終わらない恋 side AIfie 2
年老いた自分がいた。
茶髪も白髪になって毛量も激減し、ぼんやりと庭を見ている。
そんな庭の向こうに、何十年と恋焦がれた黒髪を見つけて、思わず腰を浮かして軋む体に鞭打って追いかけた。
ーーーエラ!
ーーーアルフィー?
家の前で追いついたエラは別れた時のままで、青く光る真っ黒な髪を風に遊ばせて、にっこり微笑んだ。
ーーー久しぶりね。よかった。アルフィーに知らせたい事があるの。
何だろう、と思った瞬間、エラの隣りに知らない男が立って、彼女の腕の中には小さな包みがあった。エラは愛おしそうにその包みをあやすように上下させる。
ーーーあのね、私、結婚したの。子供も産まれたのよ。今、とっても幸せなの。
妖精の月の瞳をキラキラさせてエラが言う。幸せそうに微笑んで。
なんで。
ついそんな言葉が口から突いて出て、ハッとした時には遅かった。
エラは不快そうにじろりとアルフィーに睨んだ。
ーーーなんで?あなたが別れるって言ったくせに!
その剣幕にアルフィーがたじろいでいる間にエラはふん、とアルフィーから顔を背けて、隣りにいる男に行きましょう、と言った。
それっきり、彼女はアルフィーの方を振り返らずに男と歩いていってしまう。
年老いたアルフィーは弁明しようと追いかけたが、エラはどんどん歩いていってしまい、やがて見えなくなった。
残されたのは、何も持ってない年老いた自分だけ。
これでいいと思っていたはずなのに。
俺は………。
ふ、と目を開けると祖父の家だった。
「夢……」
それに僅かに安堵したが、そんな自分に苛立つ。
「……っはーーー……何なんだよ……ったく」
思わず拳を壁に打ち付ける。
ハンナに余計な事を話したせいだろうか。あんな夢を見るなんて。
ーーー会いたい。
両腕で顔を覆い、アルフィーは深い溜め息を吐いた。
今すぐ会いに行って、細い体を抱きしめて、ごめんと謝りたい。
らしくないと言われてもいい。何度でも口説くからずっと隣りにいて欲しい。
いっそ、向こうから来てくれたら一緒にいられる口実になるのに。
身勝手な事を一瞬で考えてしまって、自分を殴りつけたくなる。
「…起きよ…」
起き上がりながら、もう別れて一年以上経つから別の男がいる可能性だってあるのにと弱気にも思う。
あんなに素直で可愛らしいエラを他の男が放っておくとは思えない。
そんな気持ちを振り払い、持ってきた服を着て、アルフィーはキッチンへ向かった。
「おはよう、叔母さん」
「おはよう。朝ご飯、シリアルでもいい?」
「何でもいいよ」
そう答えてから、昨日の一件を叔母に伝えてないなと思い至る。
「そういえば叔母さん、あの近所の人の所にハンナを行かせるのやめなよ」
「ええ?あ、分かった。ハンナが何か言ったんでしょう?デリカシーが無いとか何とか…全く、田舎の人なんだから仕方ないのに。どうせ垢抜けたハンナを見て色気付いたなぁ程度の事を言われたんでしょ?」
心底困った娘だ、と思っている様子の叔母に少し呆れながら、アルフィーは口を開いた。
「都会に出ておしゃれになったなって言われるのと、ミニスカート履いて男を誘ってるって言われるのじゃ、全く意味が違うよ」
「え?」
「あとね、デリカシーが無いって事は人を気遣う事ができないって事だよ。あんな言葉を毎回言われてるんならハンナもオスカーも可哀想だ」
「え?ええ?でもね、その、….」
「ちなみに俺、今のでもだいぶ言葉を選んだから」
怒涛の言葉に戸惑っている叔母に眉を寄せ、渋面を作りながらアルフィーは更に口を開いた。
「何なら昨日の会話、再現しようか?」
結局叔母はアルフィーの魔法で再現された昨日の会話を聞いて、思うところがあったらしくハンナに謝りに行った。これでハンナやオスカーが不快な思いをしなくて済むだろう。
後日ハンナからはものすごく感謝された。
それから夏季休暇が終わるまでアルフィーは祖父の家にいた。
ストーナプトンの家に帰ると、また単調な日々が始まった。
