突然の休日2
――ミルファ邸・地下大ホール――
途方もない量の芋の皮むきを
命じられたオレたちだったが、
リゼルの意外な特技のおかげで、
無事終わらせることが出来た。
次にオレたちは、
ミルファ邸の地下にあるデカいホールへ、
連れて来られた。
そこでは、パーティの準備が着々と進んでいた。
入口付近に幾つものテーブルが並び、
使用人たちが赤いテーブルクロスをかけている。
ホール中央で使用人へ指示を出すセバスチャンは、
オレたちを見つけると、
「今回は急な催しということもあり、
式典は立食形式で行います。」
簡単な説明をしてくれた。
オレたちがセバスチャンの元へ行くと、
作業用に置かれたテーブルに、
名簿らしきものが広げられていた。
「それから、こちらが出席予定者の名簿です。」
セバスチャンの話だと今回の招待者は、
アルレオンの軍関係者(軍学校関係者一部)、
貴族、有力商人、行政官たちだそうだ。
オレたちは名簿をのぞき込んだが、
名前を見てもわかるわけがなかった。
その間も、会場の準備は粛々と進んだ。
――ミルファ邸・屋敷内――
「はぁ、ようやく一段落だ。」
<なかなか大変だねお屋敷の仕事って。>
(うーん、お屋敷の仕事っていうより、
オレには、雑用をさせられているとしか
思えないんだけど…。)
来場者が来る前に、
オレたちは用を足すため一階にあるトイレへ向かった。
「あっ……。」
オレたちはその途中である人物を見かけた。
(あの時ごちそうしてくれた屋台のオヤジだ。)
<こんなところでなにしてるんだろう>
オヤジは屋敷内を、
何やらキョロキョロしながら歩いている。
<タツヤ、ご馳走になったんだし、
ちゃんとお礼言ったら。>
(え―――っ!
…オレのことなんて覚えてないって。)
オレはコソコソとオヤジから隠れながら、
頭の中でリゼルと会話する。
<覚えてるかどうかなんて関係ないよ、
こっちの気持ちの問題なんだから。>
(…言わなきゃ…ダメ?)
<はぁ…、なんで嫌がるのか、
僕にはわかんない。>
(だって…、めんどくさいじゃん。)
<めんどくさいって…。>
いつものようにリゼルはオレに呆れている。
気が付くと、
いつの間にか屋台のオヤジは、
オレたちの視界から消えていた。
(いなくなっちゃった…。)
<もう、モタモタしてるから。>
途中思いがけない出来事があったけど、
その後オレは本来の目的であるトイレへ行って、
用を足した
オレたちがトイレから出て、
地下大ホールへ戻る途中、
「あっ…マジか…。」
再び屋台のオヤジと遭遇した。
<タツヤ!!
お礼、今こそちゃんと言わないと。>
(うぅっ…この状況じゃ、
……逃げられない。)
<はいはい。>
「あ、あの…。」
オレは勇気をふりしぼって、
屋台のオヤジへ声をかけた。
「………。」
屋台のオヤジは無言でオレたちを見ている。
「あ、あの時はごちそうさまでした!」
オレは言うと同時に頭を下げた。
しかし、屋台のオヤジはまたも無反応だった。
オレと屋台のオヤジの間に、
変な空気が流れた。
すると、屋台のオヤジは相変わらず何も言わず、
ただ”にたーっ”と不気味に笑った。
そして、無言のままこっちへ近づいてくると、
オレたちの肩をガシッと掴んだ。
「えっ……!?」
<えっ……!?>
オレたちは、身動きが取れなくなった。
「痛っ……。」
<タツヤ!>
屋台のオヤジは、
とんでもない力でオレの肩を掴み続ける。
その時、
「ティターニア殿!!」
聞き覚えのあるバリトンボイスが、
オレの名を呼んだ。
オヤジの手がオレの肩からパッと離れた。
現われたのは、
もちろん老執事セバスチャンだった。
♪今宵~見上げし~夜空~♪
♪輝く星よ~♪
♪煌めく星よ~♪
セバスチャンはこちらへ向かいながら、
急に歌い始めた。
オレたちは呆気にとられた。
屋台のオヤジは、
顔色一つ変えず真顔のまま、
セバスチャンを見つめている。
♪我に~♪
………
………
セバスチャンは歌を途中で止めて、
その続きを屋台のオヤジに促した。
(何で途中でやめたんだろ?)
