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不穏な動き 1

ようやくここまで来た…!最後の物語が動き出します。

 テレビに取り上げられてから一週間が過ぎた。

「じゃあお疲れ様」

「お疲れ様ー」

 仕事が終わり、いつもの道でダスティンと別れたエラは疲労を訴える体を動かしてアパートに帰った。

「ん?」

 しかし、郵便ポストに手紙が入っていたのでエラは頭を傾げた。アパートの住所とエラの名前が書かれただけの白い封筒だったのだ。

 何だろう?

 見覚えのない文字なので、家族やルークなど身近な人ではなさそうだ。もちろんアルフィーも違う。

 エラは部屋に入ってから手紙を開け、やはり見慣れない文字の手紙を読み進めていくと、どうやらエラの事を好いているから付き合ってほしいという内容が書かれていた。

 が、手紙には送り主など書かれていない。

「……えー…なにこれ……」

 送り主が書かれていなければ返事のしようがないではないか。

 エラは今現在、誰かと付き合いたいなどと考えていない。だからこのラブレターにはお断りをしようと思うが、そもそも返す場所が分からない。

 得体の知れない気持ち悪さに、エラは眉を顰めてとりあえず手紙はとっておいた。

 その後はいつも通り過ごすエラは、これが恐怖の始まりなどとは思いもしなかった。





「ひっ………」

 思わず引き攣れた声が漏れ、エラは手紙を取り落とした。

 それは真っ白な封筒にエラの名前と住所が書かれているだけのもの。

 あれから三日と空けずエラのポストにはラブレターが投函されるようになった。もう三週間になる。

 内容は全てラブレターで、気持ち悪くてエラは警察に相談したものの、対応した警官は直接何もされてないし、とあまり取りあってくれなかった。

 どこの誰に好かれてしまったんだろう。

 しかもどこの誰とも知らないラブレターの主は、エラの住所を知っているのだ。

 もしここまで来たら。

 ゾッとしてエラはアパートの部屋に駆け戻り、部屋の鍵を施錠した。

 けれど心は休まらない。

 …アルフィー…助けて……。

 心の中でかつての恋人に助けを求める。

 でも彼はここにいない。

 涙が溢れそうになるのを必死に我慢して、エラは深呼吸を繰り返し、心の騒めきが落ち着いてきた頃にようやく動き出す。

 甘えてちゃダメよ。自分で何とかしなきゃ。大丈夫。ただ手紙を放り込まれるだけ。大丈夫。

 いつもと同じ様に夕飯を作り、食べ、シャワーを浴びて寝る。

 そう、いつも通り。

 でも寝る時に首にかかる魔石入れに入れてある姿隠しの魔石を発動した。

 それで少しだけ安心し、エラは目を閉じた。

 でもなかなか寝付けなかった。




 

