喧嘩
冬がやってきた。
木枯らしが吹くが空は晴れており、青空が見える。
夜勤を終えたエラは寒空の下を歩いてアパートとは違う方向に向かっていた。
ふわわ、とあくびが出る。眠たいが、手に持った紙袋を届かなければ。中にはアルフィーが昨日忘れていったノートがある。
明日のセミナーが云々言いながら昨日の夕方に勉強をしていたので、今日必要なんじゃないだろうか。
頭のいいアルフィーは一夜漬けみたいな事はしてないだろうが、今日のセミナーにこのノートが必要だったら大変だ。
ぼんやり紗がかかったような思考だが、僅かな使命感を抱えて大学が集中している方へ向かう。
でも半分は自分がアルフィーに会いたいからだ。
昨日会ったばかりなのになぁ、と思うが、職場ではエラはアルフィーに常識的な範囲でしか接しないし、アルフィーもそうだ。なので、夜勤でルークもダスティンもいないとはいえ、アルフィーは普段より遅くまでいるだけで自分の勉強をしていたし、エラはエラで今シーズンよく売れた魔石を沢山作る為に魔力付与をしていた。
なので、ちょっと甘えたかったのだ。
ーーー睡眠不足の思考回路なので、あまり筋だっていない。
歩いていくには遠い。でも丁度いい路線バスが無いから、タクシー乗るくらいなら歩くか。
そういえばアルフィーって、いつもどうやってカレッジからフランマに来てるんだろう。
あ、レーナから会いたいって連絡あったんだった。返信しなきゃ。年末に一緒に帰ろうってお誘いかな。
家に帰ったらお父さんが面倒だなぁ。はあ。
ふわふわ眠たい頭でつらつら思考を羅列してはぽんぽんと消していく。
そうしてぼんやり考えているうちに、以前来たゴブランカレッジの門に着いた。寒いのに大学生達が芝生の上で固まって何やら騒いでいる。
そこで漸くエラは気がついた。
「あ、連絡してないや」
致命的なミスである。
ノートを持ってきてもこれでは意味がない。
ふわぁ、とまた欠伸をして、エラはスマホを取り出すとアルフィーにメッセージを送る。
間に合えばいいけど…どうかなぁ。大学の授業ってよく分からないし…。
門の前に立ってスマホへの連絡を待つが、もう授業を受けているのか連絡は一向にない。
ずっとここで待ちぼうけてても仕方ないし……どこか喫茶店とかないかな…。
周りを見渡す。ゴブランカレッジがある辺りは大学が数校集まっている為、地元の人は大学街とか学問街とか好きに呼んでいたりする。
でもそれはあくまで大学が集まっているからそう呼んでいるのであって、寮暮らしやシェアハウス暮らしの大学生が生活に困らないよう、大学の周りには服屋もあれば苦学生の為のリサイクルショップもあるし、スーパーもあれば古本屋もある。
という事はきっとあるはず。大学生が寄るようなカフェとかファストフード店。
スマホを取り出してエラは『カフェ、この辺』で検索をかけた。
文明の利器はすぐに探し出してくれて、エラの予想通り近くにあった。
スマホが示す通りに歩いて、ゴブランカレッジのある通りから二本先にある小さめの通りに落ち着いた雰囲気のカフェが現れた。
エラは外看板に書いてある値段を一応確認して、カフェに入ると店の表側、道路に面した四人がけの席に座る。そこは一面ガラス張りで、通りの様子がよく見える場所だった。でも、ガラス張りのせいで冬の寒さがひんやりと店内に入ってきている。
微妙に寒くてコートを着たまま温かいミルクティーを注文してから、エラは入り口にあった雑誌を借りてのんびり目を通した。
しばらくしてやってきたミルクティーに躊躇いなく砂糖を入れ、掻き回す。
甘くなったミルクティーを飲むと夜勤明けの腹に染みて、空腹を刺激してきた。
