病院 2
レンタカーは父が取りに行ってくれ、アルフィーはエラの両親に彼女の荷物を返した。
エラは二、三日は集中治療室で家族以外は会えないと言われたので、名残惜しく思いながらもアルフィーは家に帰った。
家に帰ってくると、アルフィーは自室に閉じこもった。自責の念でどうにかなってしまいそうだった。
旅行の片付けすらせず、ふらふらとベッドに寝転がり、顔を覆う。
やはりあの時、エラと別れておくべきだったのだ。
楽観し過ぎた。エラが狙われる可能性はほとんどないと。
万が一でも可能性があるなら、別れるべきだったのだ。
自分の気持ちを優先して、エラの安全を軽視した。
それが今の結果だ。
「ーーー俺のせいだ……」
エラが撃たれたのは、間違いなく自分のせいだ。
滲みそうになる涙を必死に堪えるが、制御が効かずに少しだけ涙が零れ落ちた。
深呼吸をして涙を落ち着ける。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
アルフィーは返事をして体を起こすと、乱暴に目元を擦った。入ってきたのはマテウスだった。
「…仕事中だろ?」
「さっき終わったよ」
終わったと言われて時計を見れば、確かに護衛官達の交代の時間だった。
「大丈夫?」
遠慮なく部屋に入ってきたマテウスはアルフィーの勉強机に付いている椅子に腰掛けた。
一人っ子のアルフィーにとって、丁度十歳年上のマテウスは魔法の第二の師匠であり、頼れる兄のような存在だ。母にも父にも言えない事を吐露してきた。血は繋がっていなくても、身近で相談しやすい兄貴分。
今までだって何度も相談してきた。反抗期の頃なんか特に。
マテウスがいたからアルフィーはグレずにいられた。
「……韜晦の魔法も…防御の魔法も使ってなかったんだ」
「うん」
「俺が魔法使ってれば……少しは違ったと思うか?」
つい弱音を吐くと、マテウスは軽くアルフィーの肩を叩いた。
「思わないなぁ。俺だったらアルフィーの魔法は破れるからさ」
「……マテウスならな」
「韜晦の魔法も、防御の魔法も、ちょっとやそっとじゃやられないように教えたけど、絶対じゃないでしょう。相手がアルフィーより上手なら意味がない。…あまり気に病むんじゃないよ」
「…………でもエラが巻き込まれたのは確実なんだ…」
マテウスが無言でくしゃりとアルフィーの頭を撫でた。
あの時、エラが立ち上がったから撃たれたのだとマテウスも知っている。エラが立ち上がらなければ、アルフィーと一緒に行動していなければ、彼女は撃たれる事はなかった。
「でも、アルフィーが止血したからエラちゃんは助かったんだよ」
「………うん」
それも事実ではある。アルフィーが咄嗟に魔法で止血したからエラは失血死せずに済んだらしい。病院で最初に対応した医師が驚いていた。
でもそもそも一緒にいなければ……思考の無限ループである。
黙り込んでしまったアルフィーの思考を察して、マテウスは重たそうに腰を上げた。
「話ならいくらでも聞いてあげるから、あんまり思い詰めるんじゃないよ」
それだけ言い残してマテウスが部屋を出て行く。
結局、母が遠慮がちに夕食を呼びにくるまでアルフィーは薄暗い部屋で自己嫌悪に陥っていた。
エラが撃たれてから三日が経った。
アルフィーは勉強に手もつけず、警察の事情聴取に応じる以外は家に閉じこもっていた。
幸い旅行の為に勉強を頑張り過ぎた為卒論も終わり、必要な単位は取り終わっていたので大学に行く必要もない。
アルフィーの落ち込みを心配したのか、母も無理矢理公務を休んでいるし、話を聞いたアルヴィンやダイアナから電話もあったが、アルフィーはあらゆる気力を失くしていた。
「アップルパイ作ったけど食べない?」
部屋でぼんやりしていると母がそう聞いてきた。
正直言うと食べたいとは思わなかった。
でも食べると言わなければ母を心配させてしまう。
「……食べるよ」
そう言えば母が僅かにホッとした顔をする。
一緒に食べましょう、と母が誘ってきたのでとりあえず頷き、一緒にダイニングに降りる。
テーブルに着くと母がアップルパイを切り分けて持ってきてくれたが、手をつける前にスマホが鳴った。
表示された名前がエラだったので、アルフィーは慌てて通話ボタンを押した。
「っ、もしもし?」
『もしもし…あの、アルフィーさん?私、レーナです』
聞こえてきたのはエラではなく、レーナの声だった。
『ごめんなさい。お姉ちゃんのスマホ使って……』
「それは全然…どうかした?」
まさかエラに何かあったのかと焦りながら尋ねると、レーナはコソコソした様子で話を続けた。
『お姉ちゃん、今日、集中治療室から普通の病室に移ったの。だからアルフィーさんも会えるわ……えっと、それだけ、なんだけど……』
それでわざわざ電話をくれたのか。
集中治療室を出たならきっともう大丈夫なのだろう。
でも。
「…俺は会いに行ってもいいのかな」
エラが入院した原因は間違いなくアルフィーのせいなのに。
しかしアルフィーの躊躇いを電話口でレーナは一蹴した。
『それはもちろん…!お姉ちゃんも会いたいって……だから私が代わりに電話してて……でも、その……お母さんが……』
お母さん?
『えっと…あ、やば!あの、とにかく、お姉ちゃんは会いたがってます!お母さんが変な事言うかもしれないけど、お父さんいるし!それじゃあ!」
慌てた様子で言いたい事だけ言って電話が切られる。
電話を耳から話すと、母がおずおずと「エラちゃんに何かあったの?」と聞いてきた。
今聞いた事をそのまま話すと、母はアップルパイを仕舞い始めた。
「母さん?」
「病院に行きましょう。母さんも一緒に行くわ」
「…でもエラのお母さんは…あまり俺に来て欲しくなさそうだけど…」
「自分の子供が訳の分からない事件に巻き込まれればパニックにもなるわよ。アルフィーは何も悪くないんだから、ガールフレンドのお見舞いくらい普通に行きましょ。あと母さんの顔があると便利よー?みんな勝手に遠慮するから」
最後の一言は戯けて言う母に、少しだけ笑う。そりゃあ王女相手に不遜に出るような輩はなかなかいないだろう。
アルフィーは急かす母と一緒に家を出て、マテウスと護衛官二名を連れて病院に向かった。
たぶん、自分一人で行くと言っても母は付いてくるだろう。
何故なら今回の襲撃犯が何者なのか分かっていないのだ。
アルフィーを狙った事から軍は王家を狙うテロ組織を片っ端から調べているが、まだ尻尾が掴めない。警察の方も同じく。
だから護衛が付かないアルフィーが再び狙われないように、母が付いてくる事で間接的にアルフィーに護衛を付けようとしているのだろう。
お見舞いに大所帯なのは気が引けるが、今回ばかりはケチを付けるわけにもいかない。
もし一人で行動してエラに何かあったらーーーそう考えたら、とても一人でお見舞いに行く気にはなれなかった。
アルフィーは自分が考えているより、ずっと心を疲弊させていた。