 目の下に隈を作って出勤してくるエラに最初に気がついてくれたのはダスティンだった。

「何か疲れてねえ?どうかしたのか?」

「え?…別に」

「そうか?」

 咄嗟に嘘をついたが、ダスティンはあまり信じてなさそうだ。

 エラはいつも通り仕事をしたが、ルークもダスティンもいる上にルークの魔石で守られているフランマに安心して、昼休憩についついうたた寝をしてしまった。

 そしてふと目を開けたエラは時計を見てギョッとした。

「え!?嘘!」

 もう昼休憩などとっくに過ぎて、二時間も経過していた。エラの体にはブランケットまで掛けてある。

「すみません!」

 慌てて店に降りると、ルークはオーダーメイドの魔石を作っていて、店番はダスティンがしていた。

「ご、ごめん」

「はいよー。そんな忙しくなかったからいいんじゃね?叔父さんも寝かせておけって言ってたしさ、気にすんなよ」

 ダスティンは気にしていないようだが、エラは自分が不甲斐なくてそうはいかない。

 人心地ついたルークにも平謝りして、二人から「ちゃんと休め」と言われた。

 仕事が終わると帰る方向が同じダスティンと歩き出したが、いつも別れる場所でもダスティンは別れずにエラについて来たので、エラは首を傾けた。

「あれ?帰らないの?こっちに用事?」

「おう。エラの家の近くに花屋あるだろ?今度、おふくろが誕生日だから花束の予約して来いって親父の命令」

「ああ、あの花屋さんね」

 アルフィーがエラの魔石が初めて売れた時に買ってきてくれた花束もそこの店だったと思い出して、ふわりと微笑みが浮かぶ。無意識に手が魔石入れに伸びた。

 他愛無い事を話しながらダスティンはエラをアパートまで送ってくれたのでエラは心強かったが、そんな安心もアパートに帰り着くと消え失せた。

「え…?」

 ポストの中にはいつもと同じ真っ白な封筒だが、いつもよりずっと分厚い。文字はいつもと同じ。

 恐怖で固まっていると、エラの挙動を不審に思ったのかダスティンがアパートの敷地内に入って来た。

「どうした?」

「あ………なんでもない…」

 ついつい虚勢を張るが、強張った顔をしたせいかダスティンは胡乱気にエラの手元を覗き込んで、手紙がどうかしたのか?と尋ねてきた。

 心配かけてはいけない。

「何でもない。分厚い封筒だから驚いただけ」

 何とか笑顔を取り繕うと、ダスティンはそうか?といまいち納得していない様子だったが、エラから手紙を取り上げたりはしなかった。

 何とかダスティンと別れて部屋に入り、恐る恐る手紙を開けると手紙と一緒に小さな縫いぐるみのついたキーリングが入っていて、エラは手にしたそれを思わず投げ捨てた。

 哀れなキーリングは家具に当たって床に落ちた。

 何なのよ!

 恐怖と一緒に怒りも込み上げてくる。

 エラはその場に座り込み、膝を抱えて泣き出した。

「もう嫌……何なのよ……私が何したっていうのよ……」

 …助けて…アルフィー……。

 ついアルフィーに助けを求めてしまう。貰った魔石入れを握りしめてエラは涙を膝の布地に吸い込ませた。

 でも彼は助けてくれない。

 ……夢の為にここに来たのよ。何でも自分でやらなきゃ。

 十八でコブランフィールドに来た時の覚悟は頑な意地になっていく。

 泣いて幾らかの恐怖を流すとエラは立ち上がった。

 何でも自分で。

 その覚悟でここに来たんだから。

 エラは翌日に入っていたキーリングやそれまでの手紙をゴミと一緒に捨てた。

 でも得体の知れないストーカーはそれ以降も手紙と一緒にたびたび贈り物をしてきた。送られた物はキーリングの他にリング、マグカップ、ネックレス。どれも本物の恋人から贈られたり、ペアだったら嬉しい物だが、ストーカーから送りつけられるそれらは勝手に恋人にされているようで気持ち悪い。途中から中身を見ずに捨てるようになった。

 でも、ついに宅配便で下着を送り付けられて、エラの疲弊はピークに達した。

「お前、絶対に何かあるだろ」

 眠れない日が続き、顔色が悪いエラにまたダスティンが言った。

 エラは咄嗟に嘘をついた。もはや意地だ。

「……別に、何も……」

「そんな顔色悪くて何もないわけあるか。何があった?」

 さすがにもうダスティンも騙されなかった。

 でもエラは話したくなくて、黙り込んでしまう。

 しばらく二人の間で沈黙が続き、ダスティンが諦めたように溜め息をついた。

「言いたくないならいいけどさ、とりあえず今日は送る」

「え…?…わ、悪いからいい…」

「あのさぁ、そんな顔色悪い状態のお前、ほっとけるか。どうしても嫌だってんなら叔母さんを今ここに呼ぶけどどうする?」

 ダスティンにとっての叔母さん、つまりシンディだ。

 シンディはダスティンが弟子入りしてからはあまりフランマで働いていない。彼女本来の在宅仕事をしているから。

 そんな彼女を呼び出す?

