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旅行 3

 何の因果だろう。

 エラははあ、と溜め息をついた。

 いくつかアトラクションに乗り、お昼ご飯を食べて、エラはアルフィーと新たなアトラクションに並んでいた。

 並んだのはダークファンタジーもので、エラはこの映画を見た事がある。ホラーではないけれど、スリラー色が強いと言えばいいのか…少し怖い描写もある映画で、映画が出てされた当初は怖くてすぐに観に行けなかった。でも話題性も高く、どうしても観たかったからエラが怖がりである事を承知している友達に頼んで一緒に映画館に行って、びくびくしながら観た思い出がある。

 観てみたらとても作り込まれた映画で、エラは怖がりながらも出来栄えに感動し、結局何度も見返して最初の怖さなどどこかへ行ってしまった。

 あらすじは中世の世界で主人公の住む町に突如として女神が降臨する。女神は『この町に邪神が住んでいる。邪神は人間に擬態しているからそれを見つけ出して倒せ』とお告げをして消え、神官達がその調査に乗り出し、主人公が怪しいと言い出した。主人公は身を潔白を訴えたが聞き入れてもらえずに投獄され、いずれ処刑される事が決定した。そんな中、恋人だけが主人公の無実を信じて奔走し、諦めかけていた主人公も牢獄から知恵を絞って無実を証明しようとする。そんな中で邪神の配下という恐ろしい見た目のモンスターが主人公の前に現れ、自分達は邪神ではなく遠い昔に主人公達が住む町で信じられていた古の神で、もう人間に忘れられた神だと言う。女神は自然のままに朽ちようとしている自分達が邪魔で邪神として殺そうとしているのだと訴え、巻き込まれた主人公を助けると約束する。主人公は女神の配下であるモンスターに騙されたり、襲われたりしながら、恋人や邪神と蔑まれた古代の神と力を合わせて身の潔白を証明し、その後に古代の神を女神から逃す物語だ。

 で、今並んでいのがそれがモチーフになったアトラクションである。三人掛けの椅子が外向きに二つ並べられた半円形のライドに乗り、映画の世界を回る。このアトラクションは“トレーラーパーク”の名前を意識して、映画の前日譚を表現しているらしく、これに乗るともう一度あの映画を観ようという気になるらしい。

 エラはこれを楽しみにしていた。映画友達のデイヴがこれは絶対に乗れ、と言っていたほどで本当に楽しみにしていた。

 なのに。

「……最悪…」

 ぼそ、と気落ちして呟くには理由がある。

「え〜怖いからやだよぉ〜」

 まさかの二回目の邂逅、ヘビのアトラクションで妙に甘えた声を出す女の子があろう事かエラ達の後ろに並んだのだ。

「別にやめてもいいけど…」

「え〜?だって乗りたいんでしょ〜?あたしも付き合う〜」

 やっぱりあの女の子は騒がしいし、白々しい。本当に黙って欲しい。もしあの子と一緒にアトラクションに乗る羽目になったら最悪だ。

 列を並び直そうかとも思ったが、アルフィーに悪いし、こんな奴の為に列をもう一度並ぶのも微妙だ。

 女の子の猫撫で声が鬱陶しくて、エラは段々無口になっていく。アルフィーも後ろが不愉快なのか背中の鞄を開けて何かを探し始めた。スマホでも探しているのだろうか。

 はあ、とまた溜め息をついて周りに意識を向けるが、まだアトラクションの順番は回ってこない。後ろからは忌まわしい声が彼氏に甘えている。

 苦行だわ……。

「エラ」

「何………え?」

 呼ばれて振り返ったエラの目の前に、二つで一つになる黒猫と指輪のストラップが差し出された。

 黒猫は有名な映画のマスコットキャラクターでエラも好きなキャラクターだ。主人公の前に時折現れては不可解なヒントを残して消える黒猫は不思議な魅力があり好きな人は多い。

