動き出す思惑1
ここから第4章です。よろしくお願いいたします。
─────王都グレミア・歓楽街・早朝のとある娼館─────
夜更けから激しく降り続いた雨も止み、
王都グレミアは新しい朝を迎えた。
王都西部・歓楽街、
フードを目深に被った女が、
古い娼館の裏口に姿を現した。
女は注意深く周囲を確認すると、
足早に建物へ入っていった。
明け方の館内は、帰り支度をする客や、
仕事を終えた娼婦たちで、
真夜中とは違う慌ただしさがあった。
館の中は、
客や女たちが吐き出すタバコの煙が漂い、
そこに、男モノ女モノの香水、
女たちの使う白粉、
館内を彩る花々の香りが混ざり合い、
異様な臭いで満ちていた。
フードの女は、館の喧騒に目もくれず、
二階の目当ての部屋へ真っ直ぐ向かった。
館の者達も誰一人フードの女に構うことなく、
女を素通りさせた。
フードの女が目的の部屋に入ると、
顔に刻まれた大きなあざと、
鷲鼻が特徴的な壮年の男が、
豊満な娼婦二人に挟まれ眠っていた。
顔に大きなあざのある男は、
フードの女が入るなり、
そばで寝ていた女たちを押しのけた。
男は裸の女たちを部屋から追い出すと、
口を開いた。
「…ご苦労であった。」
突き刺すような鋭い視線が、
フードの女へ向けられた。
「…ありがとうございます。」
女は微動だにせず、男を見た。
「多少予定外のこともあったようだが…?」
男は厳しい口調で女に問うた。
「…申し訳ございません。」
女はかすかに震えていた。
男は急に下品な笑みを浮かべると、
「まぁよい…、とりあえず脱げ。」
女に指示を出した。
女はフードを外し、
ためらいなく衣服を脱いだ。
裸になった女の全身には、
数多くの傷と、
いびつな文字のようなタトゥーが、
無数に彫られていた。
「褒美をくれてやる、
体が欲しがっておるであろう…。」
鷲鼻はつぶやくと、
枕元からナイフを取り出す。
そして、裸のまま女に近づく。
男の体にも無数の傷と、
女のモノとよく似たタトゥーが、
彫られていた。
顔に大きなあざのある男は、
女の背後に立つと、
ナイフを女の背に当て、
ゆっくりと滑らせた。
女の白い肌に、一本の紅い線が引かれ、
そこから、鮮やかな血が流れだした。
男は溢れ出す鮮血を舌でなめとりながら、
話を続ける。
「次の……、
標的は…、」
「…は、はいっ…。」
男は話の途中で、
女の新しい傷口を指で強くなぞる。
女は痛みを顔に出さないよう唇を噛んだ。
「どうだ…感じるか?」
「……」
「はっはっはっ、いい表情だ…。」
男は女の苦悶の表情を楽しんだ。
続けて男は、
「…アルレオンだ。」
女へ告げた。
──────アルレオンへ向かう道中・馬車内──────
夜通し降り続いた雨もすっかり上がって、
オレたちを乗せた馬車は、
草原沿いのなだらかな農道を進んだ。
オレたちを乗せた馬車は、
深夜の嵐のような慌ただしさから一転、
穏やかな速度で進んだ。
オレは馬車の中で、
あらためてリゼルに、
真夜中の出来事と試験の合格を報告した。
<僕の知らない間に、
そんなことがあったんだ…。>
(はぁ…、ほんと大変だったんだから。)
<だけどさ、合格できたんだし、
良かったよね!!>
(『良かったよね!!』…って、
…簡単に言うなぁ…。)
<だってしょうがないじゃん、
真夜中の出来事、
僕知らないんだもん。>
(はいはい、そうでした…。)
<とにかくさ、
ライデンシャフトのパイロットだよ!>
(はぁ……。)
<どうしたの、嬉しくないの?>
(……この先の事を考えると、
……不安……。)
オレは、アーノルド軍曹からもらった、
合格通知書を、
何度も見返した。
(…………。)
通知書を見ながら、、
試験襲撃でやられた教官たちや、
燃えた宿舎が、
オレの脳裏によみがえった。
<タツヤ……。>
(……うぅ……。)
<…………。>
オレとリゼルは、
しばらく黙りこんだ。
(…………。)
<……あのさ……。>
しばらくして、
沈黙を破ったのはリゼルだった。
<軍曹、何か知ってるのかな?>
(…………?)
<昨日の事…、
聞いてみてよ。>
(えっ!?
また聞くの!?)
<うん。>
(い、嫌だよ!!
いっつもムスッとしてるし、
昨日も答えてくれなかったし、
どうせ答えてくれないよ!)
<そ、そんなの、
聞いてみなきゃわかんないじゃん!>
(答えてくれないって!!)
<僕が聞けるなら、
とっくにしてるよ!!
