脱走2 ~ミルファとリゼル~
―――リンド・ブルム寮・リゼル・ティターニアの部屋―――
ここはフィレリア王国・アルレオン領。
現在アルレオンでは、
領主邸に侵入した不審者の捜索や、
軍学校の教官と生徒による、
前代未聞の機兵決闘の開催が決まるなど、
領主を悩ませる事件が、
立て続けに起こっているのだった。
数時間前に遡る…。
アルレオンの若き領主”ミルファ・ダリオン”は、
軍学校・パイロット養成特別クラス
”リンド・ブルム”の寮を訪れていた。
彼女が寮を訪れた目的は、
この日軍学校を無断欠席した、
リゼル・ティターニアに会うことだ。
しかし、訪れた部屋に、
リゼル・ティターニアの姿は無かった。
当初の目的が果たせなかった無人の部屋で、
ミルファは意外なものを見つけた。
机の上にリゼル・ティターニアの日記が残されていた。
ミルファはリゼルの日記を手にすると、
心の声で話しかけた。
(リゼルくん、やっほー♪)
<あれ…、この感じは…、
ミルファさん!?>
(ごめんね、驚かせちゃった?)
<あ、いや…驚きましたけど、
またお会いできて嬉しいです!>
(ホント、君はよくできてるよね…、
それに比べて、もう一人の方は…。)
<あの…、タツヤに何かあったんですか?>
(やっぱり…、リゼル君、
異世界人から何も知らされていないんだ。)
<どういうことです?>
(まったく許せないな、
相棒に何も知らせないうえに、
置いていくなんて。)
<置いていく…。>
ミルファの言葉に、
リゼルは強く動揺した。
(まずは今の状況を、
説明してあげなくちゃいけないか。)
<お願いします!>
ミルファはため息交じりで、
ここまでにいたる経緯をリゼルへ説明し始めた。
リゼルは説明に入ってすぐ、
<脱走!?>
驚き、そして呆れた。
(ま、まぁ…そういうことになっちゃうか、
ボクに無断でいなくなったんだから。)
<ついに、やっちゃったか…、
それってやっぱり、
…まずい…ですよね。>
(まずいなんてもんじゃないかな…。
このことが公になったら、
私の力を使っても君たちを守り切れないと思う。)
<………。>
事の重大さに、
リゼルは黙ってしまった。
(当然だけど厳しい行動規範がある
”パイロット養成クラス”にはいられなくなる。
そうなったら王国でパイロットになるのはまず不可能だね。
だから最終的には…。)
ここでミルファは言葉を止めてしまった。
<最終的には…。>
リゼルはミルファに話の続きを促す。
(死刑…執行…。
たぶんすぐに王都へ送還されて、
それでお終い。)
<そんなーーー!!!>
リゼルの悲痛な叫びだった。
(軍学校に入ってたった数日の評価でパイロット失格…、
異世界人は一体何をしでかしたんだか…。)
<ミルファさんの力でどうにかできませんか?
だって偉い領主様なんでしょ!!>
(…言われると思った。)
<だったらお願いします!!>
(………ごめん、それは出来ない、
サンダースとも話したけど…。)
<じゃあ…僕たちは終わりだ…。>
リゼルの言葉からは悲壮感があふれた。
(ちょっとちょっと、早とちりしないでよ。
まだそうなると決まったわけじゃないんだから。)
ミルファはあわててフォローに入った。
<えっ…そうなんですか…!?>
(まだチャンスはあるんだから!)
<チャンス…?>
(そう、明後日おこなわれる
”機兵決闘”に勝てばいいんだ。
領主のボクでも口をはさめないのは、
名誉と地位を懸けた”決闘”が絡んでるから。)
<機兵決闘って…、
ライデンシャフトで決闘するんですか!?>
(そう、”ライデンシャフト”で決闘するの。)
<誰と決闘するんですか!?>
ライデンシャフトと聞いて、
わかりやすくリゼルは元気になった。
(リンド・ブルムの教官だって。)
<じゃあ、元パイロット…?>
(ううん、元パイロットじゃないよ。)
<違うんですか?>
(元”エース”パイロット。)
<元”エース”パイロットの方ですか…、
燃えてきました!
相手にとって不足はありません!!>
(リゼル君、君がやる気でも、
君の相棒、相手にビビって、
逃げちゃったんじゃないの?)
<確かに…その可能性はあると思います。>
(とにかく、逃げた異世界人を連れ戻さなきゃ!)
<はい!!>
(ということで、アルレオンの誰よりも早く、
アイツを見つけないと!
