決闘当日
―――アルレオン・軍学校ライデンシャフト格納庫―――
機兵決闘当日、
午前中のアルレオン軍学校、
ライデンシャフト格納庫。
運命の決闘を午後に控えたオレは、
ライデンシャフト格納庫で、
目の前の機体を見上げていた。
「これが……オレの機体…。」
<…………………………。>
オレたちが呆然と機体を眺めていると、
隣にいる軍学校の新校長、
ヒゲのおっさんサンダースが、
「この機体はな…、
整備学生の為に作られた、
学習用ライデンシャフト・”アルゴ”だ。」
簡単な機体の紹介をしてくれた。
「ウソ…でしょ…、
こんな機体…実戦用ですらないじゃん。」
一緒にいるアルレオン領主兼オレの保護観察官、
ミルファ・ダリオン魔導少佐は、
驚きを通り越して呆れている。
<整備学生用の学習機体!?
いくらなんでも…、
そんなライデンシャフトじゃ…戦えないよ…。>
リゼルも明らかに動揺している。
オレはとんでもない機体で、
決闘に臨むことになってしまった。
―――アルレオン・ミルファ邸―――
時を少し戻して、
機兵決闘当日の早朝、
快晴のアルレオン、領主公邸。
公邸の玄関付近に、
多くの従者たちへ、
この日の仕事の指示を出す、
老執事セバスチャンの姿があった。
そこへ、城郭詰めの衛兵が、
あわてた様子で現れた。
「セバスチャン殿!こちらを!!」
セバスチャンは、
伝令から差し出されたメモを受け取ると、
すぐさまメモに目を通した。
「………!?」
セバスチャンは内容を確認するや、
「急ぎ、ミルファ様へお伝えいたします。」
足早に館の中へ消えた。
―――領主の館・ミルファの部屋―――
コンコンコンコン
「…はーい。」
老執事セバスチャンが領主の部屋をノックすると、
中から疲労感のある声が返ってきた。
「失礼いたします。」
セバスチャンが部屋に入ると、
中には非番の使用人たちが何人もいた。
肝心の領主ミルファはソファに寝そべっている。
彼女は多くの使用人の協力を得て、
徹夜で肋骨の痛みにだけ効く部分麻酔魔法を完成させた。
「はぁ……何とか……間に合った、
みんなありがと、帰っていいよ。」
ミルファがそういうと、
使用人たちはゾロゾロ部屋から出て行った。
これはセバスチャンにとっては見慣れた光景だ。
「ミルファ様…おはようございます。」
「セバスチャン…おはよう。」
ミルファは言いながら大あくびをしている。
「こちらを…。」
セバスチャンは小言を控え、
衛兵からのメモをミルファへ渡した。
ミルファは横になったままメモを受け取るも、
読まずにそのままテーブルへ置いた。
「本日、中央より参謀本部の客人がいらっしゃる、
とのことです。」
ミルファはうつ伏せの姿勢はそのままに、
顔だけを上げた。
「えーっ…今日!?
…ボク聞いてないんだけど。」
「わたくしもつい先ほど知らされました、
”機兵決闘”について話があると。」
ミルファは真剣な面持ちで、
メモを見つめた。
(あぁ…ティターニアが絡んでるからか…、
めんどくさいことにならなきゃいいけど。)
「ミルファ様、これからお出かけの準備を。」
「えー、ボクが行かなきゃダメ?」
「はい、ご指名です。」
「昼まで寝られると思ったのに…、
で、参謀本部って誰が来るの?」
「そのメモには、
軍中央参謀方本部としか、
記されておりませんでした。」
「ふーん………、
で、どこに行くの?」
「軍学校・機兵格納庫です。」
「軍学校の格納庫……、
じゃ、セバスチャン、
ティターニアにも声かけて、
一緒に出発するから。」
「かしこまりました。」
「それでボクは………、
ほんの少しだけ寝る。」
ミルファはソファに突っ伏し、
豪快に横になった。
―――アルレオン・軍学校へ向かう馬車の中―――
朝、執事のセバスチャンに起こされ、
オレは朝食やら着替えなどの準備をして、
小一時間ほどで出発の支度を整えた。
今、オレたちは移動中の馬車の車内にいる。
馬車の中でリゼルがオレに話しかけてきた。
