うさぎ--7--
「あのー…雪村さん…」
「何?」
「こんな一緒に弁当食べてるとことか、見られたら絶対誤解されると思うんだけど…」
てゆーか、最早周りが見てるもん…思いっきり。
「いいじゃん別に」
いいのか…。
「あっくんは菜子のものなんだから」
だからどういう意味なんだ、それは…。
何故『大嫌い』と言い放った相手を自分のものにするんだ…?
もしかして、菜子さんは“自分のもの”という可笑しな言い方で、僕に告白したんだろうか…。
…なんて事を少しでも考えてしまう自分が、愚かに思えた。
菜子さんの目は、僕を恋愛対象として見てるとは、ほんのわずかも思えなかった。
というより、他のクラスメイトと同じく、興味のない“物”を見てるような目だった。
なのに、なんで…。
答えを聞けないまま、僕は食事を終えた。
「雪村さん、食べないの?」
菜子さんは、自分の弁当のおかずを1つだけ食べてから、箸を置いてしまっていた。
「菜子、あんまりお腹すかないの。だからこれでいいんだ」
「だからってそれは…」
あまりにも少なすぎる。
ただでさえ痩せてるのに、これ以上痩せたらと思うと、心配になってきた。
「でもね、前は普通に食べれたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「今はいっぱい食べたら、吐いちゃうから、これでいいの。
お母さんはいくら残しても普通にお弁当作っちゃうんだけどね。いらないって言ってるのに」
…ああ、今僕は、普通に菜子さんと会話をしている…。
そんな事で喜んでる僕は、馬鹿だ。単純馬鹿だ。
「それからねー、最近は眠れなくなった」
「…不眠症?」
「そうなのかなぁ。解んないけど、毎日2時間くらいしか寝てない」
「2時間!?」
言われてみると、菜子さんの目の下にはうっすら隈ができていた。
「最近はって事は、前は普通に食べれたし、眠れたんだよね?」
「うん」
「どうして最近はそうなっちゃったの…?」
「………」
…あまり、聞かないほうが良かっただろうか…。
「お兄ちゃんに…」
「え?」
「お兄ちゃんに、彼女が出来たから」
………。
そんなに、菜子さんはお兄さんが好きなのか…。
お兄さんがキッカケで食欲不振に、不眠症。
…僕は何とかして今の現状から彼女を助けてあげたいと思った。
だって、僕は菜子さんが好きだから。
…だけど、助ける方法は、何も思いつかなかった。
「昨日、お兄ちゃんの彼女が家に来てたの」
「……」
言葉が見つからない自分が、情けない。
「気持ち悪い。あの女、馴れ馴れしく菜子に『よろしくね』とか言ってきたの。
殺してやりたかった。彼女面して、お兄ちゃんにベッタリで、殺したい」
…彼女面っていうか、彼女なんでしょ…?
つーか、ヤンデレだ…菜子さんはヤンデレすぎる…。
「でも、それよりお兄ちゃんの目が悲しかった」
「…どうして?」
「あの女を見る目が、見た事もないような優しい目だったから」
「………」
「菜子を見る時に、お兄ちゃんはあんな目してくれない」
「………」
「君の目と同じだったよ」
「へ…?」
「あっくんが菜子を見る目」
…やっぱり、気付かれてたらしい。
僕が、菜子さんを見ていた事に。
「ずっと、あっくんが菜子を見てるのを感じてたよ。ドロドロして、いやらしくて、
性的に菜子を見てるのも伝わってきて、凄く気持ち悪かった」
…その通りだった。
ドロドロとかは解らないけど、正直言って、僕は菜子さんを欲望の対象として見ていた事がある。
……なんか、自分が物凄く汚い人間に思えてきた。
はっきり『気持ち悪い』って言われたし。
…死にたい。誰か殺してくれ…。
「でも、気持ち悪いのに、綺麗な目なんだよね。変なの」
…それが、僕達の年代の恋なんじゃないですかね…?
というか、そう思わせて下さい…。頼むから…。
「うさぎが…」
「何…?」
「うさぎがいないから、昨日の夜は心がぐちゃぐちゃで、潰れちゃいそうだった」
「どうして…?」
「あのうさぎは、お兄ちゃんなの。お兄ちゃんが優しい笑顔で菜子に買ってくれた、大切な宝物なの。
彼女が出来た事を知ってから、ずっとお兄ちゃんの代わりにしてたの。
寂しい夜は、ずっとうさぎを抱きしめて泣いてた。けど、昨日はそれが出来なかったから」
「………」
「死んじゃいたくなって、手首をいっぱい切ったよ。でも死ねなかった。
お兄ちゃんの笑顔が頭から離れなくて」
リストカットなんてしてるんだ…。
制服の下に隠れてる腕は、傷だらけなんだろうか…。
…友達が『ヤバい』と言った理由が、少し解ってきた。
それでも、好きだけど。
「ずるいよね」
「何が…?」
「他人ってだけで、お兄ちゃんに『好き』って言えるんだもん」
「………」
「菜子も言いたかったよ。ずっと、ずっと。でも言えないじゃん。お兄ちゃんだもん」
「………」
「でもね、言った事もあるの。『お兄ちゃんが好き』って。
でもお兄ちゃんは、菜子が伝えたい『好き』とは、別の意味で受け取っちゃった」
「………」
「14年間、ずっと、ずっと、誰よりも好きなのに」
何か言ってあげたいのに、何にも浮かばない。
こんな気持ちを持ってる人がいるなんて、考えた事もなかった。
「少女漫画とかで、好きだ好きだってくよくよ悩んで、好きな人になかなか告白しない子っていっぱいいるでしょ?」
「…少女漫画はよく解らないけど、そんなイメージは少しあるね」
「菜子はね、あれが凄くイライラするの。なんで言えるのに言わないんだよって」
…その言葉は、僕に言われてる様な気がした。
僕は、今まで言おうと思えばいつでも言えたんだ。
ただ、勇気がないという理由で、告白しなかった。
いつか言おう言おうと思って、ずっと言ってこなかった。
菜子さんの、言いたくても言えない、言っても伝わらない苦しみを思うと、
自分がとんでもなく小さい存在に思えた。