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囲い込まれたエラ 2

 そうしてあっという間に王宮にお呼ばれした日になった。

 朝からエラは目をつけていたケーキ屋に行ってクッキーを買い、帰ってくるとシャワーを浴びて、失礼のないように化粧をしてエレノアと買った服を着て、髪もハーフアップに纏めた。自分でも簡単にできるくるりんぱのハーフアップで、フェイクパールのバレッタで髪を飾ると、濡羽色の髪にフェイクパールはよく映えた。

 ストッキングを履いてからワンピースを着て、寒くないようにクリーニングに出したコートを着て、何度か履いて慣らした黒のパンプスを履き、姿見の前で自分の格好を確認する。とりあえず変ではない。

 最後にアルフィーから貰った魔石入れのネックレスを着ける。貰ってから毎日着けているので無いと落ち着かない。拘束の魔石が入っているそれは灰色のワンピースに柔らかい光を落とした。

 二、三度深呼吸をしてエラはアパートを出てフランマに向かった。一緒に呼ばれているルークが車を出してくれるというので、乗せていってもらうのだ。

 ちなみにアルフィーは先に王宮で待っている。

 フランマに着くとカジュアルスーツとビジネススーツの間くらいの姿のルークがいて、すぐに車に乗せられた。

 師弟でそわそわしながら王宮に向かい、指示された場所に車を向かわせると裏門らしき場所に着いた。

 警備員らしき人がやってきて、ルークの車を覗き込み、丁寧に名前と用事を聞いてきた。

「ルーク・フレッチャーです。こっちはエラ・メイソン。今日は…国王陛下に昼食に誘われまして…これが招待された時の手紙です」

「聞き及んでおります。どうぞ、道なりにお進み下さい。途中の三叉路で左に曲がって、また道なりです。その先で陛下がお待ちです」

「分かりました。ありがとうございます」

 すんなりと通してもらえてホッとする暇もなく、小さな頃からテレビで見ていた王宮が近くになり、全身の毛が逆立つような緊張が体を支配する。

 もう車の中は無言だった。

 言われた通りに進んでいくと、白亜の王宮の真正面ではない方向へ進んでいった。

 ラピス王族の住むこの王宮は四角い形をしており、真正面は南向きで等間隔で並んだ窓がきらきらと太陽に照らされている。屋根はこの国の象徴とも言うべき妖精の月と同じ黄緑色。窓の数だけ数えると四階建てだが、どう考えても確実に各階の天井が高いので、一般的な四階建ての高さではない。

 ルークの車はそんな真正面ではなく、北側の連なりから飛び出るように建てられている建物に向かっていた。

 建物が近づいてくるにつれ、やっとエラとルークはほっとした。アルフィーが誰かと待っていたのだ。アルフィーに似た雰囲気の茶髪の男性ーーー見た事あると思ったらアルフィーの父親、ロルフだ。

 正面ほど大仰ではないが、重厚そうな扉の前で待っていた彼はエラ達を見つけると、車を停める場所を手振りで教えてくれた。

 そこはすでにアルフィーがよく乗っている車と数台の国産車が停められており、ルークはその一番端に車を停めた。

 ルークが車を停めたので、エラが降りようと支度をするとガチャ、とエラが乗っている後部座席のドアが開いた。

 びっくりして振り向くといつもの変わらない服装のアルフィーがいた。

「いらっしゃい、エラ」

「…お、お邪魔します」

 差し出された手を取って車を降りると、ルークは普通に自力で車を降りており、待ち受けていたアルフィーの父親に「いつも息子がお世話になっています」と頭を下げられていた。

「エラさんも、この前は本当にありがとう」

「いえ!お役にたててよかったです」

 ルークに挨拶をした後でロルフがエラにまでお礼を言うからエラも慌てて頭を下げた。

 こちらです、とロルフの案内で扉をくぐると小さな家なら一軒建てられるんじゃないかと思われるほど広いエントランスがあった。

 案内されているだけなのに、あまりの広さに圧倒されて固くなるエラとは違ってアルフィーは慣れたもので、ごく自然にエラの手を引いていく。

「そんなに緊張しなくても一度会ったでしょ」

「王宮とアルフィーの家じゃ全然違うわよ…」

 ぼそりと返すと、アルフィーが可笑そうに笑う。

「あそこも一応王領地なんだけどね」

「え?」

「十三代目の国王があそこに妾を囲ってたの。でも、現代じゃあの土地の広さじゃ有効活用も難しくて、母さんが王宮出る時になら私が住むわ!って言って新しく家を建て直したのが今の俺の家」

