アリエス一行の調査 2
―― シャペル村近くの森の中 ――
夕刻、曇天の空模様、
シャペル村のはずれにある森では…。
王家親衛隊・隊長アリエス・フィレリア、
親衛隊・副官カイル・ラドニック、
レイクロッサ基地所属ルカ・ミトイ少尉の三人が、
シャペル村での聞き込みを終え、
さらなる調査のため、
村の近くにある森へ足を踏み入れた。
三人は森の中で夜がおとずれる前に、
野営に適した場所を見つけると、
そこで火を焚き、腰を下ろした。
完全に陽が落ちると、
森は漆黒の闇に覆われた。
この日の夜空には、輝く月も星も見当たらなかった。
三人にとって唯一の灯りは、
目の前のたき火で揺れる炎だけだ。
ちょうどその頃、
炎の灯りが届かぬ森の闇の中から、
アリエスたちを取り囲むように、
幾点もの小さな光が現れた。
小さな光の粒は小刻みに揺れ、
不気味にその数と大きさを増していく。
「………。」
確実に何かが起こる、
アリエスたちは無言のまま身構えた。
「………。」
時おり吹く強い風が、
たき火の火を大きく揺らす。
カイルは火のついた大きな枝を掴み、
おもむろに暗闇の中へ投げた。
枝火は空中で一度消えかかるも、
地面に落ちると、
再びしっかりと赤い炎を上げ、
暗闇を照らした。
炎は闇に潜む”ダークウルフ”を照らし出した。
揺らめく光の正体は、
獰猛な獣たちの瞳だった。
アリエスたちは、素早く腰を上げた。
ルカは不測の事態を前に、
「いつの間に…!?」
驚きと恐れを隠せなかった。
この状況にカイルは、
「賢いですね…風音を上手く利用し、
我々に近づきましたか。」
ダークウルフたちの戦術を素直にほめた。
それを聞いたアリエスは、
「はぁ……感心しておる場合ではなかろう。」
カイルの緊張感の無さに呆れるしかなかった。
三人が話をする間にダークウルフの群れは、
闇の中から三人の前へ、はっきりとその姿を現した。
獣たちは全方位からゆっくりと前進し、
アリエスたちとの距離を詰める。
低い唸り声が森中に響き始めた。
「ど、どうすれば良いでしょうか」
動揺するルカは二人に助言を求めた。
すぐさまアリエスは、
「数は…どのぐらいだ?」
カイルへ戦況を確認する。
「おそらく…10頭以上はいるかと…。」
カイルは淡々とアリエスへ答えた。
ジリジリと距離を詰めるダークウルフたちを前に、
「ダ、ダークウルフ、
近づいてきます!」
ルカ少尉の言葉に焦りが滲んだ。
それを受けたカイルは、
「この暗闇の中、
ダークウルフ相手に逃げきるのは、
正直難しいでしょう、
ここは…迎え撃つ他ありません!」
冷静に二人へ伝えた。
カイルの言葉に合せ、全員が腰の剣を抜いた。
「二人とも炎からあまり離れぬように、
背後に火がある限り、
奴らは飛びかかってきません。」
「分かりました!」「…だといいがな。」
その間も少しづつ距離を縮める、ダークウルフの群れ。
三人の緊張感も高まっていく。
その時だった。
パチンッ!!
焚火にくべられた薪が爆ぜた。
その音が合図となり、
狼の群れが一斉にアリエスたちへ襲い掛かった。
先陣を切ったダークウルフたちは、
低い体勢のまま、地を這うように突っ込んでくる。
カイルたちは剣を大振りすることなく、
少ない動きと、剣を盾代わりに使う事で、
ダークウルフたちの攻撃をいなした。
先陣に続き、
後続のダークウルフたちが波状攻撃を仕掛けてくる。
後続のダークウルフたちは、
火を恐れることなく、次々と宙を舞った。
「何が飛びかかってきませんじゃ!
火をものともせずに、
飛びかかってきておるではないか!!」
アリエスはこんな状況にも関わらず、
愚痴をこぼす余裕があった。
「それは…すみませんでした。」
カイルも襲い掛かる狼たちを相手にしながら、
軽口をたたく。
カイルとアリエスは巧みな剣技と体裁きで、
ダークウルフたちの襲撃を払いのけた。
ダークウルフたちも、何度退けられようと、
執拗に鋭い爪と大きな牙を、三人へ向け続けた。
「もう少し楽に追い払えると思ったが、
なかなかしぶとい狼たちじゃ。」
「ここの所、鍛錬不足のアリエス様には、
良い機会となりました。」
「ふん、鍛錬にしては物足りんわ。」
アリエスとカイルには声を出して戦うほどに、
まだまだ余力があった。
その時だった。
「ウア”ォォォ――――!!」
悲鳴にも似た雄たけびが、二人の耳へ飛び込んだ。
二人は慌てて声の主を見た。
これまで黙々と戦っていたルカ・ミトイ少尉が、
左手一本でかろうじて剣を構え、
右手で首元を押さえている。
少尉の首元から大量の血が流れ出ているのが、
アリエスとカイルにも、はっきりとわかった。
それを見たカイルは、
「狼たちは私が引き受けます、殿下は急ぎ少尉の元へ!」
アリエスへ叫んだ。
「だ、大丈夫です!」
ルカは気丈に振る舞うが、
首元からは止まることなく血が流れている。
アリエスは急ぎルカの元へ駆け寄った。
アリエスはルカの傍へくると、
ルカの腰に手を当て、
「心配せんでよい、力を抜け。」
優しく声をかけその場にしゃがませた。
「す、すみません。」
「これ以上喋らんでよい。」
アリエスはしきりに謝る少尉を落ち着かせると、
自分のインナーシャツの袖口を、
剣で切り裂き少尉の傷口に押し当てた。
シャツの切れ端は、
みるみるうちに真っ赤に染まった。
アリエスはすぐに、
真っ赤に染まった切れ端をずらし、
少尉の首の傷口を確認した。
(くっ……、思ったよりも深い、
このまま出血が止まらなければ、
最悪の場合………。)
アリエスの表情がこわばった。
ルカの首元からは、
今この瞬間も生温かい血が、
勢いよく流れ出ている。
アリエスがルカの応急処置をする間、
カイルは襲い掛かかってくる狼たちを、
一人ではねのけ続けている。
アリエスは孤軍奮闘するカイルを見ると、
ルカの血で真っ赤に染まった自分の手を、
上着の中へ突っ込んだ。
(まさか、こやつを使わねばならん時が、
やって来るとは……。)




