不穏な動き 3
思わず泣いてしまったエラだったが、すぐに冷静さを取り戻してダスティンに謝った。ダスティンは笑って許してくれてほっとすると同時に、こんな情けない姿を店長に見られなくてよかったと思う。
そうしていつも通り仕事をして閉店間際という頃。
「エラー!久しぶり!」
「エレノア?」
「………誰?」
エレノアがやってきた。事前連絡など何もない突然の訪問で、面識のないダスティンが素で頭を傾けている。
エレノアは聡明そうな瞳を輝かせながらレジカウンターまでやって来て、来ちゃった!と笑みを浮かべた。
「どうしたの?突然」
「カレッジに残ってる友達に研究の助力を頼まれてね、こっち来たから寄ってみたのよ。もしかして迷惑だった?」
「全然。嬉しい!」
嬉しくて、レジカウンターから出てエレノアに抱きつくと彼女は笑って抱きしめてくれた。
「もー!可愛いなぁ!そこのお兄さん、このままこの子、連れ去っていい?」
「もう、エレノアったら。その研究をしてる友達はよかったの?」
「聞いてよ、信じられる?今日の実験付き合ったら思わぬ結果が出たらしくて、それに没頭し始めちゃったのよ。それだけならまあいいわ。それだけならね!ちょっと集中したいから出てってくれですって!信じられる!?人の事、魔力の電池扱いだけして明日も来いですって!きーーっ!失礼しちゃう!」
くすくす笑ってエレノアから身を離すとエラはやっとダスティンに友達のエレノアだと紹介した。
「エレノア・ベイリーよ。軍人なの、よろしく」
「ダスティン・フレッチャー。ここの魔石工見習いだ」
「あら、じゃあエラの弟弟子?」
「歳はダスティンの方が上よ」
「そうなの?それより、もうすぐ仕事終わりでしょう?一緒にご飯でも食べに行かない?」
笑顔を絶やさずにエレノアが誘う。
エラはその誘いに乗ろうと首を縦に振りかけた。
「もちろん!ーーーあ……や、やっぱりやめておく…」
そして自分の現状を思い出して慌てて首を振った。
誘いを断られると思っていなかったのか、エレノアは目を丸くして「どうして?」と尋ねてきた。
「えっと…」
思わず言い澱む。ストーカーに狙われているなんて理由を話したくない。そんな事を話したらエレノアが心配する。なるべく誰にも心配かけたくないのだ。
しかし言い澱んだエラと、そろそろ店を閉めようとレジカウンターを開け始めたダスティンを交互に見たエレノアは「ああ」と勝手に頷いた。
「もしかしてそこの彼とデートだった?」
「え?…ええ!?ち、ちがっ……!」
とんでもない勘違いに慌てて両手と首をぶんぶん振る。
でも彼女の追求を躱せるだろうか。
どうやって説明しようか悩んでいるうちに、見かねたダスティンが口を出した。
「こいつ、今ストーカーに狙われてるんだよ」
「ダスティン!」
「何ですって!?」
あっさり暴露したダスティンにエラが思わず非難がましい視線を向けるが、それ以上にエレノアの声が響いた。
「本当なの?エラ」
「あ、……っ、その……」
「何で隠そうとするかな、エラは」
「ダ、ダスティンは黙ってて!」
「はいはい」
「という事は本当なのね?」
「あう……」
頭のいいエレノアに詰め寄られて、並みかそれ以下の頭しかないエラには素直に頷くしかなくなる。どうせ誤魔化した所ですぐバレそうだ。
「大丈夫なの?何もされてない?」
「何もされてないわ。ただ付け回されてるだけよ」
「本当に?ポストに変なもの入れられたり、家の中に知らない電源タップとかぬいぐるみとかない?」
「た、たぶん……」
そう言われると不安になってくる。
無いわよね?少なくとも見知らぬぬいぐるみはないはず。
ぐるぐる考えるのと同じように視線が彷徨った瞬間、通りの向こうにストーカーが見えた。
「っ………!」
「エラ、奥引っ込んでろよ。エレノアさんもどうぞ」
ダスティンも気がついたらしく、ストーカーの視界から立ち塞がるようにレジカウンターから出てくる。
突然工房側に案内されてエレノアはきょとんとしたが、エラの顔色が一気に悪くなった事に気がついたらしく、鋭い視線を通りに向けた。
「どいつ?」
「エ、エレノア…」
「いいから、エラは引っ込んでて。無茶はしないから」
エレノアにまで背中を押されて、エラは工房側に移動させられた。
大人しく工房側の片付けをしようとしたエラだったが、やはりエレノアが何をするのかが気になってそろりと店側を覗くと、エレノアが勇敢にも店の外に駆け出していた。
向かう先には勿論エラを付け回す男がいる。
ぎょっとしてエラは思わず工房から飛び出した。
「ちょ……エレノア!」
「エラ!」
エレノアを止めようとしたエラをダスティンが抱き抱えるようにして止める。
「離してダスティン!」
「危ねえって!」
「でも!」
「エレノアは軍人なんだろ!大丈夫だ」
「そんっ……でも、エレノア……!」
確かにエレノアは軍人だ。厳しい訓練だってしているだろうし、何よりアルフィーと同じ魔術科出身で魔法だって得意だろう。
でもエレノアだって女の子だ。相手は男。何かあったらと思うと気が気じゃ無い。
それを理由に止めたらエレノアのプライドを傷つけるだろうか。
ダスティンの腕から逃れようとしている間にストーカーは消え、エレノアは何か魔法を使いながら追いかけて細い路地へ消える。
どうしたらいいのか分からなくなってエラはダスティンに止められるままに動きを止める。
「…エレノア………」
友達の無事を心配して固まっていると、ダスティンが宥めるように肩を撫でた。
どうしたらいいのか分からずひたすら固まっていると、すぐにエレノアはストーカーと消えた通りから戻ってきた。
今すぐにでも飛び出していきたいが、飛び出した瞬間にストーカーと鉢合わせでもしたらとか考えてしまい恐怖で動けなくなってしまう。
結局、エレノアがフランマに入ってくるまでエラは動けなかった。そんな自分が憎い。
「ごめん、取り逃し……わっ」
「二度と危ない事しないで!!」
悲鳴のような大声でエレノアに訴えながら抱きつくと、よしよしと頭を撫でられた。
「大丈夫よ。これでも軍人よ?」
「でも嫌。エレノアに何かあったら…」
「心配してくれてありがと。でも、すっごく強い先輩に鍛えられてるからちょっとやそっとじゃやられないわ」
ね?と優しく諭されてエラは抱きついた体を離す。瞳には涙が滲んでしまい、それを指先で拭った。何もできず、怯えるだけの自分が悔しい。
エレノアはそんなエラを励ますようににっこり微笑んだ。
「よし、決めた!今日、エラのところ泊めてくれない?明日もどうせカレッジの友達に研究手伝わされるし、ストーナプトンから足運ぶのも面倒だし、ダメかしら?」
「いいけど……うち、布団とか十分にないわよ?」
「魔法使わせてくれるなら大丈夫よ」
にっ、と笑ってエレノアが言うと、ダスティンもいいじゃん、と後ろから援護した。
「人がいた方がエラも安心だろ」
「それは…そうだけど…」
でもエレノアに悪いんじゃ…。
こうやって迷惑かけるから知られたくなかったのに。
内心で落ち込むエラとは対照的にエレノアはあっけらかんとしたもので、決まりね!とはしゃいだ。
「女子会しましょ!女子会!閉店作業終わるの待ってるわ!」
明るく提案するエレノアに、エラは戸惑いつつも頷いた。




