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引っ越し荷物かと思ったくらい巨大なリュックから、聖女様は食材を出し始めました。

しかしまあそれが、出るわ出るわ。

イノシシが3頭にウサギが5羽。鳥に至っては数えきれません。

それから、木の実に草の実、よい香りのする草や甘い汁を出す蔓。

よくもまあつぶれないで持ってこれたなあと感心するような完熟した果物まで。

塩の塊に、香辛料の類も数種類、揃っています。

鉱山のオークも人も全員にふるまっても足りるほどの食材が、次々と溢れ出たのでした。


「これ、いったい、どないしはったん?」


流石のグランさんも目を丸くしました。

いや、でも、その目は爛々として、なんだかいらん魂に火がついてしまっているようです。


「それがぁ、来る途中にいろいろありましてぇ・・・」


「いろいろ?」


シルワさんがそう繰り返すと、聖女様は何故か顔を赤らめられました。


「ほんのちょっと、転んだだけでしたのよ?

 そうしたら、うっかり手をついたところに大きな木がありまして、それが、こう、根元から、ぽっきりと。」


「ぽっきりと?」


シルワさんが首を傾げます。


「ええ。それで、木に当たったイノシシと、ウサギと、鳥が・・・。」


聖女様はお辛そうに眉を顰められました。

う。みなまでおっしゃらずとも、お察ししますとも。


「一回転んでイノシシ3頭にウサギが5羽とは、えらい収穫やな。」


グランさんは呆れたとも感心したとも言えない顔つきで呟きました。


「あら、一回じゃありませんわ。」


聖女様はけろりとしておっしゃいますけど。

え?転ぶたびに獲物を獲ってくる聖女様って、どうゆう・・・


「もちろん、毎回毎回、お肉が獲れるわけではありませんの。

 でも、あわてて掴んだところが、甘蔓だったり、転がって来たのが、岩塩だったり。

 わたくし、転んでもただでは起きない、が座右の銘ですわ。」


聖女様は拳を握って堂々と宣言なさいました。


「なんか、ちょっと、羨ましい体質、っすね。」


思わずそう言ったおいらに、聖女様は、いいえ、と首を振られました。


「これはきっと、森の精霊様からの贈り物に違いありません。

 ここのオークさんたちを見て、わたくしはようやくそのことに気づいたのです。

 精霊様は、この食材を使って、お腹をすかせた人たちを助けなさい、とわたくしに使命をお与えになったのですわ。

 精霊様にお仕えする者として、わたくしはその使命を果たさねばなりません。」


聖女様は、突然、何もない中空を見つめて、祈りを捧げ始めました。


「精霊様、わたくしはあなたのそのお優しい御心を叶えるために、精一杯の努力をいたしますわ。

 どうか末永く、この世界とわたくしたちを、お護りくださいませ。」


その姿は立派な聖女らしく、神々しくて尊いものでした。

おいらは感動して、なんだか胸がどきどきしました。


「聖女様のお仕えする精霊様は、たとえオークでも助けてやろうって方なんっすね。」


「もちろんです。」


聖女様はうなずかれました。


「オークもまた、この世に生きる仲間のひとり。

 精霊様はみな分け隔てなく、等しく、お護りくださるのです。

 それはもうお優しくて慈悲深く、この上もなく素晴らしい方なのですわ。

 ああ、ちょっと御覧になりますか?」


おいらの返事も待たずに、聖女様はリュックから、どんっ、と小型の棚のようなものを取り出しました。


「ええっ?このリュック、どないなってんねん。」


流石のグランさんも驚いたようです。

もちろん、おいらもびっくりしました。


「わたくしは聖女ですもの。

 お仕えする精霊様は、いつも共にありますけれど。

 やっぱり、折角ですから、こうして祭壇にお祭りして、毎日拝みたいじゃありませんか。」


ぱかっ、と棚の扉のようなものを開くと、そこには精霊の絵姿や人形、香立てに蝋燭立て、あと、何に使うのかわけの分からん道具が、びっしりと並べてありました。


「なんてお美しい。

 今日もわたくしの精霊様は最高、ですわ。」


聖女様は、くらり、と倒れかかると、そのまま祭壇に向かって手を合わせて、なにやら拝み始めてしまいました。


「えっ、ちょっ?」


「こうしてお仕えできるのは、至高の歓び。

 わたくしはなんて幸せ者なんでしょう。

 さあ、みなさまも、よろしければご一緒に。」


「いや。今、そんなことしてる暇ないから。」


ばっさりと冷たく言い切って、グランさんは早速料理に取り掛かろうとしました。


「そうですか・・・?」


聖女様はちょっとつまらなさそうに唇を尖らせます。

そんな表情をなさると、またちょっと、生身の聖女様を見せて頂いたようで、おいら、身悶えしそうになりました。


「分かりました。

 わたくしにも精霊様から与えられた使命がございました。

 まずはそれを果たさねば。」


聖女様は切り替えの速い方らしく、きりっ、と立ち上がると、いきなりイノシシを一頭担ぎ上げました。


「では、早速。」


「えっ?うわっ!

