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終わらない恋 side AIfie 1

 アルフィーは夏期休暇を取ってコーリーの祖父の家に来ていた。

 祖父の家はラピス公国の最北端にある町にあり、冬になると雪深くなる為来る事が難しくなる。だから毎年夏は祖父に会いに行く事がアルフィーの過ごし方だった。

 でも冬には雪深くなるのに、夏は暑い。ストーナプトンやゴブランフィールドに比べたらマシだが、それでも暑いので、魔法が下手な祖父の為に魔石をプレゼントした。

 ーーーそれがエラとの出会いだったな。

 ふ、と当時を思い出したアルフィーは荷物を下ろした。

 何故そんな出会いを思い出したかと言うと、祖父がフランマで買った魔石を腕に付けて出迎えてくれたからだ。

「久しぶり、じいちゃん。元気?」

「おお、元気だぞ。アルフィーは研究員になったんだろ?今は何の研究をしてるんだ?」

「モザイク病って知ってる?あれを防ぐ魔法を考えてる」

「ほー!モザイク病か!」

 祖父はすぐに理解してあれこれ聞いてきた。さすが祖父だ。祖父は子供時代に戦争があったため学歴こそ大した事がないが、とても頭が良く、今でも難しい本を読んでいる。子供の頃は何でも知ってる祖父が自慢だった。

 一頻り祖父と話した後は、オスカーがカーレースのゲームを持ってやって来たので夕飯に呼ばれるまで一緒に遊んだ。

 それから祖父や叔母家族と夕食を食べてからシャワーを浴びたアルフィーは、客間に帰る途中で叔母とハンナが言い合っている声が聞こえた。

「いやよ。あたし、あのおじさん苦手なのに…」

「こら、ハンナ。子供の頃、散々お世話になったじゃない。お裾分けついでに顔出してあげて」

「え〜……」

「……どうかしたの?」

 気になってひょっこり顔を出すと、叔母とハンナが同時に振り向いた。叔母の手には袋に入った沢山の葡萄があった。

「葡萄を沢山もらったから、近所の人にお裾分けしようと思って。ハンナに頼んでた所よ」

「でももう夜だ」

 ハンナを援護するわけではないが、夏で日が長いのでまだ明るいが、時間的には夜だ。いくら田舎でもハンナ一人では危険ではないだろうか。

 しかし叔母は楽天的だった。

「大丈夫よ。すぐそこだから。ハンナ、頼んだわよ」

「ええー…もう」

 ハンナは諦めたように頷くと、家を出て行く。

「…本当にいいの?叔母さん」

「田舎だからねー。大丈夫よ」

 つい心配になって重ねて叔母に尋ねるが、叔母はあっけらかんとしたものだ。

 でもアルフィーは心配になって手早く髪を魔法で乾かすと、ハンナを追いかけた。

 大学生になったハンナは進学先で影響されたのか随分垢抜けたのだ。田舎は人が少ないが街頭も少ない。歳下の従妹が心配になるのも当たり前だ。

「ハンナ!」

「…アルフィー?」

 濃い金髪を揺らしてハンナが振り向く。

「どうしたの?」

「一緒に行くよ」

 そう言うとハンナは少しだけホッとしたように顔を緩ませた。

「そんなに苦手な人なのか?」

「デリカシーが無いのよ。悪い人ではないんだけど……苦手」

 憂鬱そうなハンナの言う通り、葡萄を持っていった人はデリカシーの欠片も無い人だった。

「なんだ、なんだ。ハンナ嬢ちゃんが来たと思ったら男連れかい?知らん間に大人になったなぁ。何人目の彼氏だい?まさか初?」

「従兄のお兄ちゃんです。これお裾分けってお母さんが」

「おお、ありがとう。何だ、彼氏かと思ったのに。まあでも、ハンナ嬢ちゃんもまだまだ子供って事だな!ははは!おじさん、安心したよ。そんな短いスカート履いて男を誘うもんじゃないからな!外で盛るんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。なんたって四十近くで張り切っちゃって、マチルダちゃん産んだメリッサの娘だからなぁ」

 少し離れて二人の会話を聞いていたアルフィーは頬が引き攣りそうになった。

 確かにデリカシーがないというか下品というか……レディファーストや騎士道精神をアルヴィンと一緒に叩き込まれて育ったアルフィーからすればとんでもない会話だ。

 ちらとハンナを見れば羞恥を我慢するような、怒りを抑えているような、なんとも悲惨な顔をしていて、さすがにハンナが可哀想になったアルフィーは無理矢理話話に割り込んだ。

