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森の入口にひざまずいて、シルワさんは祈るように手を組み合わせました。


「森よ、どうか今宵一晩、お力をお貸しください。」


すると森がざわざわと揺れて、にょきにょきと辺りの木が伸びだしました。

木はまるで天井を作るように枝を伸ばして、みるみる間にそこにはすてきな宴会場ができあがりました。


それから、ありったけの器に水を満たしました。

シルワさんは蛍果のひとつひとつに魔法をかけて、その水にひたしていきます。


「ただの目くらましですから、魔法の存在がバレたら解けてしまうんですけどね。

 まあ、気休めにはなりますかねぇ。」


それは、この光のなかでは、オークには人間がオークに、人間にはオークが人間に見えるようになる魔法でした。


木々に遮られて薄暗い宴会場に、ぽわり、ぽわりと蛍果の灯りが灯ります。


「へえ。この実には、こんな使い方もあったんやね。」


様子を見に来たグランさんが感心したように言いました。


「わたしの故郷では、常夜灯代わりに使ってました。

 眠りを妨げるほど眩しくはありませんからね。」


淡い光に照らされて、グランさんもシルワさんも、なんだかいつもより優しそうに見えました。


夜になって起きてきたオークたちは、突然現れた宴会場に驚いた様子でした。

同じように、起きてきた人間たちも、みんな目を丸くして辺りを見回していました。


シルワさんは例のオークの格好をしていきなり少し高い場所に飛び乗りました。

ばさっ、と振り上げた黒い布が、なんだか堂々としていてちょっと格好よく見えました。

シルワさんは朗々とした声で話し始めました。


「みなの日頃の苦労を労い、今宵ひと時、宴を催すことをここに宣言する!」


それはとてもシルワさんとは思えないくらいよく響く声でした。


「ええっ、そんなの、勝手に宣言しちゃって、大丈夫なんっすか?」


思わず目をむいて、隣にいたグランさんにひそひそと尋ねると、グランさんは、さあなあ、と苦笑しました。


「ワタシも自分のこと、たいがいやと思うてたけど。

 シルワさんというお人も、案外、たいがいなお人やね。」


え?それだけで片付けるの?


けど、不思議なことに、シルワさんの宣言は、オークたちにも人間たちにも、歓声をもって受け容れられました。


「まあ、みなさん、いい加減お疲れやねんて。

 ええやんか。たまには楽しいことあっても。」


さてと、とグランさんは気合を入れるように腰のところをばんと叩きました。


「徹夜明けやのに、まだ働けとは、まったく酷なこっちゃ。

 けどまあ、あとひと頑張りや。

 いっちょ気合入れて、宴会、盛り上げるで。」


そう言うと坑道の奥の厨房へと戻っていきました。


聖女様のいた洞窟は、すっかり厨房のようになっていました。

まったく、一晩でここまで整えるとは、グランさんも、それからグランさんのお弟子になった聖女様もすごい人たちです。

メインディッシュのシシ鍋のお味見は、宴会までおあずけされていました。

もっともそうでないと、おいら嬉しくて、鍋いっぱい平らげてしまいそうでしたからね。


シシ鍋の他にも、香草をまぶして焼いた肉や油で揚げた肉、塩茹でにした草の実、甘く煮た果物のデザートまであります。それからいつもの木の実を粉にして焼いたパンもどっさりありました。


それはもう、ホビットの郷にいたころでもめったに見られないほどのご馳走づくしでした。

おいらはもう、嬉しくて嬉しくて、わけもなくとんぼ返りを何度も何度もしてしまいました。


厨房からここまでは、シルワさんが魔法をかけたトロッコが、料理を運んできます。

おいらの仕事はここでトロッコから料理を下ろして、みなさんにふるまうことでした。

早速、ご馳走を満載したトロッコが、次々と到着します。

おいらも忙しく働き始めました。


でもただ働くんじゃつまりません。

両手両肩にずらりとお皿を並べて運んでみたり。

ほいっと投げた果物をぜんぶ、お皿で上手に受けてみたり。

放り投げたお皿を、くるっと一回転してから受け止めてみたり。

そのたんびに、ほぅ、と歓声が上がり、おいらの周りにはいつの間にか、見物人が集まってきます。

彼らがびっくりして、それから喜んで拍手をくれると、おいらもますます調子に乗って、めったにやらない大技まで、ばんばんくりだしてしまいました。


忙しそうにしているおいらを見て、顔見知りの人間たちが仕事を手伝いに来てくれました。

みんな、突然始まった宴会に驚いていましたが、とても嬉しそうでした。


「これ、グランさんのお料理ですよね?」


「すっげぇ、うまそう!!」


「もちろん!すっげぇ、うまいっすよ!」


おいらも味見はまだっすけどね?

でも、グランさんの作ったものが、美味しくないはずなんか、ないっす!!!