 あっ、ちょっちょっちょっちょっちょっ!!!」


とんでもない奇声を上げたのはグランさんです。


イノシシ一頭丸ごと大鍋に放り込もうとしていた聖女様を、グランさんは必死になって引き留めました。


「あっ、あんたっ、何するねん!!」


「なに、って・・・お料理を・・・」


「イノシシ一頭、洗いもせんと、捌きもせんと、鍋に放り込むなっ!」


「え?でも、折角、精霊様からいただいたものですから、隅から隅まで少しも無駄にしないようにと・・・」


「土!土、ついてるやろ?!」


「ああ。土って確か、ミネラルとか、含んでいるんですよね?」


聖女様はにっこり笑って、こくん、と首を傾げます。

いやもう、可愛いんっすけどね?

だんだんその笑顔見ると、ぞくっとするようになってきましたよ。

まあ、一周回って、そのぞくっも快感だなぁ、なんて。

おいら、変な方向に目覚めそうっすけど。


「・・・誰か、ちょっともう・・・助けてぇな・・・」


グランさんは涙目になっておいらたちのほうを振り向きました。

おいらたちは思わず目をそらせてしまいました。


「・・・こんなんやってたら、オークどもが起きてくる前に、まともなもんできるわけがない・・・」


それは大変です!

しかし、この聖女様、いったいどうしたもんだか・・・


「聖女様。

 実はこのグランはドワーフ料理の大家なんです。

 いい機会ですから、ここでドワーフ料理について学ばれるというのは如何でしょう?」


ぺらぺらとそんなことを言い出したのはシルワさんでした。


「え?ドワーフ料理の大家?

 そんなすごい人だったんっすか?」


そんなことは初耳っす。

驚いておいらがグランさん見ると、グランさんも驚いた顔をしておられました。


「え?」


それ以上おいらがなにか言う前に、シルワさんは、しーっ、と人差し指を唇に当てて微笑まれました。

あ。そっか。

おいらもあわてて口を閉じます。


「まあ、ドワーフ料理?」


聖女さまは両手を口元に当てて目を丸くしておられました。

うん。その仕草もいちいち可愛いっす。

シルワさんは重々しくうなずいてみせます。


「ドワーフは滅多に人間と慣れ合うことはないと聞いております。

 ならばこれは、折角の機会です。

 あなたの精霊様にお供えするお料理も、いろいろと幅を持たせることができたら、精霊様もお喜びになるのではありませんか?」


「まったく。

 おっしゃる通りですわ。」


聖女様は深くうなずかれました。


「・・・シルワさんって、口、うまかったんっすね・・・?」


「しーっ。」


思わずおいらが余計なことを言いかけると、シルワさんは、また人差し指を唇に当てて、にこっと微笑まれました。


「さてと。

 それではこの場はドワーフ料理の大家と、その新しいお弟子さんにお任せして。

 わたしたちはわたしたちで、祝宴の用意をいたしましょうかね。」


「ええーーー?」


グランさんのこんな情けない顔を見たのは初めてです。

そのグランさんにシルワさんは安心させるように微笑みかけました。


「グランなら大丈夫。いつも通り、美味しいご飯を作ってくださればいいのです。」


「そんなん言うても・・・」


心細そうなグランさんにもう一度、大丈夫、とうなずいて見せてから、シルワさんは聖女様のほうを振り返りました。


「聖女様、あなたも弟子入りなさるからには、ちゃんとお師匠のおっしゃることを聞いて、お師匠の言われる通りに行動なさらなければなりませんよ?」


「もちろんですわ。」


聖女様はきっぱりとうなずかれます。

こちらは、自信まんまん、な顔に見えました。


「改めて、よろしくお願いいたします。お師匠様。」


手を取って懇願されたグランさんは、困ったように目を泳がせました。


「あ。

 あー・・・じゃあ、まずは、木の実、砕いてもらお、かな・・・

 あ。でも、力仕事は聖女様には・・・」


言いかけてグランさんは言葉を呑んで目を丸くしました。

はい。では、早速。と、いいお返事をして、聖女様はいきなりぐーで木の実を叩き始めていました。

ごすん、ごすん、ごすん。

みるみる木の実は粉々になっていきます。


「げ。なに、この、怪力娘・・・あ、いや、聖女様?」


「その、聖女様、というのもやめていただきますわ、お師匠様。

 わたくしは今からあなたさまの一番弟子ですから。

 どうぞ、マリエとお呼びください。」


聖女様は、ふぅ、と額の汗を拭く真似をしながら、にっこりと微笑まれました。

その前で、木の実はもうほとんど粉になってましたが、聖女様は汗一つ、かいておられませんでした。


しかし、聖女様はお名前も可愛らしい。

マリエ、マリエ、とおいらは口のなかで繰り返しました。

こうして名前を呼ぶだけで、胸がどきどきしてきます。

いつかおいらも、聖女様、じゃなくて、マリエ、とか呼べたりするんでしょうか。

いや、そんなこと、あり得ないっか、たはっ。


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