<タツヤ、怪我の痛みは?>
(全然、…全く感じない。)
<ホントに!?>
(…うん、普通に動ける。)
<やったー!!>
オレは屋敷から馬車へ乗り込む直前に、
ミルファから肋骨骨折の痛みが消える魔法をかけてもらった。
その魔法のおかげで痛みの感覚が消えた。
その様子を見たミルファは、
「もうこれで言い訳できないんだから、
スゴい操縦、見せてもらうよ。」
どこか嬉しそうだ。
オレたちの乗り込んだ馬車は軍学校へ向かった。
―――アルレオン軍学校・ライデンシャフト格納庫―――
オレたちが軍学校・ライデンシャフト格納庫へ到着すると、
すでにそこには、新校長のひげのおっさんサンダースや、
オレが転入する時にいた前の校長が既に到着していた。
そして、さらに別のグループも、
すでに格納庫へ到着しているようだ。
そいつらは十数人いて、
その中心にいるのは、王都の裁判で見た、
確かギル・ドレって奴だ。
オレたちが馬車から降りてサンダースのおっさんたちに近づくと、
「まったく、閣下をこんなにも待たせるとは、
アルレオンの領主、たいそうな御身分ですな。」
ギル・ドレグループにいる小太りなおっさんが、
オレたちに聞こえるように嫌味を言った。
ミルファやセバスチャンはそれをあえて聞き流した
オレたちが合流すると、
前校長が口を開いた。
「これはご領主様、一同お待ちしておりました。」
横にいるミルファは、
キリッと引き締まった領主の顔になっていた。
みんなの前にやってくると、
ミルファのあいさつが始まった。
「アルレオン領主、
ミルファ・ダリオン魔導少佐です。
ギル・ドレ卿、その連れの方々、
ようこそアルレオンへ。」
その落ち着きっぷりは、
とても十代の女の子には見えなかった。
ミルファのあいさつに続き、
ギル・ドレ側も口を開く。
まずは嫌みを言った小太りなおっさんが話し始めた。
「わたくしは、参謀本部・輸送参謀長、
少将リトマイケと申す、
領主殿を王都でお見かけしたことはあるが、
こうして挨拶をするのは初めてですかな、
どうぞ以後お見知りおきを。」
リトマイケはミルファに向かって、
軽く会釈をしながら話を続けた。
「そしてこちらが、
参謀本部・総帥付最高顧問、
ギル・ドレ閣下であらせられます。」
小太りなおっさんの紹介を、
ギル・ドレはただ偉そうに聞いていた。
オレの斜め前にいるミルファは、
ひげのおっさんサンダースに向かって、
小さく手招きをした。
それに気づいたサンダースは、
ミルファの側へ歩み寄った。
ミルファは小声でおっさんに話しかける。
「どういうこと?
なんであいつらが今も参謀本部を名乗ってるの、
サンダースと一緒に解任されたんじゃなかったの?」
おっさんはミルファからの問いかけに、
戸惑った様子で、
「あの二人についても……、
私と同じく参謀本部の任は、
解かれたはずですが……。」
ボソッと答えた。
「何をヒソヒソと話しておられるのかな?」
そのやりとりを見て、
小太りのリトマイケがあざとく絡んできた。
「おおかた、我らが今も参謀本部の肩書を名乗ることに、
不信感をお持ちなのでしょう。」
そう言うと、
リトマイケは制服の内ポケットから書状を取り出し、
仰々しく広げて見せた。
「これで、いかがですかな。」
隣のギル・ドレは不気味な笑みを浮かべている。
ギル・ドレたちの一番近くにいた前校長が、
その書類をミルファたちに代わり確認する。
「えー…………、
まずギル・ドレ卿の名が一番上に記されております、
貴殿を本日付けで、”参謀本部総帥付・最高顧問”に任命する。
新参謀本部総帥、北方領領主サウール・ポウジー。
もう一枚には、リトマイケ少将や、
ここにはいらっしゃらぬザグレブ大佐の任官について、
署名入りで書かれています。」
「「!?」」
ミルファとひげのおっさんは、
驚いた表情で顔を見合わせた。
ここで、今まで一言も発していなかったギル・ドレが、
「…そういうことだ。」
初めて口を開いた。
サンダースはギル・ドレに対し、
