見守る。
とはいっても、
煙のせいでほとんど見えなかったけど。
ドシュ!
「うわぁぁぁ!!!」
オレのすげぇ近くに矢が飛んできた。
「声を出すんじゃない!!」
すかさず伍長に叱られた。
<もう何やってるの!!>
リゼルからも叱られた。
(す、すみません。)
オレは心の中で謝った。
そんな中、少しずつ煙幕が薄れ、
伍長の姿がぼんやりと見えた。
伍長は低い姿勢で、
動き続けていた。
そして、
「そこか!!!」
シュッ!!!シュッ!!!シュッ!!!シュッ!!!
体の至る所に備えていたナイフを、
離れた茂みの中へ立て続けに投げつけた。
「ぐっ……。」
茂みからかすかな低いうめき声が聞こえた。
伍長は慎重に茂みへ向かう。
しばらくして、
「ティターニア出てこい、
もう大丈夫だ。」
オレを呼んだ。
オレが草むらから出て、
伍長の元へ行くと、
そこには、
顔に白い布をかけられた男が横たわっていた。
(……………。)
<……………。>
オレとリゼルはあまりの出来事に、
言葉が出てこなかった。
(……………。)
正直、オレは今にもちびりそうだった。
(……そうだった、
オレ、命狙われてるんだ。
くっそー!!!
そのせいで野宿する羽目に……、
ふざけんなよー!)
<あーあ、またはじまった……。>
リゼルが呆れる中、
オレは頭の中で、
溜まった不満を吐き出した。
オレが愚痴っている間も、
馬車は進んだ。
そして、しっかりと日が昇る頃には、
辺りの景色は、
青々と茂った草原や雑木林から、
土の畑や、朝食の煙が立ち昇る民家へと、
変わっていった。
そこへ、
<タツヤ!!
正面に見えるの、
きっとアルレオンの城壁だよ!!>
興奮したリゼルの声が、
オレの頭に響いた。
オレたちの視界の先に、
巨大な城壁がその姿を現した。
(はぁ……、
ついに到着してしまうのか…。)
オレは正直な感想をリゼルへ漏らした。
<嬉しくないの?>
(う、嬉しくない!!
軍学校なんて、
行きたくないに決まってんじゃん。)
<なんで!?>
(なんで!?
だって厳しいに決まってる!
軍隊の学校なんでしょ!!
とにかくオレは軍学校なんて行きたくない!!)
オレは今まで言い出せなかった本音を、
リゼルへぶつけた。
<…………>
リゼルは珍しく何も言い返してこなかった。
オレたちが黙り込んでいる間も
馬車は進み、
巨大な壁はさらに迫力を増していった。
────城塞都市アルレオン────
王都の北北東に位置する中核都市。
その歴史は古く、
都市の誕生は、
フィレリア王国建国前にさかのぼる。
かつては魔導の研究で栄え、
王都に魔法省が設置されるにともない、
研究機関、研究者の大半が王都へ移った。
現在は、第六王国軍の本拠地として、
街の大半が基地として活用されている。
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オレたちを乗せた馬車が、
巨大な城壁に備えられたゲートへ近づく。
そこでオレたちは、
いきなり大勢の衛兵に取り囲まれた。
そして、一人の衛兵が馬車の前に立ちふさがった。
「止まれ!!
アルレオンへの入行証を確認する!
それが済み次第、荷と身分を検める。」
正面に立つ衛兵以外、
全員が槍を構えている。
(あ、あのさ…、
もしかして、
オレたちって歓迎されてないの…?)
<これ?普通だと思うけど。>
(え…!?そうなの。)
リゼルは全く驚いていないようだ。
横に座るアーノルド軍曹もいつもと変わらない。
(そ、そうですか……、
これが、この世界のスタンダードなんですか…。)
オレはとにかく自分へ言い聞かせた。
「どうした!!
早く入行証を見せたまえ!!」
目の前の衛兵が怒鳴っている。
ビム伍長はちらりとアーノルド軍曹を見るが、
軍曹は一切表情を変えなかった。
オレたちが何の反応も示さないことに、
正面の衛兵はしびれをきらす。
「入行証を見せられないのであれば、
全員、いったんここで、
馬車から降りてもらおう。」
目の前の衛兵は大声でオレたちへ命じた。
「降りるぞ。」
軍曹の一声で、オレたちは馬車から降りる。
馬車からの降り際、
アーノルド軍曹がオレの耳元でささやいた。
「ティターニア、私のそばから離れるな。」
その時だった。
「軍曹!!!」
ビム伍長が叫んだ。
突如、正面の衛兵が剣を鞘から抜き、
襲い掛かってきた。




