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魔石工房フランマ 8

「うーん…」

 エラは下宿をしている小さな部屋でスマホと向き合っていた。部屋のテレビはテロ組織の幹部が捕まったとか、どこかでひき逃げがあったとかニュースを垂れ流しているが、エラは聞いていない。

「うううう……んーー……」

 黒髪に片手を手を埋め、ぐしゃぐしゃと混ぜる。ボサボサになってしまったが今のエラはそんな事に気を回す余裕はない。自分の部屋だからそもそも身なりを気にしてない。

「でもなー……ううう……」

 ひたすら唸る事五分。

「…でも分かんないし…もういいや!えい!!」

 ポチ、っとエラはスマホの『送信』ボタンを押した。

 こういう事は勢いが大事!!




 ピロン、とアルフィーのスマホが鳴った。

 レポートを書いていた手を止めて、アルフィーはスマホを手を伸ばす。画面にはエラの名前が表示されており、彼女からのメッセージが写真付きで送られてきていた。

 写真はどう見てもアルフィーが貸した古代文字の本で、メッセージにはアルフィーの暇を確かめ、気遣う一文の後に分からない箇所が書かれている。

 エラがつまづいているポイントは初歩の所で、レポートの息抜きには丁度いい。

「えーっと……それは……」

 アルフィーはスス、と指を動かしてエラに返信する。楽しい。知らない間に頬が緩む。

 長い説明文を打ってから送信したが、これは電話の方が早かったかなと反省する。まあいいや。




 エラからたびたびメッセージが届くようになった。

 内容は勿論、色気も何もない、古代文字についてだ。エラの質問に答えるのはアルフィーにもいい復習になっている。

「何をそんなに長文を送ってるの?」

「古代文字の説明」

「へー懐かしい。………じゃなくて何で古代文字?」

「エラが魔法陣の勉強したいんだってさ」

「魔法陣なら古代文字は必須だけど、だからって何でそんな…もう少し青春しようよ…」

「してんだろ、勉強(青春)

「俺の求めてる恋愛(青春)と違う…」

 たまたまリビングでメッセージを打っており、そのやり取りを見たマテウスには呆れられた。

 どうやらマテウスは珍しく女の子と繋がっているアルフィーに甘酸っぱいモノを求めているらしいが、マテウスに一言言いたい。人の心配してないで自分の心配しろ。三十歳独身のくせに。

 そして本を貸してひと月ほど経った頃。

「夜勤の日に?」

『そう。その日休みでしょ?空いてない?予定ある?』

 エラから初めて電話がかかってきた。

 でもやはりマテウスが望むような甘いものではなく、古代文字を教えて欲しいという極めて真面目なものだ。

 アルフィーは頭の中で考えるが、特に午後の予定は何もない。

「何にも予定はないけど」

『じゃあ教えてくれない?夕方の十七時には店にいるから、アルフィーのいい時間に』

「いいよ。でも俺も課題やってもいい?」

『勿論。あ、夕飯は買ってくるか食べてくるかしてね。簡易キッチンしかないから。冷蔵庫はあるわ』

「りょーかい」

 きちんとお互いに挨拶をしてから電話を切る。

 次の休日は夕方からエラと勉強、と頭に入れながら、パタパタと手で顔を扇いでいた事に気がついた。もう夏だ。少し暑い。

「少し魔法使うか。……《最果ての空、最果ての地、この世の果て、全ては冬への道筋》」

 呪文を唱えれば、肌を包む空気が冷たくなる。冷たくなるといっても快適な温度だ。アルフィーにとってこのくらいの魔法は造作も無い。呪文を短くする詠唱短縮や唱えない詠唱破棄もアルフィーは少しはできる。

 けれど一般的にはこの魔法は難しいとされている。範囲や温度を上手く調整しなければならないから、極寒にしてしまう人もいるし、範囲を広げすぎたり、逆に狭くしすぎたりする人もいる。毎年、夏に何件かはこの魔法に失敗したニュースが流れるほどで、ほとんどの人は魔石を頼りにしているだろう。

