旅行 4
一日中パークで遊んでから二人はホテルに向かった。
オフィシャルホテルやあまり高いホテルには泊まれなくて、名前はホテルだがどちらかというとインやモーテルに近い宿泊施設で、夕飯は適当に近くのレストランで食べてホテルに戻った。
アルフィーがソファーに座ってテレビでニュースを見始めたので、エラも昼間の汗を流そうと一言断ってからシャワーに向かう。
シャワーを浴び、すっきりして戻ってくると、アルフィーはまだニュースを見ていた。
「何か面白いニュースある?」
「特には。でも近いうちに増税が本格的に決まりそうだな」
「げぇ……」
まだ濡れている頭を拭きながら思わず呻く。増税は仕方ないのかもしれないけれど勘弁して欲しい。
ふ、とアルフィーがエラに目を留めた。
じっと見つめてくるので、エラは瞳を瞬いた。
「…え、何」
「髪、俺が乾かしてもいい?」
「………は?」
意外な申し出に目が点になる。
「魔法で乾かすだけだよ。すぐ終わる」
ほら、とエラが許可を出す前にアルフィーがエラの後ろにやってきて、エラをベッドの端に座らせた。
まあいいか。魔法で乾かしてもらうのも興味がある。
それにしてもーーー…
「アルフィーって、私の髪、好きよね」
「バレた?」
アルフィーがくすくすと笑う。
「ここまで真っ黒な髪、エラ以外に見た事ない。だから夜の妖精なんじゃないかって馬鹿げた事思ったんだけどさ。ヒーズル国の辺りは結構いるらしいけど」
エラの髪を手櫛で梳くので、アルフィーの指先が首筋に当たって、思わず首を竦めたくなるが、何とか我慢する。
「濡れてるとますます真っ黒だね。雨の日の鴉みたい」
雨の日の鴉って……それ褒め言葉なの?
微妙なエラの心情に気付かず、アルフィーはエラの髪を手櫛でまとめた。
「乾かすよ。熱かったら言って」
ふわ、と温かい空気が頭を包んだ。
「熱くない?」
「ん、気持ちいい」
温かい空気が本当に気持ちよくて、エラはうっとりと身を任せた。
「はい、終わり」
「ええっ!?もう終わりなの?」
なのにあっという間に終わってしまった。早すぎる。
その不満が顔に出たのか、アルフィーがおかしそうに笑う。
「またやってあげるよ」
「あ!じゃああれやって欲しい。髪の色変えるやつ」
急に思い出してエラはアルフィーを振り返った。
「前に金髪にしてくれたでしょう?私、見れなかったもの。見たい」
「……エラは黒髪のままがいい」
「見たいだけだってば」
何故か渋るアルフィーに頼むと、仕方なさそうに魔法を使ってくれた。
黒髪が一瞬で金髪になるのは見えなかったが、できたよ、と言われてエラは洗面所に向かった。
洗面所に設置されている鏡を覗くと、金髪になった自分が覗き込んでいた。
「わあ…私じゃないみたい」
重たい印象を持たせやすい黒髪と違い、金髪はふわふわと軽い印象にしてくれ、幾らか可愛らしくなった気がする。
「もう戻してもいい?」
「えー、もう?」
思わず文句垂れると、渋そうな顔のアルフィーがますます顔を顰めた。
あまりに嫌そうな顔をするのでエラは少し眦を下げた。
「…金髪、そんなに似合わない?」
「あ…いや……」
はっとしてからアルフィーはバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「………色合いが……その……」
「何?」
色合い?
「……母さんと一緒だから……嫌なんだ………」
「ええ?」
プリンセス・エイブリーと?
確かにプリンセス・エイブリーはエラやアルフィーと同じ妖精の月の瞳を持っていて金髪だけど。
「全然顔違うし、金髪に妖精の月の瞳なんてこの国には何人もいるでしょうが」
「……いや、ほんとそうなんだけど……ダメ。やだ。折角エラは綺麗な黒髪なんだから」
パチン、と指を鳴らして金髪が黒髪に戻される。残念。もう少し見ていたかった。
「何でお母さんと一緒だと嫌なのよ」
エラは自分の黒髪を一房指先で弄んだ。
生まれた時から真っ黒な髪。光に当たると青く光るこの髪を染めなかったのは、黒過ぎて色が入りにくいと言われたからで、そのままずっと染めずに来たので今更染めようとも思わない。何よりアルフィーが気に入っているようだし。
なので金髪になりたいわけではないが、ここまでアルフィーが拒絶するのを見ると単純に気になる。
アルフィーが珍しくぶすくれてエラから視線を逸らした。
「……自分がマザコンみたいに見えて嫌だ」
マザコン?