 アルフィーが差し出したストラップはその黒猫と、その映画でキーとなる指輪で出来ていて、黒猫の尻尾と指輪の周りの蔦模様を合わせるとハートになるものだ。

「片方あげる」

「え?…え!?いつ買ったの!?」

「さっきエラがお手洗いに行ってる隙に」

 差し出されたストラップを戸惑いながら受け取るとアルフィーが少し頬を赤くした。

「お揃いだし、エラは猫好きだしいいかなって……嫌?」

 珍しく照れているアルフィーに、思わずエラも頬が赤くなる。

「ア、アルフィーはお揃いとか興味ないと思ってた…」

「……俺も柄にも無い事したなって思ってる」

 少しバツが悪そうにアルフィーがエラから視線を逸らす。

 エラは手元のストラップに視線を落とした。

 可愛い猫のストラップと、綺麗な指輪のストラップ。柄にも無いとか思いつつもお揃いを買ってくれた事が嬉しい。

 エラは頬が緩むのを抑えられなかった。

「猫の方貰ってもいい?」

「いいよ。元々そのつもりだったし」

「ありがとう。嬉しい」

 列が前に進んだので、歩きながらストラップの封を開けて中から猫のストラップを取り出すと、残りはアルフィーに返す。

 どこに付けるか迷っているとアルフィーが鞄にしようと提案し、エラも頷いた。

 一見すると別のストラップだが、実は二つで一つのストラップだと思うと嬉しくて、エラはへにゃりと微笑み、アルフィーも照れ臭そうに笑った。

 後ろの甘えた声はもうどうでもよくなっていた。





 エラの雰囲気が楽しそうなものに戻ってアルフィーは心底ホッとした。

 楽しんで欲しいのに、後ろの女のせいでエラの機嫌が悪くなるのは勘弁願いたい。ただでさえ、この旅行は半年延期したもので、エラは文句も言わずに待っていてくれたのだ。

 だから彼女を喜ばせたいし、この旅行は楽しく過ごして欲しい。

 ストラップはゆっくり休憩でもした時に渡そうと思っていたが、エラの機嫌が急降下していったので笑ってほしくて予定を変えた。嬉しそうにしてくれて本当によかった。

 やっとアトラクションの乗り場が見えてきたので、さっと足場を確認する。ライドはずっと横に動いていくが、エラは動きやすいようスニーカーだし、先に乗せても大丈夫そうだ。先に乗れば半円型のライドの端に座るので、もし一緒にライドに乗る別組が後ろのカップルでもエラからは見えなくなるだろう。

 順番が回ってくると一緒に乗るのは後ろのカップルが決定したので、アルフィーは抜かりなくエラを先に乗せた。

「これ、楽しみにしてたのよね」

 傍目にも分かるくらいエラがうきうきとしている。

「これに絶対に乗るってずっと言ってたもんね」

「うん。デイヴも乗った方がいい、って言ってたし」

 映画好き同士、相変わらず幼馴染と仲が良さそうだ。

 ふと隣りの座席に座るカップルを何気なく見れば、何故か彼氏の方が先に乗って、特に彼女に手を貸す事もなくさっさと席に座った。レディファーストを骨の髄まで叩き込まれているアルフィーからするとあり得ない行動だ。

 そういえばさっきのクルージングアトラクションも本物ほどではないにしろ、船で足場が悪いのに彼女を先に乗せていたし、彼はレディファーストなどあまり気にしないタイプなのかもしれない。

 ……もしかすると、彼氏がそういう素っ気なさ過ぎる態度だから、彼女がやたら甘えようとするのだろうか。だからといって、あの鼻にかかったような声でずっと後ろで騒がれるのは嫌だが。

 一瞬でした自分の分析にとりあえず納得して、係員が安全レバーを押しながら早口でしている説明を聞く。

「では神々の世界へ行ってらっしゃーい!」

 説明をそう締めくくって、ライドが本格的に動き出す。アルフィーが昔来た時には無かったアトラクションなので、二人で感動を分かち合えるのが楽しみだ。

 最初は美しい景色を背に古の神が「お前たちが最後の信者か」と語りかけてくる。

 けれど段々不穏な空気を帯び始めて神々の戦いが始まる。戦いでは見た目が恐ろしいモンスターが多数いて、しかも音や光、演出方法で驚かせてくる。見方によってはお化け屋敷に近い。

 ホラーが苦手なエラが心配になり横目で様子を伺うと、顔色を悪くして真正面から顔をアルフィーの方へ逸らしていた。やはり苦手のようで、安全バーを握る手も力を入れているのだろう、関節が白くなっている。