<いいところだったのに。>
変な空気が流れ始めたところで、
「あっははははは。」
屋台のオヤジは急に大声で笑い出した。
廊下に虚しく響く笑い声。
今度はセバスチャンが真顔でオヤジを見つめた。
「私と、ヤコフは、
この街の合唱サークルの
メンバーでして、
さっきの曲はあなたの大好きな
歌劇のアリアの一節なのですが…。」
セバスチャンと屋台のオヤジは、
どんどん気まずい雰囲気になっていく。
「あなた…、ヤコフではありませんね、
一体何者ですかな?」
(!?)
<!?>
オレとリゼルは驚かされた。
それを聞くと、
屋台のオヤジはニヤッと笑った。
そして、オレたちとは反対方向に逃げ出した。
(あ―――っ逃げた!!)
オレたちがピクリとも動けない中、
セバスチャンは、
老人とは思えない身のこなしでオヤジを追いかけ、
あっという間に捕まえてしまった。
(す…、すげー。)
<スゴイ…。>
オレたちは揃ってセバスチャンに見とれた。
「…やられました。」
しかし、
セバスチャンから漏れ出たのは、
悔しさ混じりの言葉だった。
セバスチャンの手には、
オヤジのシャツと、
一本の木の枝が握られていた。
オレたち3人は呆気にとられた。
ザパンッ!!
「おい、誰か湖に飛び込んだぞ!!」
急に屋敷内が騒がしくなった。
「これは…由々しき事態がおこりましたぞ。」
セバスチャンの顔色が変わった。
――ミルファ邸・地下大ホール――
セバスチャンの報告により、
歓迎式典が開催される地下大ホールに、
屋敷内の主だった者たちが集められた。
その者たちを前にして、
ミルファは、オレたちには見せない、
領主としての威厳ある顔つきで話し始めた。
「この屋敷に正体不明の輩が、
侵入したとの報告を受けた。
警戒は最高レベルに引き上げ、
即刻調査隊を結成させるが、
式典はこのまま開催する、よいな。
では、着替えの支度にかかる。」
そう言うと、ミルファはすぐにホールを出ていった。
セバスチャンは、
「みな、こういう時こそエレガントに、ですぞ。」
その場にいる人たちへ声をかけた。
――ミルファ邸・玄関口――
屋敷内の準備が済むと、
オレたちは玄関口へ派遣され、
そこで来場者を迎えることになった。
オレたちに与えられた役目は馬車から降りてくる、
来賓の手伝いだった。
(はぁ…スゲー緊張する。)
オレは慣れない役目に、
身体をこわばらせる。
<あはは、もっとリラックスしなきゃ。>
リゼルは緊張するオレを笑った。
来賓の中には高齢者や、
もの凄いドレスの貴婦人がいて、
そういった人たちにオレたちは手を差し伸べ、
スムーズな下車を実現させていった。
オレは自分でもわかるぐらい、
ぎこちない動きで頑張った。
<タツヤ、思ったより上手いじゃん!>
(それって…、ほめてる?)