「ダ、ダメよ。シンディさんだって忙しい…」

「じゃあ大人しく送られろ」

「……わ、かった…」

 訳が分からないまま決定された。

 結局仕事を終えるとダスティンがエラを送ってくれたが、それによりダスティンにストーカーされている事がバレてしまった。

「その手紙、この前も入ってなかったか?」

 ポストに入っていた真っ白な封筒にダスティンが不審そうにエラの手元を覗き込んだ。

「別に、何でも……」

「ふぅん。じゃあ何で送り主が書いてないんだよ」

「っ……」

 目敏い。

「普通知り合いからの手紙なら何かしら反応するだろ。んな顔色悪くして固まるか?良くない物なんだろ?」

 反論できなくて固まっていると、ダスティンがエラの手から手紙を取り上げた。

「ちょ…」

 止める間もなく、ダスティンは無遠慮にも手紙を開けた。

「うわ……」

「え……ひっ!?」

 眉を顰めて呻くダスティンに、ついエラも手紙を覗かんで、中にあった写真に掠れた悲鳴をあげた。

 中には明らかに隠し撮りされたエラの写真が入っていた。フランマで店番していたり、買い物をしていたり、アパートに入っていく所だったり、エラの生活の一部。

「お前、これ……」

「……………」

 怖くて固まっていると、ダスティンは察したのか睨むようにして周りを見渡した。

「ストーカーか何かか?」

 ガタガタ震えながら首を縦に動かす。

 ダスティンは呆れたような怒ったような溜め息をつき、いつからだ?と尋ねてきた。

 もう隠すのは無理だとエラは諦めて、ダスティンを部屋に招き、全てを話した。

 話し終えるとダスティンは怒りも露わに声を荒げた。

「この馬鹿!何でもっと早く相談しねぇんだよ!」

「ご、ごめんなさい…」

「俺や叔父さんに相談しにくいなら叔母さんに言えばいいだろ?今まで手紙とかだけみたいだからよかったものの……もし家まで来たらどうすんだ?さすがに親には相談してるだろうな?」

「…してない…」

「はあ!?馬鹿か!?せめて親には相談しろよ!マジで何かあったらどうするだ!?」

 また馬鹿と言われてエラは首を竦めた。

 それを見て流石に熱くなりすぎたと思ったのか、ダスティンが口を閉じた。

 しばし沈黙が二人の間に落ちた。

 アルフィーに貰ったティーカップを握りしめて視線を落とす。赤茶色の紅茶が小さな波紋を作る。

「……そんなに頼りないかよ」

 ぼそりと呟かれた言葉の意味が分からず、エラはゆっくり顔を上げた。

 ダスティンは気まずそうに片方の手でガシガシと頭を掻いた。

「まあ確かにアルフィーみたいに魔法が得意なわけじゃないけど、これでも鍛えてるし、少しは頼れよな。俺も男なんだからよ」

 どうやらエラが頼らないのは自分を不甲斐無く思っているせいだと考えているらしいので、エラは慌ててフォローした。

「べ、別に頼りにはしてるわ。仕事だってできるし、前に面倒なお客さんの相手してた時だって割り込んで助けてくれたし…。ストーカーの事は単純に…その…迷惑、かけたくなくて…」

「…ったく、迷惑なんて思わないから頼れ。明日から毎日送る」

「え!?わ、悪いからいい……」

「あほ。何かあったらどうすんだ。どーせ帰り道途中まで一緒だし、誰かいればとりあえず牽制にはなるだろ」

「あう…」

 正論に縮こまると、ダスティンがまた大きな溜め息を吐いた。

「家に手紙を送りつけてくる時点で家はバレてる。道端で襲われないとも限んないだろ?」

「…………」

 怖い事を言わないで欲しい。

「そんなに怯えんなよ。落ち着くまで毎日送る」

「……ありがとう…」

 アルフィー以外の男に送られるのは何となく気が引けるが、一人で怯えなくていいのはありがたい。

 エラは気分を変えようとダスティンに話しかけた。

「ダスティン、鍛えてるの?」

「え?…まあ…兄貴がジムトレーナーで、兄貴が持ってる器具貸してもらってる」

「ジムトレーナー?」

「おう。ダイエットとかもやってるぞ。ま、エラはそんだけ細けりゃいらねえか」

「そんな細くないわよ。お腹回りとかもう少し肉を落としたい」

「十分細いだろ」

「全然。魔石にかまけて運動もしないし、贅肉だらけよ」

「はは!確かにエラって体動かしてるより石を見てる時間の方が長そうだな。んじゃ、今度兄貴に頼んで器具でも貸してやろうか?」

「三日でやらなくなる自信があるわ…」

 普段の自分からの事実を言えば、ダスティンがまた笑った。

「んじゃ、そろそろ帰るわ」

「うん、ありがとう」

「どういたしまして。俺が出たら見送りとかいいからすぐにドアの鍵、閉めろよ」

「分かってるわよ」

 分かっていると言ったのに、その後も散々戸締りに注意しろと言われ、エラは子供扱いに少し不服だったが結局笑って頷いた。





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