出来ないから、
タツヤにお願いしてるんでしょ!!!>
リゼルがきれた。
(は、はい…。)
オレはリゼルの迫力に負け、
昨日の試験から続く一連の騒動を、
隣に座るアーノルド軍曹にたずねた。
「ふむ……。
昨日の件か……。」
軍曹は険しい顔つきのまま、
しばらく考えこんだ。
(…ほら…ダメじゃん…。)
<まだわかんないよ!>
オレたちは、
緊張しながら軍曹の返答を待った。
「……ふぅ。」
軍曹は大きく息を吐きだすと、
慎重に話を始めた。
軍曹の説明によると、
オレの試験で起こった激しい戦闘について、
軍曹も詳しいことは、
本部から知らされていない、
とのことだった。
そんな中、
オレたちが一番驚いたのは、
真夜中の火事についてだった。
軍曹は、部屋に火をつけたのは、
自分だとオレたちへ告げた。
それはオレを逃すための
作戦だったそうだ。
なんでも、あのままだと、
オレは殺されていたらしい。
そして、いま現在、
軍曹たちはオレを王都から逃がし、
軍学校のあるアルレオンへ、
オレたちを送り届けるために、
馬車を走らせている。
オレの予想に反して、
軍曹は親切に話してくれた。
オレは話を聞き終わり、
思わず、
「なんで…そこまでして…、
オレの命を…。」
つぶやいていた。
「ティターニアの存在を、
疎ましく思っている者が、
軍の内部にいるということだ、
それは間違いない。」
軍曹はあっさり言い切った。
──────王家親衛隊・”バーミリオン”本部──────
早朝の王都、
親衛隊隊長・アリエス・フィズ・フィレリアは、
事件現場の演習林から、
王宮近くに建つ親衛隊本部へ、
戻った。
隊長執務室に入ると、
アリエスはすぐに濡れた衣服を脱ぎ、
用意された新しいモノに着替えた。
「こうも体が冷えてしまっては、
さすがに熱いシャワーや、
湯舟が恋しくなるな…。」
アリエスは誰もいないところで、
一人愚痴をつぶやいた。
しかし、すぐに頭を切り替え、
襲撃事件の映像をモニターに流す。
隊長執務室のモニターに、
昨日の激しい戦闘が映る。
「………」
映像を見て、
アリエスは言葉を失った。
最前線で活躍する現役部隊が、
たった一機の敵に、
なす術なく沈められた。
しかし、それ以上に、
驚かされたことがあった。
それは、この恐るべき正体不明機を倒したのが、
一民間人、しかも子供が操る機体だという事だった
「一体どうなっているのだ…。」
アリエスは、すぐに頭の整理がつかなかった。
アリエスは何度も映像を見返した。
「…………。」
映像を何度か見返した後、
アリエスは机に置かれた書類へ目を移した。
書類はアリエスより先に、
映像を解析した隊員たちからの
戦闘分析レポートだった。
そこには、襲撃事件に使われた機体の詳細や、
試験に参加したメンバーの人物略歴、
それから、途中映像が乱れた原因が、
魔導障壁による可能性、
など様々な記載があった。
しかし、襲撃犯の特定につながるような、
手掛かりは何一つ記されていなかった。
アリエスは椅子に深く腰かけ、
襲撃犯について自分なりの推理を展開させた。
(帝国の刺客……、
王国内の反乱分子……、
軍内部の抗争……、
どれも考えられる。)
アリエスは、もう一度ざっと資料に目を通した。
(しかし、現段階の手がかりでは、
わからぬことが多すぎる。)
アリエスは壁にかけられた王国旗に目を向けた。
(もし、襲撃犯が帝国の刺客や、
国内の反乱分子だったならば、
何故、直接王宮を襲わなかったのだ…。)
「ふぅ……。」
アリエスは大きく息を吐いた。
アリエスは、
机に置かれた書類の中から一枚の書類を取り出し、
顔の前に掲げた。
「リゼル・ティターニア、
お主は一体何者なのだ…。」
アリエスは少年の写真を、
少しの間見つめ続けた。
──────フィレリア王国・オルレアンへ続く道──────
王都を出発してから、
およそ半日が経った。
車内では話題もなくなり、
オレはというと、、
体をおもいっきり扉側にもたれかかせ、
心地いい最高のウトウトを、
満喫していた。
(あぁ…幸せ…、
あぁあ…このままずーっと、
ずーっと………、
何もしないでいられたらなぁ…。)
<タツヤ―っ!!
僕たち命狙われてるんだよ、
もっとしっかりしてよ!!>
オレのささやかな願いも虚しく、
間髪入れず、
リゼルから現実的なダメだしが入る。
もう少し、この状況を満喫したかったオレは、
(リゼルごめん!!)
とっさに膝の上に乗せていた、
リゼルの日記を体から放した。
<あ───っ!!………>
リゼルが頭からいなくなると、
オレは辛い現実から目を背け、
もう一度、
極上のまどろみの世界へ落ちるのだった。




