主役の行方
――アルレオン軍学校・食堂入口掲示板――
昼になるにつれ、
徐々に灰色の雲が空を覆い始めた
王国領アルレオン。
ここアルレオン軍学校は、
昼食休憩中。
校舎一階、食堂入口にある掲示板に、
大勢の生徒たちが群がっていた。
「決闘!?」
「まじかよ!」
「誰がやんの!?」
「レリウス教官とあのチビの転入生だって!」
「あのチビ何しでかしたんだよ!」
生徒たちは興奮しながら話している。
「おい、リンド・ブルムだ。」
そこへ、リンドブルムの生徒たちが、
昼食を取りにやってきた。
まず最初に現れたのは、
双子のクラヴィッツ兄弟、
トロイとデュロイだ。
「…どけよ。」
トロイの一言で生徒たちの間に、
自然と道が出来た。
「てか、なんで入口にこんなに集まってんだよ。」
デュロイは不思議そうに、
大勢の生徒たちを見た。
二人はすぐに、
掲示板の内容に気が付いた。
「へぇー、面白いことになってんじゃん!」
それを見て興奮するデュロイ。
「どうりで、教官の口数が
いつもより少なかったのか。」
興奮する兄に対し、
弟のトロイはいつもと変わらず、
「…………。」
無口だった。
遅れてリコたち三人組やデイニーも、
食堂へやってきた。
まずメガネのフルムが、
「なんでしょうこの人だかり。」
大勢の生徒に驚いていた。
しかし、大柄なサーヤは、
人だかりを気にすることなく、
「早く並ばないと、
おいしいランチ無くなっちゃいますよ。」
一人昼食の心配をした。
横にいた級長のリコは、
「サーヤ、そん時はそん時であきらめなさいよ。」
淡々とツっこんだ。
「えーーー!」
サーヤはわかりやすく不満顔を見せた。
三人組に気づいたクラヴィッツ兄弟のデュロイは、
「おい、お前らこれ見てみな。」
掲示板の張り紙を指さした。
「「「………!?」」」
三人はわかりやすく驚いた。
「…ティターニア…君。」
サーヤが小さな声で名前を呼んだ。
三人のリアクションにご満悦のデュロイは、
「あのチビ、これで終わりだな。」
さらに悪態をついた。
その様子を側で見ていたデイニーは、
「朝、寮で元気が無かった理由はこれか…、
今日は学校にも来てないし。」
みんなに聞こえるようにつぶやいた。
それを聞いたデュロイは、
「まぁ、教官と決闘するんじゃ、
具合も悪くなるよな。」
そう言うと、笑い声をあげた。
「お前らさ…。」
それまで黙っていたトロイが、
口を開いた。
「なんで教官が勝つ前提で話してんの?」
「「「えっ……!?」」」
その場にいる全員があっけにとられた。
「別にあのチビの肩持つわけじゃねーけど、
勝負はやってみないとわかんねーだろ。」
そう言い残して、
トロイは食堂へ入っていった。
「…いやいや、視力が悪くても、
相手は元エースパイロットだろ…。」
「あのチビ操縦どうなんだよ!?」
「チビに勝算あんのか!?」
集まった生徒たちは、
口々に否定的な言葉を発した。
――校長室――
サンダースは一人校長室で、
秘書官が運んできた昼食
(肉団子入り根菜スープと、
たっぷりのチーズがかかったブレッド)
を取っていた。
「ちょっとサンダース!!」
そこへ、
アルレオン領主ミルファ・ダリオン魔導少尉が、
サンダースの元へ現れた。
ミルファはサンダースの机を、
両手で強くたたき、
「なんでこんな事になっちゃったの!?」
教官レリウスとリゼル・ティターニアの決闘の事を、
サンダースへ問いただした。
サンダースは食事の手を止めた。
「レリウス教官から強い申し出がありまして…。」
「まったく…、
次から次へと問題が起きるんだから。」
ミルファはサンダースを遮り、
自分の思いを口にした。
しかし、ミルファ自身、
口では不満を言いつつも、
ライデンシャフトによる決闘に、
心躍っているのだった。
「それにしては、
えらく嬉しそうな顔をされていますが?」
その様子をサンダースは見逃さなかった。
「えっ!?
ちょ、ちょっとサンダース!