人間たちはここにはひとりもオークがいないので、いつもより安心しているみたいでした。

人間たちの目には、オークも全部、人間に見えているんです。

いつも真っ暗いなかで働かされているけれど、今日はほんのり光る蛍果の灯りもあります。

仲良し同志、あちこちで輪になって、楽しい宴会が始まりました。


昨日、酷い目に合ったせいで、少しばかり警戒していたオークたちも、人間たちが美味しそうにご馳走を頬張り始めると、恐る恐るご馳走に手を伸ばし始めました。

もっとも、オークたちの目には、人間たちもオークに見えてるはずっすけど。

そして、一口食べた途端に、とりこのようになって、すごい勢いで食べ始めました。


月の光は木の枝に遮られてここには届きません。

オークたちはいつものカリカリした様子もなく、そこここに座って食事を始めました。

意外に感じたのは、オークの食事はもっと獣のようにがつがつしているのかと思っていたのに、案外そうでもなかったことでした。

こうして座って食事をしていると、ごくごく普通の人間と、そう変わらないように見えました。


みんなの楽しそうな様子を見ていると、丸一日寝てないのも忘れるくらい、おいらも楽しい気持ちになりました。

お腹いっぱいになった人たちは、なんだかみんな満足そうな顔をしていました。

みんなのそんな顔を見たのは、ここに来て初めてでした。


いつの間にか、オークも人も入り混じって、楽しそうに話していました。

もちろん、オークには相手がオークに、人間には相手が人間に見えているんですけど。

こうして一緒にいると、オークも人も、なんだか違いはあまりないように感じました。


「オークはね、元は人間なんですよ。」


いつの間にか後ろに来ていたシルワさんが、おいらの気持ちを悟ったようにそう話しかけてきました。


「許されない罪を犯した人間は、オークになってしまうんです。」


「人間なんっすか?

 じゃあ、元エルフとか、元ホビットとかのオークってのも、いるんっすか?」


おいらの問いに、シルワさんはちょっとの間、何かを考えてから、いいえ、と首を振りました。


「人間以外の種族は、それほどの罪を犯した者は、オークになる前に始末してしまうんです。

 オークになってしまうよりはましですから。」


オークになってしまうよりはまし、なんだかその言葉が胸の中に重たく残りました。


その重たさを振り払うように、おいらは歌い始めました。

宴会と言えば歌に踊り。歌に踊りといえば、ホビットの出番です。


こう見えておいら、郷にいたころには、歌が上手だとみんなから褒められたものです。


楽しい歌にきれいな歌。懐かしい感じのする歌に、どこか物悲しい歌。

おいらはホビットに伝わる古い歌を片っ端から歌いました。


シルワさんも器用に草笛で伴奏をつけてくれます。

それは、澄んだとてもきれいな音色でした。


興が乗ってきた人間たちやオークたちも歌い始めます。

歌わない人たちも、手や膝やそのへんの切り株を叩いて歌に参加しました。

踊り始める人たちもいました。

オークも人も隣の人と手を繋いで、楽しそうに笑って踊っていました。


こうして楽しい宴会は一晩中続きました。

みんな時間を忘れて楽しみました。

疲れ果てて、そのままそこで眠ってしまう人もいました。

眠っていてもいい夢を見ているのか、どこか幸せそうな寝顔でした。

それは、オークも人も分け隔てなく、お腹いっぱいになって、楽しい夜でした。


あんまり楽しくて、だから、空が白み始めたことに、誰も気づきませんでした。

あ、と気づいたのは、お日様の最初の光が、山の端から顔を出したときでした。


夜明けとともに、森の木々は役目を終えて、するすると元の大きさに戻りました。

あっという間に、宴会場にお日様の光が差し込みました。

オークたちには、逃げる暇もありませんでした。

眠ったままだったオークもいたと思います。

ぱさっ。ぱさっ。

そっちこっちで、オークだった布の塊は、形を失って地面にひろがりました。


みんな、驚いていました。

人間たちも、さっきまで目の前で一緒に笑っていたのがオークだったのかと、今さらながらに気づいたようでした。

最後に一匹残ったオークが、こっちを振り向きました。

そして、おいらと目が合った瞬間、オークは確かに笑いました。

その唇が、有難う、と動いたように見えました。


あちこちで、ぐすぐすと鼻を鳴らす音がしました。

オークがいなくなったのは、喜ばしいことのはずです。

けど、何故か人間たちは、快哉を上げるよりも俯いていました。

なかには涙を零す人もいました。


おいらたちは誰からともなくオークだった布を拾い始めました。

布をどけると、そこには砂もなにも残っていませんでした。

ただ、小さくて綺麗な石がひとつ、ころん、と転がっていました。


「・・・これは・・・」


おいらはその石を拾ってお日様に透かしてみました。

石は透き通っていて、きらきらと輝きました。

おいらにはその石に見覚えがありました。

シルワさんが薬だと言って飲んでいた石。

とても貴重なもので、でももうひとつも残っていない石。

おいらはあわててあっちこっちのオークの布をひっくり返してまわりました。

ほとんどの布の下から、あの石が出てきました。

それを全部拾い集めて、おいらはシルワさんのところへ持って行きました。


「シルワさん!これ!」


シルワさんはオークの布をどけたところに座り込んで、まじまじと地面を見つめていました。

その視線の先には、やっぱりあの石がありました。


「まさか・・・この石は、こんな方法で・・・」


シルワさんは呆然としてそんなことを呟いていました。


「これ、シルワさんのお薬っすよね?」


おいらが石を差し出すと、シルワさんは弱弱しく頷きました。


「こんだけあったら、シルワさんのお薬も当分大丈夫っすかね?」


おいらが尋ねると、シルワさんは泣き笑いのような顔をしてうなずきました。


「わたしはこれまで、何匹も何匹も、オークを倒してきました。

 けど、一度だって、こんな石になったことはなかった。」


おいらは昨日オークに襲われたときのことを思い出しました。

確かに、あのオークの布をどけたところに、こんな石は落ちていませんでした。


ふと、さっき見たオークが、有難う、と最後に言ったことを思い出しました。


「あの、自信はないっすけど・・・

 もしかして、有難う、って思って消えたオークは、この石になるんじゃないっすか?」


だとしたら、ここにいたほとんどのオークは、最後に有難うって思ってたってことになります。

そうだったらいいなって、ちょっとだけ思いました。


おいらたちは集めたオークの布を積み上げて、大きな焚火を作りました。

火を焚いても怒るオークはもういません。

それは、オークたちのお弔いの火でした。

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