「ハンナ、帰るよ。魔法学教えてやる約束だろ?」

「え?」

「何だ、従兄のお兄ちゃんと勉強か?悪い事の勉強じゃないだろうな?ん?」

「『魔法農業におけるエスポージトの法則』について教えるんですよ」

「エスポー……なんだって?」

「農作物とか園芸へ水魔法を転用する事で起きる害虫被害や魔法植物への悪影響について勉強するんですよ。では失礼します。ハンナ、行くよ」

 わざと理解が追いつかないよう早口で捲し立て、話しかけられる前にハンナを連れ出そうとアルフィーはさっさとハンナの背中を押した。

 ハンナもアルフィーの意図を察したのか大人しくされるがままになっている。

「……ありがと、助けてくれて」

 祖父の家が近づいて来た頃、ぽつりとハンナが呟いた。

「どういたしまして。次、あそこに行けって言われたらオスカーにでも代わってもらえ」

 落ち込んでいるハンナについそう告げると、ハンナは少し嗤った。

「だめよ、オスカーも苦手なの。……なんでお母さんがあの人気に入ってるのか本当に謎」

 おや、と思った。いつもアルフィーに甘えていたハンナだが、ちゃんと年長者らしく弟を庇っている。

「じゃあ俺から叔母さんに言っといてやるよ。ハンナからは言いにくいんだろ?」

「……うん」

 しょんぼり肩を落とす従妹を励まそうとアルフィーは散歩にハンナを誘った。

 何となく子供の頃に遊んだ場所を回り、昔話をしているうちにハンナの元気も戻ってきた。

「昔、この川で遊んだよな」

「懐かしいねー」

 小さめの川は浅く、流れも緩やかな方で子供が水浴びをするのにぴったりだったから、夏に遊びに来るとよく河岸で足を水に浸けて涼んだり、生き物を探したりした。

 そんな川にかかる橋をのんびりと渡る。

「おじいちゃんがよく生き物の名前教えてくれたわよね」

「そうだな。あの頃は植物とか魚とかどうやって見分けてるのか本当に不思議だった」

「アルフィー、ムキになって必死に名前と特徴覚えてたもんねぇ」

「悔しかったんだよ」

「あはは。あたしの彼氏も……あ」

 ハッとしたようにハンナが口を閉ざした。

 気を遣ってくれている事に気がついたが、アルフィーはそんな気遣いは無用だと知らせる為に話を続けた。

「彼氏いるのか?」

「う、うん……同じ大学の二つ上の先輩……。高山植物に詳しいの。登山好きなおじさんに負けたくなくて必死に覚えたって……」

 ちなみにハンナはサリヴァン女子大学ではなく別の大学に進学したから、周りに男がいてもなんら不思議はない。

「いい人か?」

「…い、いい人よ。背は低いけど、かっこいいの」

 薄明かりでも分かるほど顔を真っ赤にした従妹に、もうその感情を自分は味わう事はないのだと突きつけられて微かに胸が痛んだがアルフィーは穏やかに告げた。

「大事にしろよ」

「………………」

 何故かハンナが泣き出しそうな顔をした。

「……アルフィーはどうなのよ」

 絞り出すように聞いてきた従妹に淡々と「別に」と答える。

「誰とも付き合ってないよ。もう恋愛は懲り懲りだ」

「………嘘よ」

「本当だって」

「嘘よ!嘘つきなアルフィーなんて嫌い!」

「ハンナ」

「だってそうじゃない!エラさんと別れてから、アルフィー変だもの!」

「………」

「それに!別れたって言う割には、ずっとそのピアスを大切にしてるじゃない!魔石だから?だったら、今あたしが別のピアス用意したら着けてくれるの?そんなわけないでしょ!?」

 感情的に叫ぶハンナにアルフィーは困って溜め息をついた。

 あまりエラの名前を出して欲しく無い。

 それは彼女を危険に晒さない為に必要な事。

 仕方なくアルフィーは指を動かして防音の魔法を使った。

 感情が昂り過ぎて青い瞳に涙を溜めている従妹からアルフィーは視線を外して上に向けた。

 いつの間にかすっかり暮れて、夜闇と共に妖精の月が空にある。

 ーーーエラの髪と瞳の色だ。

 この世で一番アルフィーが恋しく想う色だ。

「誰にも言うなよ、ハンナ」

「…何よ」

「………今でもエラの事が好きだよ、俺は」

 はく、とハンナが息を止めた気配がしたが、アルフィーはぽつぽつと心情を言葉にした。

「でも…俺のせいでエラは死にかけた。きっと体に傷も残ってる。もう、俺のせいで命の危険に晒すのは御免だ」

「……そんな……」

「……どこかで笑っててくれたらそれでいいよ」

「っ……で、も!それで、エラさんが他の人と付き合ってもいいの!?」

 その言葉はアルフィーの心を酷く抉った。

 ーーー本当は、他の誰にもエラを渡したくなんてなかった。

 あの信頼しきった顔を、へにゃりと気の抜けた笑顔を他の男に向けたと考えるだけで虫唾が走る。

 あの神秘的な黒髪に、柔らかな体に他の男が触ると想像するだけで嫉妬に駆られてどうにかなりそうだ。

 あの温かな恋情を自分以外の男に向けられたら、生きる気力を失くしてしまう。

 それでも。

「………………仕方ないだろ」

「……アルフィー…」

「……諦めるのには慣れてる」

 こんな生まれでなければと何度思ったことか。

 いつまでも是正されない王室典範と法律の齟齬に何度ほぞを噛んだことか。

 幼馴染も友達も離れ、不用意な事をすれば母や祖父が悪く書き立てられ、犯罪者には命を狙われ、王室の弱みを握りたい連中には付き纏われ。

 本当はやりたい事が沢山あった。

 友達と門限を破って遊ぶとか、周りを気にせず呑んで騒ぐとか、賑やかなパーティーに参加するとか、周りの人が当たり前にやっている事をやってみたかった。

 でもできなかった。不用意な事をすればどうなるかはアルフィーが一番よく知っていた。だから諦めた。

 今回も同じだ。

「………諦めるしか、ないんだよ……」

 例え自分の心が死んでも、たった一人が守れたらそれでいい。

「…誰にも言うなよ、ハンナ」

「………でも…」

「俺が今でもエラが好きだとバレたら、またエラが狙われる。……頼むよ。もう二度と、目の前でエラが撃たれるなんて事態を招きたく無いんだ」

 ハンナはまだ何か言いたそうにしていたが、結局は口を噤んだ。

 それでいい。

 エラが元気に笑っていられるならそれでいい。

 そこに自分がいなくても。他の誰かがいたとしても。

 血を噴き出す自分の心を無視して、アルフィーはハンナを伴って祖父の家に帰った。





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