「……えええ…」

 もう何と反応すればいいのか分からない。

 広い廊下を歩いていくと、現代風の扉の前に着いた。

 扉を開けた先には王族が全員勢揃いしていた。

 でも歴史を感じさせる外観とは違い、内装的には芸能人とかの家並みにだだっ広いリビング、といった感じで、王太子妃殿下とエイブリーがせっせとお昼ご飯の準備をしていた。

 そこからは以前のホームパーティーと何ら変わらなかった。

 最初は丁寧にお礼の言葉を国王陛下から貰って、もうエラはパニック寸前だったが何とか頭を下げて対応し、続けて王妃殿下からも握手付き、涙付きでお礼を言われてしまった。

 涙を滲ませた王妃を国王が優しく肩を支えて励ましているのを見ると、テレビで見かける通りおしどり夫婦なんだろう。

 エイブリーや王太子夫婦にもお礼を言われてエラは恐縮しきりだった。

 でも一通りお礼を言われた後は、ダイアナが近くに寄ってきてワンピースが似合うと褒めてくれた。

「本当に?友達が選んでくれたの」

「よくエラの事が分かってるお友達なのね!ねえ、今度機会があったら私ともお買い物に行ってくれる?」

「もちろん」

 ダイアナが友達として普通の話を振ってくれたのでエラの緊張もいくらか取れた。

「そのネックレスは魔石が入ってるの?」

「うん、そう。魔石入れっていうの」

「魔石を入れなくても普通にネックレスとしても可愛いわ。どこで買ったの?」

「え?……あ、し、知らないの。その、アルフィーが花の日にくれたから…」

「花の日に?」

 ぱっとダイアナが顔を輝かせる。王女でも花の日に恋人から贈り物を貰うのは憧れのようだ。

「いいなぁ。私も彼氏が欲しい」

「ダイアナ、綺麗じゃない」

「そんな事ないわ。……それに、王女だからみんな遠慮するのよ…」

 それは分かる気がする。エラだって最初はダイアナに遠慮したのだから。

「仕方ないのは分かってるんだけどね」

 苦笑するダイアナ。

 確かにみんな遠慮するだろう。でもつい最近、遠慮されて寂しかったと教えてくれたアルフィーを思い出す。

「……彼氏にはなれないけど、来年の花の日は私がダイアナに何か贈るわ」

 だから寂しさが紛れるなら、とそう言った。

 途端、ダイアナがぽかんと口を開けた。

 あれ?何か変な事言った?

 でもエラが焦るより早く、ダイアナが耐えきれなくなったように笑い出した。

「ふ、ふふっ……アルフィーがエラにぞっこんな理由がちょっと分かった気がする…」

「?」

「じゃあ来年は楽しみにしてます」

「?うん、大したものは贈れないけど…」

 ダイアナの笑顔を不可解に思いつつも、笑ってくれたからいいやと思う事にする。

 話が一段落したので周りに目を向けると、ルークはロルフやエイブリーと何やら話をしていて、アルフィーはアルヴィンに肘でつつかれている。何やってるんだろう、と思うが仲が良いんだろう。ホームパーティーの時も二人で話していたし、中学生の頃にクラスで孤立していた時は支え合っていた従兄弟同士だ。

 こうして和やかにランチを終えて皆がのんびり一服していると、明日に備えて移動があるからと王太子夫妻がまず出て行き、続いて国王も別件で呼び出されて出て行ってしまった。

 それを見てルークとエラはお暇しようと決めた。忙しい王族をいつまでも引き留めるような形になってはいけない。

 そろそろ帰ります、と告げるとダイアナが残念そうに眉を下げた。

「また遊びに来てね」

「エラちゃん、いつでも遊びに来てちょうだいな。あなたならいつでも大歓迎よ。お父様も大歓迎って言ってたから。ねえ、お母様」

「ええ。いつでも遊びにいらして。いつでも大歓迎するわ」

 王宮にいつでも大歓迎?