「では、その参謀本部総帥付・最高顧問が、
いったいアルレオンへどういったご用件で?」
一歩も引かなかった。
その問いかけにギル・ドレは答えず、
代わりにリトマイケが前に出た。
「単刀直入に言わせてもらう、
今回の機兵決闘だが、
我々”参謀本部”が取り仕切ることとする。」
「えっ………!?」
「なんと……!?」
ミルファとサンダース、
二人は思わず声を漏らした。
「それは…どういうこと?」
「もう少し具体的に話していただこう。」
それに対しギル・ドレは、
「言葉通りの意味だ。」
笑みを見せた。
ミルファも、
「ここアルレオンで、あんたたちに
好き勝手やらせるつもりはないんだけど。」
黙っていなかった。
ギル・ドレから笑みが消えた。
「アルレオンの小娘、なかなか威勢がいいな、
しかしだ、言葉遣いには気をつけたまえ。」
ミルファを睨みつけた。
そこにリトマイケが割って入る。
「アルレオン領とはいえ、
軍学校及び基地関連は軍の敷地、
よって軍のルールに従ってもらわなければならぬ、
ミルファ殿も一応は軍に身を置いていらっしゃる。」
「あっ…。」
ミルファはとっさに口元を手で覆った。
それに対しギル・ドレは、
「今までは、アーツライトの老いぼれが、
アルレオンとそこにいる小娘を特別扱いしてきたが、
これからはそうはいかん。」
たたみかける。
リトマイケも続いて、
「キミたちのお友達は、
もう参謀本部にはいないのですから。」
いやらしい笑みを浮かべ、
「これが気に食わないというのなら、
今この場で軍籍から抜けてもらっても、
こちらは一向に構いませんよ。」
さらに嫌味をぶつけた。
ギル・ドレは、
「大好きなライデンシャフトを、
その手でいじくれなくなるがな。
はっはっはっはっはっ。」
大きく笑った。
「「……………。」」
ミルファやサンダースは、
何も言い返せなかった。
それを見たリトマイケは、
「ということで、本日の決闘については、
ご理解いただけましたかな。」
十分満足したようだった。
サンダースは、
「…仕方あるまい。」
声を絞りだした。
意気揚々とするリトマイケは、
「それではまず手始めに、
決闘で使用する機体を、
こちらで選ばせてもらいました。」
みんなを格納庫内の機体の所へ案内した。
「教官のレリウス中尉には、
”演習機ゼクウ”を使用してもらう。」
ギル・ドレはリトマイケから離れ、
「そこの小僧が乗る機体はこれだ。」
別の機体の前に立った。
「これが……オレの機体…。」
<…………………………。>
オレたちが呆然と機体を眺めていると、
いつの間にか隣にいたサンダースのおっさんが、
「この機体はな…、
整備学生の為に作られた、
学習用ライデンシャフト・”アルゴ”だ。」
簡単な機体の紹介をしてくれた。
「ウソ…でしょ…、
こんな機体…実戦用ですらないじゃん。」
ミルファは驚きを通り越して呆れている。
リゼルも、
<整備学生用の学習機体!?
いくらなんでも…、
そんなライデンシャフトじゃ…戦えないよ…。>
明らかに動揺している。
(…さ…最悪だ。)
オレは全く勝てる気がしなかった。
オレたちは絶望的なハンデを、
背負うことになってしまった。
「では、白熱した決闘を期待しておるぞ。
はっはっはっはっはっは。」
ギル・ドレは高らかに笑った。
そして、ギル・ドレ一行は、
機体の見張り役の兵士を残し、
格納庫から去って行った。
それに続き軍学校関係者も、
順々と格納庫から去った。
オレたちはというと、
いったん寮へ帰された。
―――軍学校・校長室―――
ギル・ドレ一行との対面を終えた、
ミルファ、サンダース、セバスチャンの三人は、
話し合いのため校長室に移った。
ミルファは部屋にあるライデンシャフトの置物を触りながら、
「サンダース、この決闘どうすんの?」
「どうするとは?」
「このまま、やらせるわけにはいかないでしょう。」
「そう…言われましても…、
……困りましたな。」
「困りましたな…じゃないよ!