「すごいよなぁ、魔石」

 魔力を込めただけでこの魔法が適切に発動するのだ。ちょっと自分でも作ってみたい。それほどまでに興味がでてきたのだ。

 当分はフランマに通う事になりそうだとアルフィーは思った。




 コチコチ規則正しく鳴る時計、たまに窓の外から聞こえてくる陽気な笑い声、柔らかい色の灯り。

 そんな静かな部屋の中でカリカリ、カタカタと二種類の音が響く。一方はエラがペンをノートに走らせる音で、もう一つはアルフィーがノートパソコンを叩いている音だ。

 今日は例の勉強会だ。書斎に二人で閉じこもってそれぞれ勉強をしている。もう何度かアルフィーはエラの躓いている所を教えていた。

「…えーっと……あれ?」

「どうかしたー?」

「これ、どう言う事かなーって」

「どれ?」

「これ。この文字の意味って積極的じゃなかった?だから前後の意味が通らなくって……」

「それ、軍神って意味もあるよ」

「ええ?」

「そうしたら意味通るでしょ?ちなみに、今エラが苦戦してる例文、有名な魔法陣の一文だから」

「嘘!?」

 びっくりしているエラに思わずアルフィーは笑ってしまう。アルフィーが以前言った、魔法陣には古代文字が必須の意味が今よく分かっただろう。

 再び唸ってペンを走らせ始めたエラから視線を外し、ソファーに戻ってノートパソコンを見る。エラと違い、もう少しで課題は終わりそうだ。

 キーボードに手を伸ばすと、今回もルークに付けられた魔石のブレスレットが目に入った。

 今回はエラがルークに話をつけてここに入れてもらったが、ルークはアルフィーを警戒しているのか「本は好きにすればいいが、エラに手は出すなよ」と帰る前に釘を刺して、このブレスレットを付けていった。エラは師匠に大事にされているんだろう。

 しばらく二人はお互いに課題に向き合い集中した。コチコチと時計の音だけが部屋に響く。

「解けたーー!」

 突然エラが叫び、アルフィーは驚いて肩を跳ねさせた。エラはそんなアルフィーに気が付かず、両の拳を天に突き上げている。

「これ、炎の蔦と玉で攻撃する魔法陣にある文章ね!」

「え、うん」

「はー、やっと分かったわ。うわー達成感がすごい!」

 ご機嫌にはしゃぐエラにアルフィーはしばらく面食らっていたが、例文を解けたという事が分かると声をたてて笑ってしまった。

 するとそれまで笑っていたエラが恥ずかしそうに頬を染めて、ぷく、と片方だけ頬を膨らませた。

「何よ、おかしい?私にとってはすごく頑張ったんだから」

「いや、馬鹿にしたわけじゃないよ。解けたんだなぁって」

「本当に〜?絶対馬鹿にしてるでしょ」

「してないしてない」

 ついアルフィーが笑ってしまったのは、子供のようにはしゃぐエラを初めて見たからだ。

 エラはそんなアルフィーをジト目でしばらく睨んでから視線を本に戻した。どうせ頭は良くないわよ。そりゃあ相手は国内トップの大学にいるんだし、比べるべくもないけど!

 悔しい気持ちを全面に出して勉強に戻るエラに、本当に馬鹿にしてないって、とアルフィーが困ったように言う。じゃあ何で笑うのよ。

「機嫌直してよ、エラ」

「……………」

「エラ?」

「…………なによ」

 揶揄われたようでムカつくが、苦手な古代文字教えてもらおうと呼んだのは自分だし、無視なんて大人気ないので大分間を置いてエラは返事をした。

 そんなエラにアルフィーが苦笑いの顔で嘆息する。認めたくないが、たぶんエラよりアルフィーの方が精神的に大人だ。それもまた悔しい。

 む、と唇を尖らせたままふと時計を見れば、もう日付が変わるのも間近だった。

「アルフィー、帰らなくていいの?」

「ん?…あ、もうこんな時間か。課題終わらせたかったんだけどな」

 時計を見てパタン、とノートパソコンを閉じてしまうアルフィーの言葉を聞いて、エラは驚いたように目を見開いた。

「終わらないの?」

「ほぼ終わってるんだけど、こう最後がどうも……マテウスに聞くか……」

 ぼそりと呟かれた名前に、エラは聞いた事があるなと頭の中で検索する。……ああそうだ。アルフィーのお父さんの部下って言ってたかな。家政婦がいるようなお坊ちゃまなんだから、きっとアルフィーの父親もその部下もできる人なのだろう。

「お父さんって何してる人なの?」

 何気なく聞いた。

「国家公務員。魔法省に勤めてるよ」

「……うわぁ…」

 思わず引いてしまった。

「うわぁって」

「あ、ごめん」

 眉を寄せるアルフィーに、顔に出して引いた事を慌てて謝る。そりゃ家族の事を話して引かれたら嫌だろう。

「馬鹿にしたわけじゃないのよ。家政婦さんがいるくらいだし、アルフィーも頭いいから、こう、ご両親も凄い人なんだろうなとは思ってたけど、予想の遥か上を行ったから…」

 という事はマテウスという人も魔法省に勤めている事になる。下手をすれば母親だってどこかの国家公務員かもしれない。

 わーすごい。何がすごいのか分からないが、とにかくすごい。

「私、グリーンウィッチって田舎からコブランに来たのよ。周りなんて農家ばっかりで、国に関わる人なんて役所の人くらいしかいなかったから、何だか衝撃だわ」

「魔法省に勤めてるだけだよ。別に大した事ない」

 興奮するエラに対してアルフィーは淡々としていた。生まれた時からそうなんだから、彼の認識はそうなのだろう。


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