 怖いなら怖いって言えばいいのに。自分から乗りたいと言った以上、甘えられないと思っているのだろうか。それとも弱い所を見せたくないだけか。

 たまにエラは甘えたり頼るのが下手な一面を見せる。何でもまずは自分で解決しようとするのだ。高校卒業と同時に夢の為に家を飛び出すくらいだから、自立心が高く責任感も強いのだろう。

 アルフィーはすぐに手を伸ばして、自分より一回り小さな細い手を握った。びく、とエラが肩を震わせてアルフィーを見る。

「大丈夫?」

「へ、平気………ひっ!」

 小さな悲鳴が口端から漏れ、顔を背けるように伏せる。全く平気そうではない。

 アルフィーが手を触った事で我慢していた恐怖の箍が外れたのか、反対側の手も伸びてきて、控えめにアルフィーの袖を掴む。

 その行動に口角が上がる。

 こうやって控えめでも頼られると、自分に頼ってくれているという事実が普段は隠している独占欲を満たしてくれて、怯えているエラには悪いが気分が高揚する。

「本当に怖いの苦手なんだね」

「前からそう言……っ!」

 言ってるそばから恐ろしいモンスターが背後から現れて、繋がれた手に力が入り、エラが全身を震わせる。

「デイヴの馬鹿ぁ…こんなに怖いなんて聞いてない…!」

「いや…たぶんあいつ、このくらいなら怖くないんじゃないかな。デイヴ、ホラー耐性高いんだよ」

 普段から妖精が見えているせいなのか、元々の質なのか、デイヴはホラー映画も平気で見る。

 逆にエラはホラー耐性が低過ぎるので、ふたりの間で齟齬が出たのだろう。

 これがホラー耐性普通のアルフィーだったらエラは苦手だと思うと言えたり、ホラーっていうほどじゃないけど…と思えるだろうが、今回は二人の差があり過ぎた。

「もう終わるよ」

「ううう……帰ったらデイヴに文句言ってやる…」

「でもストーリー仕立てで面白かったね」

「怖くてそれどころじゃ無かった……」

 最後は映画に続くようなシーンで終わり、ライドが乗降場に戻った。

 ちなみに隣りのカップルの女はずっと騒がしかったが、たぶんエラはそれどころじゃなかったし、アルフィーもエラに気を取られてまったく気にならなかった。

「おかえりなさーい」

 係員が安全レバーを上げて、降りるよう促される。

 もちろん降りる時はアルフィーから先に降りて、エラに手を差し出す。

 エラは大人しくアルフィーの手に掴まって降りた。よほど怖かったのか俯き加減でちょっと頼りない雰囲気になっているので、肩に手を回して先を誘導する。

「本当に大丈夫?」

「…大丈夫…」

 ーーーどこかで休ませた方が良さそうだな。

 アルフィーはアトラクションを出ると、座れそうな場所を探す為に周りを見渡した。

 奇跡的にベンチが空いていたのでエラを座らせて、アルフィーも隣りに座るとそっと片手で顔を覆っているエラを覗き込んだ。顔色はよくなったが、精神的にやられたようだ。

「少し休もうか」

「……ごめん」

「何で謝るのさ。苦手なんだから仕方ないだろ」

 腰に手を回すと、エラが気持ち寄りかかってきた。アルフィーの目の前で黒髪が青く光る。

 二分くらいエラは無言だったので、アルフィーも黙ってエラが落ち着くのを待った。

「はーーっ……もう大丈夫」

 大きく深呼吸した顔が恐怖を吹っ切れたようで、エラは前屈みだった体も起こしたので、アルフィーも大丈夫だと判断して立ち上がった。

「じゃ、別の所に行こうか」

「うん」

 差し出した手にエラが手を乗せて、その手を頼りに立ち上がった。

 怖がって自分を頼りにしてくれる様子が可愛いので本当はお化け屋敷にも入りたいが、この怖がりようでは流石に酷だろう。

 というわけで、アルフィーはエラを伴って近くの女性に人気らしい可愛いアトラクションへ向かった。





 そんな二人を誰かが見ていたが、エラもアルフィーも気が付かなかった。




エラとアルフィーの乗った今回のアトラクションのモデルは…私の記憶に薄っすらあるアトラクションです。日本のどこかにある、あるいはあったはずのアトラクション。どこだったかなぁ…もうわからない。


ちなみに、映画のモデルはないです。適当に作った。


ちょっと不穏に終わる。

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