あんな機体で勝てるわけないじゃん!」
ミルファは遠慮なくサンダースへ不満をぶつけた。
校長室は沈黙した。
沈黙を破ったのはサンダースだった。
「…こうなった責任は私にあります。」
覚悟を決めたのか、
サンダースは重い口調で話し始めた。
「レリウス君にティターニアの置かれた状況を説明し、
決闘を取り下げさせましょう、それが最善の方法かと。」
「でもそれって…。」
「はい、軍の”重要機密保持違反”にあたりますので、
厳罰は避けられないでしょう。」
「な、何もサンダースがそこまでしなくても…、
他に方法が…。」
「もしおありなら、是非教えていただきたい。」
サンダースは穏やかにミルファへ微笑みかけた。
「だったらその役目はボクが…。」
と、ミルファが言ったところで、
「ちょっとよろしいでしょうか。」
それまで、二人の話を黙って聞いていた
老執事のセバスチャンが声をあげた。
「差し出がましいようですが、
わたくしの話を聞いていただきたい。」
セバスチャンのバリトンボイスが、
校長室によく響いた。
「まず断っておきます、
私はあの少年について、
詳しいことは存じ上げませんし、
事情を詮索をするつもりもございません。
その上でのお話となりますが、
お二人は色々と心配され過ぎではございませんか。」
セバスチャンは、
二人の顔を交互に見つめた。
(だって、しょうがないじゃん、
あいつらの命が懸かってんだから…。)
ミルファは口に出せない思いを、
心の中でつぶやく。
「……………。」
サンダースは無言のまま、
険しい表情を崩さなかった。
セバスチャンは続けた。
「少年の手中にある運命のサイは、
まだ投げられておりません。
結果を見届けてから、
動かれてもよろしいのではないかと。」
ミルファは我慢できず、
「だけど、あんな機体じゃ…。」
口を挟んでしまった。
「厳しい意見を申していることは、
私も重々承知しております。」
「…だったら。」
と言いかけたところで、
ミルファは口を閉じ、
セバスチャンに続きをうながす。
「わかっていただきたいのは、
二人とも責任のあるお立場、
ミルファ様の肩には、アルレオンの幾万もの民の生活が、
サンダース将軍の存在は王国国民希望の象徴、
将軍を慕う軍関係者や国民のためにも、
ここはご両人に大事を見極めていただきとうございます。」
「…ティターニアを…見殺しにしろと。」
サンダースはセバスチャンを睨んだ。
セバスチャンはゆっくりと首を振った。
「そうは言っておりません、
生かす方法なら他にもあるのではないかと、
申し上げたいのでございます。」
―――アルレオン軍学校・機兵格納庫―――
正午前、
オレは寮の部屋でパイロットスーツに着替え、
見知らぬ軍人たちに連れられて、
再び格納庫に戻ってきた。
格納庫内へ足を踏み入れると、
<タツヤ…いよいよだね。>
(えっ…、あっ、あぁ…。)
オレは心ここにあらずの状態で、
リゼルに話しかけられた。
<もう、しっかりしてよ!>
(は…はい。)
<言いたいことは山ほどあるけど、
お説教は、全部終わってからにするから。>
(やっぱり…まだ怒ってる?)
<…もちろん。>
(わ…わかりました。)
そんなやりとりをしつつ、
オレたちは”アルゴ”の前にやって来た。
(こいつ他の機体に比べて、
なんか…ツルっとしてんな。)
それが”アルゴ”に抱いた、
オレの率直な感想だった。
(リゼルはどう、この機体?)
オレはリゼルにも”アルゴ”の感想を聞いてみた。
<…カッコ悪い。>
リゼルの感想はストレートだった。
「カッコ悪いか……、
ははは……あははははは。」
オレはつい声を出して笑ってしまった。
<タ……タツヤ!?>
リゼルは、突然笑ったオレに驚いている。
(あっ、いや、オレたち、
負けたら死刑に逆戻りなのに、
機体がツルっとしてるとか、カッコ悪いとか、
バカな話をしてるなーって思ったら、
………なんか笑えた。)
オレは感じたことを、
頭の中でわざわざ言葉にしてリゼルへ伝えた。
伝えなくても、
リゼルにオレの思考はばれちゃうんだけど。
そしたらリゼルは、
<………バーカ。>
と言って笑った。
こうしてオレたちは、
ライデンシャフト・”アルゴ”へ乗り込む。