<もちろんほめてるよ!>
オレは引っかかるところがあったものの、
ほめられて悪い気はしなかった。
そうこうしているうちに、
「おぉ、リゼルではないか、
はっはっは、その恰好似合っておるぞ。」
今日の主役、ヒゲのおっさん、
サンダース・ヒル将軍も正装姿で到着した。
――ミルファ邸・書庫――
無事、歓迎式典は定刻通りスタートした。
しかし、その頃のオレたちはというと、
ヒゲのおっさんの歓迎式典には参加せず、
ミルファ邸の書庫にいた。
これは、今日一日頑張ったオレたちへの、
ミルファからのご褒美なのだそうだ。
書庫へは若い従僕が案内してくれた。
<すごい本の数!!>
リゼルが驚くのも無理はなかった、
そこは書庫と呼ばれてたけど、
実際は学校の図書館ぐらいの広さがあった。
(スゴいのはわかったけど…、
なんでこれがご褒美なんだか…。)
テンション爆上げのリゼルに対し、
オレはたいして嬉しくなかった。
書庫には、魔導、魔法関連の書物と、
ライデンシャフト関連の書物が、
ずらりと並んでいた。
<タツヤ!
ちょっとあの本取ってよ!!>
(…はいはい。)
オレはリゼルに言われるがまま、
色んな本を手に取って、中に目を通した。
手に取った本はというと、
ライデンシャフト・メトシェラ開発試験日誌
<すごい、これ研究用の資料だよ!!>
とか、
ルーンリアクター構造解析と解説
<わぁ、ルーンリアクターの図解入りだ!>
とか、
ライデンシャフト準魔導制御計画
<ウィザードシステムの用語って難しいなぁ。>
とか、
可動部位における魔導エネルギー効率についての考察
<うんうん、整備にも関係する大事な要素。>
などに目を通した。
書庫の本を色々と見て回る中、
オレたちは書庫の奥で、
折りたたまれた古いタペストリーを見つけた。
<タツヤ何だろう?>
(さあ…。)
オレは相変わらずのテンションだったけど、
<広げてみようよ!!>
リゼルに促され、オレはタペストリーを広げた。
そこには、今まで見たどのライデンシャフトとも違う、
初めて見る機体が描かれていた。
(リゼル、これ何て機体?)
<………。>
リゼルはタペストリーに描かれた機体に集中している。
(なんか、オレの知ってるライデンシャフトに比べて、
スゲーいかつい体、顔も恐いし。)
オレは一人で勝手に感想を伝えた。
すると、
<これって、もしかするとだけど…。>
リゼルも反応を返してきた。
(もしかすると…何?)
<ここに描かれてるのが…、
ルーツ・オブ・ライデンシャフト、
”ワルキューレ・ルージュレイン”だ。>
――王都・王宮地下霊廟――
フィレリア王国・王都グレミオ
フィレリア山のふもとに建つ王宮の地下深く、
暗く長い石造りの回廊を進んだ先に、
限られた者しか立ち入ることが出来ぬ、
全面を魔鉱石で覆われた、
巨大な霊廟が広がっていた。
その薄暗い巨大な沈黙の地下空間に、
足音が響いた。
足音の主は、
霊廟へ足を踏み入れると、
顔を大きく上げた。
その視線の先には、
フィレリア王国の象徴、
ルーツ・オブ・ライデンシャフト
ワルキューレ・ルージュレインが鎮座していた。
「……陛下。」
先に霊廟を訪れていた
魔導大臣のセベリウス・ダリオンは、
珍しい人物の訪問に驚きの声を上げた。
「”バルク”に呼ばれた気がしたのだ。」
年老いた国王と魔導大臣の前にそびえる
ルーツ・オブ・ライデンシャフト、
ワルキューレ・ルージュレイン(バルク)には、
目立つ大きな傷がいくつもあった。
傷からは、絶えず深紅色をした血のようなものが、
流れ出て、それが床に落ちると、
敷き詰められた魔鉱石と反応し、
凄まじい魔導エネルギーが昇り立ち、
機体全身へ吸収されていった。
二人は黙ってその光景を眺めた。
機体の傷は徐々に回復しているとはいえ、
完全回復までには、
まだしばしの時間が必要と予想された。
しかし、傷が癒えれば、
再び大陸は戦火に包まれる。
二人の脳裏に、
過去の激しい戦火がありありと浮かんだ。