ついついメニューを手に取って、甘くて美味しそうなクリームたっぷりのパンケーキまで注文した。
しかし、パンケーキが届いた所でアルフィーからメッセージが届いて、注文しなければよかったと思った。
カフェには悪いが残してカレッジに向かおう。
そう思ったが、アルフィーからまだ授業中で終わり次第こちらに来るとメッセージが更に来て、エラはのんびりと待つ事にした。
けれど満腹になってくると、今度は眠気が襲ってくる。
エラは眠気に負けて少しうとうとしてしまったようだ。
「エラ、エラ」
「う…ん……」
呼びかけられて目を開けると、目の前に呆れ顔のアルフィーがいた。
「アルフィー…」
「何やってんの。こんな所で寝るなんて……行くよ」
少しだけ怒りを孕んだような声でアルフィーが促し、エラはまだ眠気の残る目をぱちぱちと瞬いた。
「え…ま、待って」
「無防備過ぎ。心臓が潰れる」
無防備って。
起き抜けに怒られて鼻白んでしまうが、アルフィーの顔に焦燥が見え隠れして、どう切り出せばいいのか分からなくなる。
よく分からないまま急き立てられて、エラは慌てて会計を済ませるとアルフィーとカフェを出た。
途端にアルフィーが魔法を使って自分とエラを隠した。
「本当勘弁して……」
「え…何が…?」
「だから、無防備過ぎ」
「ちょっと寝ちゃっただけじゃない」
エラは思わず反論した。確かにカフェで寝たのは悪かったかもしれないが、そこまで怒るような事だろうか。
しかしアルフィーにしては珍しく、じろりとエラを見て怒りを露わにして声を荒らげた。
「それが無防備過ぎだって言ってんの!普通外で寝る!?」
「仕方ないじゃない!夜勤明けで眠たかったんだもん!」
「だったらノートなんて届かなくていい!家でちゃんと寝て」
「はあ!?」
人の好意を踏み躙ることないじゃない!
エラの怒りに火が着いた。
「アルフィーが昨日、セミナーがどうとか言ってたからわざわざ届けに来たのに!何でそんな言い方するの!?」
「だから…!」
「眠たくてもそんなに遠くないしと思って持ってきたのに!酷い!」
「それでエラが危険な目に遭ったらどうするんだ!危険な目に遭ってからじゃ遅いんだよ!?」
「危険な目って何よ。こんな田舎娘にどんな危険があるってのよ!」
「犯罪者に田舎も都会もない!」
「そうかもしれないけどーーー…もういい!帰る!」
反論するのが面倒になってエラは喧嘩をぶった斬った。頭に血が上り過ぎたせいで、百万語が出てこなくなったのだ。
「余計な事してごめんなさいね!はい!これノート!」
嫌味付きでアルフィーに紙袋を押しつけて、エラはくるりとアルフィーに背を向けて家に向かって歩き出す。
怒り任せに早歩きで歩き、コンクリートの道路を踏み締める。
でも突発的な怒りが鎮まってくると、どんどん気分が落ち込んだ。
「……何よ、ノート持っていっただけなのに……ちょっと寝ちゃっただけじゃない……」
口で文句は言うが、エラだってカフェで寝てしまったのは常識的ではないと思う。忙しい時間ではなかったとはいえ睡眠でカフェの席を占領してしまったのだから、カフェ側にしたらいい迷惑だ。育ちの良いアルフィーが怒るのも道理かもしれない。
「…………アルフィーのばか……」
ちょっと甘えたかっただけなのに。
ありがとう、って言ってくれたらそれだけで良かったのに。
「………………」
何だか感情の上がり下がりが激しくて、涙が滲んできた。足もいつの間にか止まっている。
ぐす、と鼻を鳴らしてごしごしと目元を擦ると深呼吸して前を向く。
でも視線は下がり気味で、エラはとぼとぼと寂寥感を背中に漂わせながら家に帰った。




