うさぎ--6--
次の日の朝、僕は菜子さんが学校に来るのかどうかを心配しながら、自分の席に座っていた。
平気そうに見えたが、3階から落ちたんだから、どこか怪我をしているかもしれないし、
ぬいぐるみを失くした事で、精神的にとても不安定になってるように見えたからだ。
そんな事を思いながらぼーっとしていると、教室のドアが開き、菜子さんが入ってきた。
そして、無表情で、黙って僕の席に近づいてきた。
真っ直ぐ僕を見て、歩いてくる。
「おはよう、あっくん」
…は!?
「え…何?」
菜子さんは、ニコニコと、けどどこか冷たいものを感じる笑顔を見せ、僕に言った。
「今日から、君はあっくん。菜子だけのあっくんだよ」
あっくん…?
敦だからか…?
親戚に『あっちゃん』とか呼ばれた事はあるけど、そう呼ばれたのは始めてた。
いや、そんな事より“菜子だけの”って、何だ…?
なんで昨日の今日で、こんな事言われてるんだ…?
「ね、あっくん」
菜子さんは、その可愛い顔を、思いっきり僕の顔に近づけてきた。
「ゆ…雪村さん…?」
ドキドキして、まともな事が言えない。
さっきの言葉の意味を聞かなきゃいけないのに。
「よろしくね」
息がかかる距離で、一言そう言われ、菜子さんは顔を離した。
僕はまだ心臓の高鳴りが抑えられず、平常心になれなかった。
「それじゃあ、またお昼休みにね」
菜子さんは、無表情に戻り、自分の席に向かっていった。
「おい、敦」
一部始終を見ていた友人が、僕に話しかけてきた。
「今の、雪村の、何?」
「…僕が聞きたいよ…」
「変な格好の奴だと思ってたけど、言う事も変なんだな、雪村って。
顔は可愛いのに勿体ねーなー」
「………」
「で、お前ら何かあったの?」
…あったのだろうか…。
色々あったような、何もなかったような…。
「解らない…」
「雪村が誰かに話しかけるの初めて見たよ、俺」
「ああ、そうだね…」
「しかし、なんかヤバそうだな、雪村って」
「ヤバそう…?」
「ジャンキーみてーじゃん」
「ジャンキー…?」
「ヤク中の事」
「ああ…。…ちょっと待ってよ、どのへんがヤク中みたいなのさ…」
「目がイッてるのと、言動が変」
「…それだけ?」
てゆーか、目イッてるかな…?
「それだけだけど、それだけでも立派にヤバいと思うよ、俺は」
……そのヤバい女の子を好きなんだよ、僕は…。
昨日の事があって、なんで今でも好きなのかよく解らないけど…。
それでも、近づいた菜子さんの顔が脳裏に焼きついて離れない僕は、
菜子さんが好きで好きで仕方ないらしい。
…なんでだろ。