軍とか軍学校関係者に見つかっちゃったら、
めんどくさい事になっちゃう。)
<もぅ、タツヤのバカ!!
相談してくれれば良かったのに!!>
リゼルの怒りに、ミルファは大きく頷いた。
ところが、早く見つけないと、
と言ったわりに、ミルファはベッドに腰かけたまま、
急ぐそぶりを見せなかった。
<あの…ミルファさん、
急ぐんじゃ…ないんですか?>
リゼルはそんなミルファの様子に疑問を持った。
<大丈夫大丈夫、
こんなこともあろうかと、
ちゃんと対策はしてあるから。>
<…………あっ!
それってもしかして。>
(さすがリゼル君、答えをどうぞ。)
<お屋敷に行った時、
足に付けてもらったアンクレットですね!>
(正解!!)
ミルファは肩から下げたカバンの中から、
おもむろに厚みのあるガラス盤を取り出した。
そして、ガラス盤に向かって、
何やら呪文を呟いた。
するとガラス盤にアルレオンの地図が現れ、
小さな光が点滅し始めた。
(よかった、そんなに遠くへ行ってないや。)
そう言うと、
ミルファはベッドから腰をあげた。
そして、ミルファが、
肩掛け用の革ひものついたリゼルの日記を、
肩から下げたところでリゼルはミルファへ、
気になっていた疑問をぶつけた。
<あの…、何で領主のミルファさんが、
僕らの為にこんなに働いてくれるんですか?>
(えっ…何、いきなり。)
<も、もちろん、
ありがたいことなんですけど…。>
(けど、何?)
<すごく偉い領主様が、僕らのために働いてくれるって、
ちょっと信じられないんです。>
(なるほどね…、
まぁ、普段ならボクもここまではしないか。)
(じゃあ…何で?)
リゼルはしつこく聞き返した。
(えっ…。)
ミルファはわかりやすく動揺した。
リゼルはミルファの返答を待った。
しぶといリゼルに対し、
(だって…その…見て見たいじゃん。)
ミルファの心の声は急に小さくなった。
<”見て見たい”ですか?>
リゼルは意地悪く聞き返した。
それに対し、
(もう…、サンダースから聞いたの!
君たちの”ライデンシャフト”の操縦は、
凄かった、って!!
ボクはそれが見てみたいの!!)
ミルファは顔を赤らめながら部屋を出た。
リゼルはそれを聞いて、
何だか誇らしげな気分になった。
―――アルレオン外れにある墓地・入口―――
魔導モービルに乗り込み、
寮を後にしたミルファとリゼル。
途中、雨が降りだした。
二人はガラス盤に示された光に導かれ、
やって来たのは人気のない墓地だった。
(ここか…。)
魔導モービルから降りる際、
ミルファは雨よけとして、
車に積んであった薄いピンクのコートを羽織った。
ミルファは墓地の中を進みながら、
(えーと、点滅してるのは…、
この巨大なお墓の中だ。)
ガラス盤を確認した。
ガラス盤の上で点滅する光は、
墓地の中でもひときわ大きな墓の中心を示している。
入口の前に立った、その時、
<あの…ミルファさん。>
リゼルが話しかけてきた。
(どしたの?)
<お願いが、あるんですけど…。>
リゼルは遠慮がちに聞いた。
(それって、今聞かなきゃダメ?
雨も降ってるし、早く中に入りたいんだけど。)
ミルファが車から降りるとき羽織ったピンクのコートは、
しっかり雨をはじいていたが、
それでも、靴や足元までは、
完全にカバーできてはいなかった。
<今聞いてほしいです。>
ミルファは、リゼルの言葉に隠れた凄みを感じた。
(じゃ、手短にお願い。)
ミルファは年下の男の子の押しに負けた。
<タツヤを……懲らしめてくれませんか!>
(こらしめる?
それって、罰を与えるってこと。)
<呼び方は何だっていいです、
とにかく魔法を使って、
タツヤにペナルティを与えてください!>
リゼルはここまでの道中、
あまり口には出さなかったが、
相当腹を立てていたのだろう。
(まったく…魔法を何だと思ってんだか…。)
ミルファは呆れながらも、
内心では面白がった。
(しょうがないな、
大切な魔力の無駄遣いになるから、
簡単なやつね。)
(ありがとうございます!)
交渉がまとまったところで、
二人は雨が降る中、
巨大な墓の前で作戦会議を始めた。
その様子を、墓の入口から出てきた、
一匹のドブネズミが見上げていた。




