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匂いは少し行ったところの地面に掘った穴から漂ってきておりました。

中からは明るい光と温かい湯気が漏れてきています。

久しぶりに見たそれは幸せの灯りでした。


「うわお!!」


グランさんとシルワさんが止める間もなく、おいらはその穴に飛び込んでおりました。


くるりくるりくるり。

三回ほど宙返りをしたら、ちょうどいい感じで地面に降り立ちました。


「あらまあ。こんにちは。

 ようこそいらっしゃいませ。」


鈴を振るような声がして、にこにことそうおっしゃったのはあの聖女様でした。

おいらはそのお姿を見た途端にほっとして腰が抜けそうになりました。


「聖女様、どこもお怪我はありませんか?」


「ええ、大丈夫ですわ。」


「よかったっす!」


そのころにはグランさんとシルワさんも、穴の中へと飛び降りてきました。


「グランさん!シルワさん!聖女様はご無事だったみたいっす!!」


振り返っておいらがそう告げると、遅れてきたお二人もほっとした顔になりました。


穴のなかは小さな小屋くらいの洞窟になっていました。

中央には大きな焚火があって、人が一人入れそうなほど大きな鍋がかけてあります。

聖女様はその鍋を忙しそうにぐるぐると搔きまわしておられました。


鍋からは湯気が上がっていて、いい匂いが洞窟中に充満しています。

おいらはわいてくる唾を必死に飲み込みながら聖女様に尋ねました。


「っそ、それは・・・いったい、何を作ってるんっすか?」


「これですか?スープですわ。」


にこにこにこ。湯気の向こうで聖女様が微笑まれます。

それにしても、美味しそうなスープの匂い。

もう、たまりません。

ごごごごごーーーっと、血の底を這う魔物の鳴き声のような音を立てて、おいらのお腹が鳴りました。


「よかったら、召し上がりますか?」


「ええ!召し上がりますとも!!」


ええ、それは、もう何か月も夢に見ていた美味しいスープ!

温かな湯気の上った、最高のいつものご飯!!

こんなところでこんなご馳走に出会えるとは!!!

貴女こそ、女神様!!!いや、聖女様!!!

おいらはもう、嬉しくって、泣けてきちゃって、半分正気を失いそうでした。


「こらこら。落ち着きなはれ。」


グランさんはちょっと渋い顔をしておいらの背中を撫でます。


「そんなにお腹がすいてたんですねえ。」


シルワさんは苦笑して、よしよし、とおいらの頭を撫でてくれました。


聖女様は木のお椀にスープをよそうと、木のおさじを沿えて手渡してくれました。


「どうぞ。

 熱いですから、気をつけて召し上がれ。」


ををを・・・なんて素晴らしいお気遣い。

そして、いちいち向けてくださる笑顔の、なんて可愛らしいことか!

でも、ご心配にはおよびません。おいらこう見えて、猫舌じゃないんっす。

熱々の紅茶で慣れてますからね。


「いっただっきまーーーっすっ・・・?・・・!・・・んぐっ???!!!」


うっかり口から出してしまいそうになったのを、慌ててなんとか飲み込みました。

熱かったからじゃありません。

そのスープは、何とも言えず・・・生臭いというか、えぐいというか、あまにりも超絶評し難いというか・・・食事に文句をつけてはいけないと小さい頃から言い聞かせられてきましたが、それにしても・・・


聖女様からお椀を受け取っている最中だったシルワさんは、怪訝そうにこっちを見ています。

グランさんは、くんくんと手に持ったお椀の匂いを嗅いで、うっ、と口をへの字に曲げました。


「お嬢ちゃん、これはあかんで。

 ちゃんと血抜きとあく抜きせんと。」


シルワさんは、おさじのさきっちょにすこーしだけスープをつけて口に含むと、ふへへっ、と気の抜けた笑いを返しました。


「これはまた、立派な毒物ですねえ?」


「げっ?毒っ?」


おいらは一気に半分くらい飲み干してしまったお椀をまじまじと見詰めました。


「毒って、おいら、死んじゃうんっすか?

 ええっ、おいら、飲んじゃったっすよ?」


「いえいえ、死ぬようなことは、ないと思いますわ。

 オークさんたちも召し上がりましたけど、どなたもお亡くなりには、ならなかったか、と。」


にこにこにこ。

聖女様はいたって平然とお答えになりました。


「なるほど。

 ここに来る途中、オークたちの鼾がえらくうるさいと思いましたけど。

 あれって、もしかして、お腹を壊して唸ってたんですかね?」


けろりと笑ってシルワさんがそんなことを言います。


「ああ、もしかして、貴女、聖女ではなく、人間の村から寄越された暗殺者でしたか?」


聖女様を見つめてそんなことをおっしゃいました。


シルワさんの問いに聖女様はぶんぶんぶんと首を振りました。

おたまを持ったままの手も一緒に振ったので、辺り一面にスープのしぶきが飛び散りました。


「まあ、暗殺だなんて、とんでもない。

 わたくしはオークさんたちがお腹を空かせていると伺ったので、美味しいご飯を作って差し上げたいと思ったのですわ。」


まるでお祈りでもするようにおたまを両手で持って捧げます。

と、ぼきっとなんだか鈍い音がして、聖女様の手に持ったおたまがぽっきりふたつに折れてしまいました。

ん?

おいらはちょっと目を疑いました。

いや、あのおたま、傷んでたんでしょうか。


ぽっきりふたつになったおたまを捧げていても、そのお姿は、やっぱり、どうしようもなく、可憐で清楚な聖女様です。

う。う。う。こんなに可愛くて美少女で、なんの悪意もなさそうなのに・・・

なんで、こんなにこのスープはまずいんだあああっ。

あ。しまった。まずいって言っちゃった。


「・・・美味しいご飯て・・・あんた、よくもまあ、そんなことを臆面もなく・・・」


ずっと黙っていたグランさんが、泣きそうな声でそう言ったのでおいらはびっくりして振り返りました。

グランさんは涙目になって聖女様をまじまじと見詰めていらっしゃいました。


「こんなん、食材に対する冒涜やわ。

 命をくれた食べ物たちに、今すぐ謝りなはれ。

 ちゃんと美味しいにして頂かんと、食材になってくれた命は成仏できへんやんか。」


うっ、うっ、うっ、と泣き出したグランさんを、シルワさんもおいらも呆気に取られて見ていました。



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