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おいら、名前はフィオーリ。ホビットっす。
これからお話しするのは、エルフのシルワさんとドワーフのグランさんと三人で聖女さまを助け出したときのお話しっす。
おいら本当はこういうのは自分にはむいてないって思うんっすけど。
シルワさんが、物語の語り手はホビットと相場が決まってる!って言い張るもんっすから。
まあまあ、ホビットのくせに口下手で申し訳ないっすけど、お付き合いいただければ、と思いますよ。
グランさんとおいらとは、オークの鉱山で出会いました。
おいらの郷はオークたちの襲撃を受けて、逃げ遅れたおいらはオークにとっつかまって、そこへ送られたんっす。
グランさんはいつ頃からそこにいたのかは分かりません。
ただ、かなりの古株だったのは間違いないと思います。
鉱山で働かされていたのは人間がほとんどで、異種族はグランさんとおいらの二人だけでした。
おいらはグランさんと二人一組になって働くように言い渡されました。
グランさんは、ドワーフのくせに、ドワーフらしからぬ、というか、ちょっと変わったドワーフでした。
そもそも、ドワーフのトレードマークのおひげを生やしておりません。
背は、ドワーフにしては小さめ、ホビットにしては大きめくらい。
頑強なというよりは、すばしっこいといったほうがよさそうなからだつきでした。
ちょっと見、ホビットだと言っても、うっかり信じてしまいそうな見た目っす。
それから、ドワーフにしては人当たりがよいと言うか・・・、よく言えば愛想のいい、悪く言えばちょっとばかし胡散臭いお人でした。
とにかく、「無口で頑固で謹厳実直を絵に描いたような」とよく評されるドワーフとは、一線どころか百線くらい画しておられました。
グランさんがドワーフらしからぬのは、そのお育ちのせいかもしれません。
グランさんの郷も、ずいぶん前にオークたちの襲撃を受けたんだそうです。
勇敢なドワーフさんたちは、逃げずに戦ったけれど、結局、郷は滅ぼされ、郷の人たちも散り散りになって行方が分からないんだとか。
まだ小さかったグランさんは、ご家族とはぐれてひとりでいたところを、旅芸人のご老人に拾われました。
それからはご老人とふたり、芸をしながら旅をしていたそうです。
「氏より育ち、言いますやろ?
ワタシかてちゃんとドワーフの郷で育ってたら、ちゃんとしたドワーフになってたんでしょうけど。
まあ、そうできへんかったんやから、しゃあないわなあ。」
それがなんで今オークにとっつかまっているのか、ご老人はどうなさったのか。
その辺りは分かりません。
グランさんも話そうとはなさらないし、わざわざつっこんで聞くのもなんだかっすしね。
鉱山の仕事は、なかなかにきついもんでした。
オークたちは光が大嫌いなので、おいらたちはいつも夜働かされていました。
作業場でも、火を使うことは許されず、灯りは洞窟に生えているヒカリゴケの頼りない灯りだけ。
暗くて湿っぽい洞窟で一晩中穴掘りをさせられるのは、ことのほか辛いことでした。
けど、それよりなにより辛かったのは、食べ物をほんのちょっぴりしかもらえないことでした。
噛むと酸っぱい味のする固い木の実と水だけの食事が一日に一回。
火を使わないオークたちには、木の実を茹でるという発想すらありません。
まったく、こんなんで重労働なんか、できるわけがないっす。
ホビットの穴にいたころの、熱い紅茶と甘いお菓子のティータイムを思い出して、何度涙したことか。
祭日のご馳走とは言いません。
ただ普通だと思って食べていたご飯が懐かしくて、毎日のように夢に見ていました。
グランさんと組まされたのは、おいらにとってはラッキーなことでした。
あの辛い鉱山での日々をなんとか耐えられたのは、グランさんのおかげとしか言えません。
オークたちは光を極端に恐れていて、昼間、陽の光のあるときには寝床から出てきません。