ニュースでコブランフィールドのオータムフェスティバルが話題になった時は少し浮き足だったが、もちろんニュースにエラが映る事はない。
それに少しだけ落胆して、アルフィーの秋は過ぎていった。
いつの間にか冬になり、唐突にアルフィーはエラと一方的に再会した。
魔術研究所の二番目に新しい建物にあるデールの研究室。
「おい!アルフィー!アルフィー!」
終業時間になってしばらく、丁度研究成果のまとめができたので今日の仕事は終わりにして帰ろうとしていたアルフィーの所にバタバタとバッカスがやって来て、帰ろうとしていたアルフィーの首根っこをむんずと掴んだ。
「ちょっと来い!」
「は?……っうわ…」
引っ張られるままに慌てて足を動かすと、休憩所になっているスペースに連れて来られた。
休憩所にはベンチと水のサーバーと、そして天井近くにテレビが置いてあり、数人いる研究員達は思い思いに寛いでいる。
『魔石って、元はただの石なんですよ?それが魔法を使う為の道具になるっていうのが不思議で、魅力ですね』
聞いた事がある声が降ってきてアルフィーはハッとした。
思わず声のした方を見上げるとテレビがあって、画面には最愛の人が映っていた。
あの頃と何も変わっていない濡羽色の髪と妖精の月の瞳。どうやら魔石工房フランマが特集で組まれているようだ。
呆然としたのは一瞬で、すぐに人の目が気になったアルフィーは慌ててバッカスを振り払おうとした。
どこに目や耳があるか分からない。誰かにこんな所を見られたらーーーまたエラが。
過剰反応し過ぎだと言われるかもしれないが、実際、限られた人間しか知らないはずの旅行先でエラは襲われたのだ。だから油断できない。
バッカスの気遣いは嬉しいが、自分はエラに関心がある素振りを見せてはいけないのだ。
しかし、そんなアルフィーの心情を理解しているようにバッカスはがっしりとアルフィーの肩を組んで離さなかった。
「すっげー美人だろ?コブランフィールドにいるんだってさ。こんな美人がいるならカレッジにいた頃にもっと遊んでおくべきだったなー」
「………」
バッカスの機転にアルフィーは目を瞬かせた。
同時にこの友人に感謝した。
「………バッカスって案外惚れっぽいな」
「黙れ。別にいいだろ。俺だって彼女欲しいんだよ。そういえばこの前の貸し、返せよな。今度奢れ」
「いいよ。ありがとな」
適当に話を合わせて礼を言うとバッカスが満足そうにした。
テレビの中のエラは少し緊張している様子だが、生き生きと働いている。
その様子をもう少し見ていたい。
「天気予報はまだか?」
「まだじゃないか?」
天気予報を口実にテレビを見ていると、ルークとダスティンも映った。シンディは映らなかったが、フランマは以前と同じように経営しているらしい。
真剣に小さな水晶に向き合うエラを見て懐かしくなる。彼女の為に治癒魔法の教本を引っ張り出してきた思い出が懐かしい。
ーーー怪我をしてないといいな。
エラの姿を見るだけで気持ちが切なく優しくなる。
そうして特集を見ていて気がついた。エラはまだアルフィーがあげた魔石のネックレスを首に着けていた。
それにどうしようもなく胸が熱くなる。
必死に顔には出さないようにしていたのに、その事実だけはアルフィーの表情を変えるのに十分で、ポーカーフェイスを保てた自信がない。
やがて特集は終わり、天気予報になった。
一応天気予報を確認してからアルフィーはその場を離れた。
そして家に帰ったアルフィーは机の奥に仕舞い込んだ古いスマホを取り出した。
どこにも繋がっていないそれを充電して起動すれば、花束を持ってはにかんでいるエラが画面に出た。
何してるんだ、と自分でも思うが、やはり忘れられないし、そばにいて欲しいのは彼女だけだ。
きっと一生この失恋を引き摺って生きていくのだろう。
「……………エラ」
世界で一番愛おしい名前を呼んでも、それに応える声はない。
明日は短い幕間を3つ投稿します。時間は12時、17時、20時です。短過ぎなんですけど、単話で投稿したいので3話一気に投稿します。