何言ってんのさ!!」
ミルファはサンダースの指摘に、
わかりやすく動揺した。
「まったく、ミルファ殿は正直ですな。」
サンダースは笑った。
それを見たミルファは顔を赤めながら、
「だから、なんで決闘することになっちゃったの!?」
話を振り出しに戻した。
サンダースは、
「彼、リゼル・ティターニアは、
パイロット失格なんだそうです。」
「そうなの?」
「まぁ、身体は出来ておりませんし、
精神的にも未熟と言わざるを得ない、
普通に考えればそうなるでしょう。」
「だけど、何でそれが決闘になるの?」
「そ…それはですな…。」
サンダースはわかりやすく言葉を濁した。
「あ…、もしかして、
ボクが彼の保護観察官をすることになったコトと、
関係あるんじゃないの?」
ミルファはやんわりサンダースを問い詰めた。
「そうですな…、
きちんと話をしなければいけませんな。」
ミルファは黙ってサンダースを凝視した。
サンダースは軽く息を吸うと、
レイクロッサから始まった、
一連のいきさつを、ミルファへ話し始めた。
「なんでそんな面白いこと、
今まで話さなかったのさ!!」
ミルファは悔しさと不満を、
ごちゃ混ぜにしてサンダースへ怒りをぶつけた。
「い、いや…それはですな、
いずれ話をするつもりではいたのですが、
まさかこんなにも早く、
リゼル・ティターニアが落第するとは…。」
「じゃあ、決闘って…
落第をかけてするの?」
「正確には落第ではないのですが、
似たようなものです。」
「ふーん、それってさ…、
考えようによっては、
良かったんじゃないの。」
ミルファはあっさり言い切った。
「いくら視力に問題あるって言っても、
相手は元エースパイロットの教官でしょ、
勝ったらポイント高いじゃん!」
「ま、まぁ……、
ティターニアが勝ってくれれば、
問題はないのですが…。」
サンダースは困惑した表情のまま、
話を続けた。
「こちらとしては、
もう少しことを穏便に運びたかった、
というのが本音です。」
「じゃあ、決闘の話、
断っちゃえば良かったじゃん。」
「ミルファ殿は簡単に申されますな。」
「だって簡単でしょ、断るだけなんだから。」
「そうなのですが、
先ほどミルファ殿も言われたとおり、
これはチャンスでもあるのです。」
「でしょ!!
じゃ何が引っかかってんの?」
「ティターニアが勝った場合…、
レリウス君は軍を去らなければなりません。」
「しょうがないじゃん、
それは本人だって承知の上なんだから、
しかも教官から言い出したんでしょ。」
「し、しかしですな…。」
「まったく、サンダースが大人の女性に弱いって、
本当だったんだ。」
「い、いきなり何を…!?」
サンダースの顔は真っ赤になった。
「あははは、図星だ図星!!
やっぱりそうなんだ。」
「ミルファ殿には…まいりましたな。」
サンダースは頭をかきながら、
大きく笑った。
「あのさ、ついでだから、
も一つ聞いてもいい?」
「何でしょう?」
「ティターニアって…、
サンダースの隠し子なの?」
「「………!?」」
ゴホッ、ゴホッン!!
サンダースはわざとらしく、
大きく咳払いをした。
そして、息を整えると、
「…違います。」
小さな声で答えた。
「ホントのところは?」
食い下がらないミルファに対し、
サンダースは、
ゴホン
軽く咳払いをし、
「違います!」
きっぱりと答えた。
「……怪しいな。」
「この話はこれで終わりです。」
サンダースはミルファを睨んだ。
「はーい。
じゃ、さっきの話に戻るけど、
もしティターニアが勝ったらどうするの?」
「なるべく早くに軍へ編入させようと思います。」
「やっぱり、そうなるよね。
じゃあ…負けた場合は…。」
「………。」
サンダースは答えなかった。
しばし、二人は顔を見合わせた。
「肝心のティターニアは今何してるの?」
先に口を開いたのはミルファだった。
「本日ティターニアは、
学校を欠席しておるようです。」
「学校来てないの!?」
「そう聞いております。」
「ちょっとティターニアに会ってくる!!」
ミルファは急いで校長室を出ると、
急いで寮へ向かった。
――リンド・ブルム寮――
ミルファが寮のティターニアの部屋へ入ると、
そこにいるはずの少年の姿は見当たらなかった。
「…まじアイツ何してんの。」
誰もいない部屋で、
ミルファの目についたのは、
ベッドに無造作に置かれた、
開封された手紙だった。
ミルファはその手紙を手に取った。
手紙には決闘についての詳細が記されていた。
ミルファは決闘の通知書を机に置くと、
「え……っ!?」
驚きの声をあげた。
机に残されていたのは、
本物のリゼル・ティターニアが宿る”日記”だった。