朝日が昇って、オークたちがねぐらに帰ると、グランさんはあの木の実を砕いて粉にしたのを捏ねて、パンを焼いてくれました。
焚火の下の地面に穴を掘って、葉っぱに包んだ生地を入れて蒸し焼きにするんっすよ。
そういうのも旅をしていたときに習ったんだって言ってました。
それから、森に行って木の実やら草の実を採ってきます。
ときには仕掛けた罠にウサギや鳥なんかがかかっていることもありました。
獲物がたくさんあるときには、グランさんは気前よくみんなに食べ物を分けてあげました。
みんなグランさんに教わって、木の実はパンにして食べていました。
固くて酸っぱい実も、火を通せばそれなりに美味しい食べ物になりました。
そんなグランさんは、人間たちからも一目置かれていました。
焚火の跡をオークたちに見つかっては厄介なので、いつもその後始末が大変でした。
火を使ったことが分からないように丁寧に土をかけてから、ようやく眠りに就きます。
一晩中の重労働に疲れ果てて、後は泥のように眠りました。
ひと眠りしたらあっという間に夜がきて、起きて来たオークたちにまた一晩中働かされます。
オークたちは昼間、陽の光のあるときには出てきません。
陽が沈むとのっそりと出てきますが、それでも、頭からすっぽり全身を黒い布で包んでいて、その中がどうなっているのかは誰も知りませでした。
なんでも、強い光に当たると、砂人形のようにさらさらと崩れてしまうんだとか。
それが本当なのかどうかは、確かめた人もいないんで分からないんっすけどね。
逃げ出そうと考えたこともなかったわけじゃありません。
けど、鉱山を取り囲む森は、どこまでも果てしなく深くて、迷わずに抜けられる自信は到底持てませんでした。
誰か、逃亡したとなったら、オークたちは全力で逃亡者を追いかけました。
オークたちは、昼間は動けなくても、夜は人間の三倍以上の能力を持って行動できます。
夜目も利き、耳も鼻も獣のように鋭いオークから、逃げおおせることは容易ではありません。
足は馬より早く、道なき道でも軽々と走り、木にも登れば沢も泳ぐ。
身の丈は人間たちより一回り大きく、力も強くて、岩を持ち上げ、木もなぎ倒します。
武器など使わなくとも、オークたちは素手でもじゅうぶんに恐ろしい戦士でした。
夜であれば、およそオークに弱点などなにもないように思えました。
百戦錬磨の勇者様であればともかく、鉱山につれてこられた人たちに、あのオークと戦って勝てるような人はまずいないでしょう。
おいらの知る限り、逃亡して逃げ切れた人はひとりもいませんでした。
連れ戻された逃亡者は、見せしめとして、酷い目に合わされました。
それを見ると、逃げたいという気持ちは小さくしぼんでいきました。
そこにいることに満足していたわけじゃないけど。
逃げてもっと酷い目に合うよりはまし。
それが逃げられない理由でした。
シルワさんはおいらが連れてこられてからしばらくして連れてこられました。
エルフのシルワさんがどんな経緯でオークにとっつかまったのかは分かりません。
白くてひょろひょろで、おいらから見ても、大丈夫なのかと心配になるようなお人でした。
目も髪もエルフにしてはくすんだ色をしていて、せっかくの高身長も猫背で台無し。
目鼻立ちは整っていらっしゃるようですが、ふへっ、と四六時中気の抜けたような笑いを浮かべているので、それも台無し。
なんだかちょっと残念な感じのエルフでした。
おいらたちは全員人間じゃないということで、今度は三人一組にさせられました。
まったく、オークときたら、エルフもドワーフもホビットも、みんないっしょくた扱いなんっすよ。
エルフとドワーフと言えば、この世の宿敵同士なんっすけどね。
もっとも、ドワーフらしからぬグランさんは、シルワさんに対しても他の人に対するのと同じように接していました。
パンを焼く方法も教えてあげたし、獲物も分けてあげてました。
ただ、シルワさんはあんまり獣の肉は好まないそうで、そっちは丁寧に断ってましたけど。
木や草の実のほうは大喜びして受け取ってました。