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さて、闇雲に駆け出したものの、おいらははたと立ち止まりました。
聖女様はいったいどこにおられるんだろう?
よくよく考えてみると、それすらもおいらには見当もつきません。
オークたちは大きな木の洞や鉱山の横穴に、ひとりずつ別々の寝床を持っていました。
それはどこも狭くて、中にひとり入って横になればいっぱいになるような、窮屈な寝床です。
それをひとつずつ覗いてみようかとも思いましたけど、そんなことをすればすぐにオークに見つかってしまいそうです。
それに、どこかの寝床に聖女様を閉じ込めたら、そこに寝るはずだったオークが困るわけで・・・。
とりあえず、オークの寝床、という線はないだろうと考えました。
おいらたちのように働かされている人間たちは、粗末な掘っ立て小屋に数人ずつに別れて寝泊まりしておりました。
その小屋のどこかに?とも考えましたけど、それならそれで、その小屋の連中は浮足立っていそうなもんです。なんてったって、あんな美少女が小屋に来訪するんですから、それはもう、ねえ?
となると、その線もない。
・・・・・・。
困りました。
それ以上に思いつく場所がないんです。
いやいや。
そう言えば、グランさんは、これまでにも何人か聖女様は連れてこられたと言ってました。
ということは、聖女様を閉じ込められるような場所が、どこかにある?
ん?ん?ん?
そんなとこ、あったっけ???
傾げた頭の上に、ぽん、と軽く手が載せられました。
「こらこら。急いては事を仕損じる、と言いますよ?」
「誰も手伝わんとは言うてへんやんか。」
振り返ると、にっこり微笑むシルワさんと、ため息をつくグランさんが、そこに立っていました。
「坑道の奥には分かれ道があって、昔、試し掘りをしたときの竪穴があるねん。
その穴を利用して、牢屋が作られてるらしい、ちゅうのを、聞いたような気がする。
まあ、知らんけど。」
グランさんはちょっと目を逸らせてそんな話しをしてくれました。
ををを。素晴らしい。おいらがいきなりぶち当たった壁は、グランさんのお力で一瞬で撃破っす。
「とりあえず、聖女様がいらっしゃるかどうか、確かめてみませんとねえ。」
シルワさんはそう言って手に持っていた黒い布を差し上げて見せました。
「それは?」
「ふっふっふ。こうすれば、カ、ン、ペ、キ。」
くるり。
シルワさんが布を纏うと、それはもうオークにしか見えませんでした。
「ををを。素晴らしい!ちゃんと立派なオークに見えるっすよ。」
思わず大きな声を出したら、しーっ、しーっ、と両方から口を抑えられました。
苦しくてもがもがすると、ふたりとも苦笑して手を離してくれます。
おいらは惚れ惚れとシルワさんの姿を眺めました。
それにしても、これはいい作戦に思えました。
シルワさんはエルフなので、元々背はオークたちと変わらないくらいあります。
普段の猫背を無理して伸ばせば、ちゃんとオークと同じくらいの高さになりました。
ひょろひょろとほそっこいのは、たっぷりの布でうまいことごまかしています。
シルワさんは顔のところの布をめくって笑ってみせました。
「オークに見えるってのが誉め言葉になるとは思いませんでしたけど。
まあ、これならごまかせますかねえ?」
しかし、この変装はシルワさんだからこそうまくいく変装でした。
「おいらたちは?オークのフリ・・・は、無理っすかねぇ・・・」
おいらはグランさんを見てため息を吐きました。
一瞬、どっちかがどっちかを肩車して、ってのも考えましたけど。
やっぱ、あんま現実的じゃないっすよね。
動きにくいですし、下半身担当になると外の様子も見えませんし。
「なんやねん。人の顔見て、ため息吐かんといてぇな。」
グランさんは苦笑しました。
「なら、捕まった捕虜の役ってことで、どない?」
「なるほど!それならバッチリっすね?!」
もっぺん大声を出して、おいらはまた両方から口を塞がれる羽目になりました。
オークに化けたシルワさんが、グランさんとおいらとを縄に繋いで追い立てて行きます。
坑道の入り口のところには、見張り当番のオークが立っていました。
おいらはバレるんじゃないかとどきどきしていましたが、シルワさんは無言のままで堂々と前を通ります。
あまりにも堂々としてたからか、見張りに見咎められることもなく、おいらたちは無事にそこを通り抜けることができました。
坑道のなかにはあちこちから不気味な唸り声が響き渡っていました。
「こんなうるさいとこで、よう寝られるなあ。」
グランさんが呆れたように呟きます。
不気味な唸り声の正体は、オークたちの鼾のようでした。
坑道にはあちこちに横穴があって、オークたちはそこで眠っているのです。
「聖女様はきっとこの声に怯えておられますよね?」
「急ぎましょうか。」
シルワさんの意見には全面的に大賛成でした。
分かれ道の辺りまで来ると、オークたちの声もあまり聞こえなくなりました。
「この先は鉱脈が通ってへんねん。
そやから、こっちは早々に放棄されたんや。」
グランさんの指し示すほうに放棄された坑道がありました。
壁は荒く削っただけで、柱で補強もされていません。
足元もごつごつした岩肌のままで、うっかり転んだりしたら怪我をしそうです。
こんな恐ろし気なところに、あの可憐な聖女様が・・・以下略・・・
と、そのときでした。
どこからともなく、いい匂いがしてきます。
「ん?ん?
これは!
スープの煮える匂いっす!!!」
ずっとずっと夢にまで見たご馳走の匂いに、おいらは思わず駆け出していました。