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旅行 2

 巨大なヘビのパニック映画がコンセプトになっているクルージングアトラクションに並んでいると、アルフィーが「この映画は見たの?」と聞いてきた。

「ううん、でも内容は知ってる。違法な魔術研究所で魔法の実験台にされてたヘビが、魔法で巨大化してジャングルで人々を襲う、って話よね。しかも途中から他のヘビ達も仲間になって襲ってくるっていう…」

「そうそう。知ってたんだ」

「怖いの苦手だから避けてたんだけど…今度見てみようかなぁ。アルフィーは見た事あるの?」

「デイヴと一緒にね。でも内容はうろ覚えだから、見る時は教えて。俺も一緒に見る」

「うん。これは乗った事あるの?」

「乗ったはずなんだけど……何か覚えてるのと違うんだよね。来てない間にリニューアルでもしたかな」

 首を傾げるアルフィーの記憶力がいい事はエラも知っているので、たぶんマイナーチェンジなりリニューアルなりしているのだろう。

 おしゃべりしながら順番を待ち、二人はやってきた定員十八名のボートに乗り込んだ。先に乗り込んだアルフィーが手を出してエラの乗船を手助けしてくれる。順番待ちの最中にかかっていた放送によれば、設定的にはジャングルのクルージングに行く設定で、川下りをしながら景観を楽しむ、というものらしい。

 三列目の端にエラとアルフィーは座った。隣りと後ろには別のカップルが、前は四人家族が座り、一番前には母親と子供二人が乗っている。その前には役になりきった係員。

『ようこそいらっしゃいましたー!』

 陽気な係員のガイドが始まり、ジャングルの中を進んでいくと、洞窟の中に入ったあたりから不穏な気配がし始めた。

 といってもアトラクションだと大人は分かっているので、怖がっているのは一番前に乗る子供二人だ。母親にしがみ付いている様子が見える。

 エラの前にいる兄弟は虚勢を貼りたいのか、怖くなんかない、へっちゃら!と父親に言い張っている。

「きゃーっ!ヘビ怖い〜!」

 ……前言撤回。隣りのカップルの女の子はやたら怖がって、彼氏の腕にくっついている。ベタベタと全身で彼氏に引っ付こうとしているので、十中八九演技。自分が怖がりだから分かる。

 白けるなぁ…。

 本気で怖がっているのならともかく、彼氏の気を引きたいだけだと分かるので、何だか居た堪れない気分になる。

 エラは意識的にボートの外へ意識を向けた。

「あ、ヘビ」

「やっぱり前と変わってるよなぁ」

「そうなんだ」

 アルフィーもすぐ隣りでいちゃつかれて、エラと似たような気分らしい。向こう側に絶対目を向けようとしない。気持ちは分かる。

 現れたヘビにわーきゃー叫びながら、大丈夫です、安全です!と迫真の演技で係員がガイドになりきっているのを聞きながら、エラは本物さながらに鎌首をもたげるヘビを見る。どうやら毒ヘビという設定らしい。一番前の子供が震える声で母親に話しかけている。後ろからは相変わらず極端な甘え声が聞こえてくる。聞こえない、聞こえない。

 そろそろクライマックスかなという頃、大きな音と共に水の中から巨大ヘビが現れ、ボートに向かって大きな口を開けてこちらを飲み込もうと動いた。

 ちょうど現れたのがエラの側で、エラは大きな音に驚いて引いていた体勢を元に戻し、更に少しだけ身を乗り出した。細部まで作り込まれた巨大ヘビがこちらを睨んで大きく動く様はさながら本物のようだ。

 おお、すごい。ちゃんと映画見てこればよかった。

 そう少し後悔した時ーーーガチャン、と音がしてボートの上にある庇から小型のヘビの模型が落ちてきた。

「きゃっ…!」

「とっ……」

 目の前にヘビが落ちてきて、さすがにエラは防衛本能で思いっきり身を引いた。アルフィーの体にぶつかるが、肩に手を回して受け止められる。

 驚いたせいか、それとも不意にアルフィーに触れたせいか、はたまた両方か、胸がどきどきする。

「ご、ごめん」

「いいよ。びっくりしたね」

『皆様!落ちついて下さい!ヘビ除けスモークを散布いたしましたので!』

 係員の演技と共にシューッとスモークが出てきて、ヘビの模型が収納されていく。

 それを見ながらまだどきどきしている胸を抑える。

「もう落ちてこないよね…?」

「さすがにないでしょ。あーびっくりした」

「アルフィー、驚いてたの?」

「驚いてたよ」

 全然そんな風に見えなかったわよ、と心の中で毒突きながら係員の『無事、帰還しました!ありがとうございました』という演技を見る。

 下船する時は乗った時とは反対側が開いてボートを降りるよう言われたので、エラは一番最後に降りる事になった。

 なので、必然的にあの妙に甘えた声を出すカップルを見る羽目になる。

 変なもの見ずに済みますように。

「きゃ〜!やだぁ、転びかけたぁ」

「足元気をつけろよ」

 …やっぱり始まった…。

 茶番のような事をしている女の子に、表情には出さずに心の中でげんなりしつつ、エラは降りる順番を待つ。

 片方のみが妙に騒がしいカップルが降りたのに続いてアルフィーが降りる。

 エラも降りようとして、すっと手を差し出された。

 一瞬周りの音が掻き消えた。

 当たり前のように差し出されたアルフィーの手を見て、そういえば乗る時も手を貸してもらったなと思い出す。

 ……本当にエスコート術を完璧に仕込まれてる…。

 いつもそう。車道側を歩いたり、ドアを開けてくれたり、荷物を持ってくれたり、さりげなく手を引いて安全な方へ誘導してくれたり…たぶん車のドアだって、エラがぽんと降りてしまうだけで、王宮にお邪魔した時のように荷物の準備に手間取っていればドアを開けて手を貸してくれるだろう。いつだってエラが心地良く過ごせる事を優先してくれる。

 いやもうほんと……自分の彼氏には勿体無さ過ぎる。エスコート慣れしてない田舎娘でごめんなさい。

 差し出された手を跳ね除けてアルフィーに恥をかかせる真似もできず、エラは大人しく手を借りてボートを降りた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 優しく微笑まれて、胸が高鳴る。

 うう…きっと自分が思ってる以上に今日のデートが楽しみだったんだわ…。たぶん相当浮かれている。

 熱くなった頬を誤魔化そうと、空いている手でむにむにと頬を揉んだ。




ヘビのアトラクションはジョーズのアトラクションがモデルです。ここ7年くらいユニバに行けてないのですが、まだジョーズはあるのかな。

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