 王妃もエイブリーもそう言うが、勿論そんな図々しくなれない。社交辞令として受け取っておいた。

 何度も頭を下げてエラはルークとその場を辞去して車に乗り、きっと金輪際来ないだろう王宮を後にした。





 フランマに帰ってきたルークは二階に上がり、溜め息をついてどかりと椅子に座った。

「お疲れ様。王宮、どうだった?」

「…気疲れした、が、国王陛下直々にお礼を言われるなんてもう二度とないだろうな」

 心配してくれたのか妻のシンディが店番をダスティンに任せて上がってきたので、当たり障りのない答えを返す。

 実際、非公式な場とはいえ栄誉な事なんだろう。ルークはエラの師匠として、また普段アルフィーが世話になっているから呼ばれたが、アルフィーが話したのかヨルクドンの青雪の砦についても言及されて誉めそやされたし、孫の我儘を聞いて下さりありがとうございます、と丁寧に頭を下げられた。

 アルフィーの両親も同じで、息子が世話になっているのになかなか挨拶に行けない事と、本来ならこちらが出向く所を出向かせてしまって申し訳ないとまず詫びられた。

 政治の権力は握ってないとはいえ、一国の王や王女に頭を下げられて落ち着かなかったが、アルフィーの苦労を一番近くで見ていた彼らの謝辞は心からの言葉で、彼らの心労の一端に触れた気がした。

 ただの魔石工としては金にならなくても充分なお言葉だったが、ルークは弟子の様子を思い出して思わず先程とは別の溜め息をついた。

 穿った見方かもしれないが、弟子は王族に囲い込まれているのでは無いだろうか。

 いつでも歓迎する、とはつまり、嫁として歓迎するという意味では?だからエイブリーと王妃は念を押したのでは?

 だってルークはアルヴィン王子がぼそりと零した言葉を耳で拾ったのだ。

「エラの奴、厄介な一族に捕まった自覚ないよなぁ」

 ちなみにそれを聞いたのはルークだけじゃなく、ロルフも一緒で、彼はルークと目が合うと肩を竦めた。その仕草がアルフィーとそっくりで、ああ父子だなと思った。

「たぶん、なかなか逃がせてはもらえませんよ。ただ全員弁えているので、無理はさせないと思いますが」

 それはつまり、エラあるいはアルフィーが本気で嫌がりでもしない限り、王家はいつでもエラを迎え入れますよという事だろうか。

「…あの子は別にいい所のお嬢さんではないですよ?」

 何となく保護者気分でロルフにひっそり尋ねる。現王妃は伯爵家の末裔だし、現王太子妃は確か父親が空軍大佐で本人もエリート軍人だったはずで、ロルフだってゴブランカレッジを卒業して国家公務員をしている。

 エラはそんな王族に相応しい“特別感”が無い。お貴族様の末裔でもないし、国家に貢献している家でもないし、本人は魔石工になるのが夢で努力を怠る事はない真面目な娘だが、勉強ができるわけでもなければ、魔石工としての腕だって特別秀でているわけではない。

 そんなルークの心情を読み取ったかのようにロルフは笑い、めかし込んでいつもと違う雰囲気のエラにお菓子を勧めている息子を、瞳を細めて見つめた。

「例えこれがアルヴィン王子でも王族的には問題ありませんよ。ただしその場合はエラさんにかかる負担は莫大です。でもその点、うちの息子なら心配いりません。王位継承権を持ってますが、国王なんてなる事はほぼないでしょうから。……私達も人の親なので子供には幸せになってもらいたい、できればあの子の苦労を一緒に乗り越えてくれるようなお嬢さんがいい……そう思います」

 これを聞いてルークは何とも言えない気分になった。本人達の意識はさておき、どうやらエラはアルフィー側の親族に好意的に受け入れられているようだ。

 商店街の爺婆連中もエラを嫁にくれと半分本気でルークに言ってくるので、さもありなん。

 我が弟子はとんでもない良縁を掴んできたものだ。

 妻がコーヒーを淹れてくれた。

 その匂いに回想から戻ったルークはよっこらせ、と体勢を戻した。

「…俺は弟子の味方だぞ」

「?なあに?何の話?」

「こっちの話だ」

 シンディに短く告げて、ルークはアルフィーよりエラの味方になろうとこの時決めた。



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