エラはまた目を瞬いた。
そういえばアップルパイが好きだと素直に言えない理由もマザコンだと揶揄われたからだと聞いた。マザコンと言われる事に過剰反応し過ぎな気がする。ちょっとしたトラウマにでもなっているのかもしれない。
「……何笑ってるんだよ」
「ふ……ふふ…ごめ……だって可愛い……」
別に気にしないのに。
アルフィーが両親を尊敬し、大切にしている事は知っている。でも別にマザコンって事は無いし、エラに母親を求めてくる事も勿論無い。だからエラはこれっぽっちも気にしないのに、アルフィーは気にするようだ。
いつも思慮深く冷静なアルフィーにも子供っぽい一面があるのだと知り、どうしてだか笑ってしまう。
今度はエラがくすくす笑っていると、むすっとしたアルフィーがエラを背後から抱きしめた。
「笑いすぎ」
「だって……ふふ」
「まだ笑うか」
「きゃーーっ!やめっ、あはははっ!お腹弱いんだってば!」
どうやら不服だったらしいアルフィーに脇腹をくすぐられた。
身を捩ってくすぐり攻撃から逃れると、アルフィーに追いかけられてベッドの上に押し倒される。
そしてまたくすぐられた。
「ちょっ!や、きゃ、あははははっ」
「お仕置き」
「わか、わかったからぁ!くすぐんないでよー!」
『次のニュースです。また“緑眼ハンター”が現れ五人目の被害者が出ました。妖精の月の瞳を持つ方、見方によってはそう見える瞳をお持ちの方はお気をつけ下さい』
ベッドの上で戯れていると、付けっ放しにされていたニュースが妙な事を言った。
二人とも妖精に月の瞳をもっているので、思わず手を止めてニュースを見る。
「緑眼ハンター?何それ」
「さあ…?」
エラの上からアルフィーがどき、ベッドに座ってニュースを注視し、エラも体を起こしてニュースを見た。
どうやら“緑眼ハンター”とはこの辺りで出没する殺人鬼らしい。
何故か狙うのは緑の瞳を持つ人ばかりで、被害者は目をくり抜かれて遺棄されているようだ。
一人だけ目をくり抜かれなかった被害者もいるらしいが、その人はレーナのように光の加減で緑にも見える瞳だったらしく、どうやら妖精の月の瞳を狙っているらしいというのが警察の見解らしい。警察からは緑の眼を持つ人、あるいは実際は緑でなくても緑に見える事がある人達は一人で行動しないよう注意喚起されてる。
「ええ…何それ…怖……」
目玉をくり抜かれるって尋常じゃない。
「ふぅん、被害がこの辺りだけなのか…」
連続殺人鬼だが、被害がこの辺りだけなのでゴブランフィールドやストーナプトンではニュースにならない地方ニュースであるようだ。
アルフィーは冷静にニュースを見てスマホを取りだすと、何やら地図アプリで調べ始めた。
「どうする?エラ」
「どうするって何が?」
「今の緑眼ハンターの事件。俺たち二人とも妖精の月の瞳だし、怖いなら帰る?」
「ええ!?」
唐突に旅行を中止しようと言い出したアルフィーに、エラは思いっきり不満な声をあげた。
「な、何で…?明日もパークに行くんじゃないの?」
「微妙にニュースで言ってた遺棄現場がパークに近いから」
「いくら私達が妖精の月の瞳だからって、そんなピンポイントで狙われないでしょ!?」
「殺されてる人達、全員がそう思ってたと思うよ」
「うぐ……」
それは確かにそうだけど!
「…パークで遊びたい………」
「………………」
万が一の危険より、目の前の欲に勝てずに小さな声で呟く。
だってずっと、アルフィーに提案された時から楽しみにしていて、やっと来られたのに。
でもアルフィーが言うのなら言う事を聞いた方がいいだろうか。危険に敏感な彼が言うのだから。
しょんぼりと肩を落としてベッドの上で座り込んでいると、アルフィーに抱き寄せられた。宥めるように髪を撫でられる。
……やっぱり駄目なんだ。
折角楽しみにしていたのに。
ちょっと泣きそうになっていると、ぐっと体重がかけられて、エラはアルフィーと一緒に背中からベッドに倒れ込んだ。
されるがままになっていると、アルフィーの肩が震えている事に気がついた。
「アルフィー…?」
「ごめん、エラ。冗談」
「冗談?」
「帰ったりしないよ」
「…………え?」
冗談の意味を悟り、エラはカッとなった。
「タチが悪い!!」
「ごめん、こんな真に受けるとは思わなくて…」
アルフィーが喉の奥の方で笑いながら謝るが、エラはぶすっとした顔を崩さなかった。
「ひどい」
「ごめんって。ちょっと意地悪したくなっただけ」
こつ、と額が合わさる。
「今回の旅行、だいぶ浮かれてるなぁ俺」
「全然そんな風に見えないけど?」
「浮かれてるよ。あ、さっきの遺棄現場がパークの近くなのは本当だけど、ホテルとは反対方向の地元民がいるエリアだからたぶん大丈夫だよ。まあ一応気をつけて行動しよう。夜、一人で外に出ないでね」
「出ないわよ」
旅行中だから一人で行動する事もないだろうし、土地勘もないから一人で出歩く事もない。
アルフィーが体を起こしてシャワーに向かったので、エラはベッドに横になったままパークのパンフレットを広げた。今日乗れなかったアトラクションをできるだけ効率良く明日乗る為だ。
もう緑眼ハンターの事なんてどうでもよかった。




