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安堵と恐怖 2

 エラはぼんやりと工房に座って、冬の売り物である火の魔法を込める為の赤い瑪瑙に魔力付与をしていた。

 アルフィーはまだフランマに顔を出さない。

 意識してるわけではないのに物憂げな溜息が出る。もう何度目か分からない。心配そうにルークが視線を寄越してくるがエラは気が付かなかった。

 エラが魔石を完成させたその日のうちに、アルフィーは助け出され、北部解放戦線の残党が逮捕されたとニュースになった。

 そのニュースを聞いた時、全身から力が抜けた。

 夜にはマテウスから短い電話もあり、無事だと伝えられた。

 アルフィーは無事。

 それを聞いた時は安堵したが、無事とはどういう無事なのかを考え始めたら、冷たい汗が背中を滑り落ちた。

 無事って何。命だけが無事なの?体も無事なの?

 そもそも体が無事だとして、あんな風に拳銃を頭に突きつけられたアルフィーは精神的にも無事なのだろうか。

 王家に関わるからか、ニュースは北部解放戦線の今までのテロ行為について報道するばかりで、アルフィーがどんな状態かは全く報じてくれなかった。

 アルフィーからの連絡もない。

 スマホを持つたびに、何度もメッセージや電話が無いか確認するがそのたびに溜め息が溢れる。

 アルフィーの安否が気になり過ぎて食事もあまり喉を通らず、ストレスがかかっているせいか、寝ているのに慢性的な睡眠不足みたいに頭がすっきりしない。

 エラがあまりにも憔悴しているので、昨日ルークには再三休みを取れと勧められたが、エラは頑として頷かなかった。

 だって、フランマにいればアルフィーがひょっこりやって来るかもしれない。いつもみたいに「こんにちは」って。

 だからエラは出勤したかった。帰る気なんてこれっぽっちもなかったし、出勤した以上はいつも通りに仕事をこなすつもりも勿論あって、真面目に仕事をしていた。

 カラン、とドアベルが鳴る。客に対応するダスティンの声が聞こえる。声の高さからするとどうやら女性客のようだ。

 少し心配になる。

 ダスティンはちょくちょく女子大生や若い女性客に粉を掛けようとする。店の評判に関わるからやめて欲しいし、実際注意もしているが、大丈夫だろうか。

 ……今日はまともな接客をしているようだ。

 接客の声をぼんやり聞きながら、エラは赤い瑪瑙の魔力付与を行う。

 目を閉じて、自分の魔力を使って瑪瑙の中の神秘の力を探し、まるで星屑にも似たそれをゆっくり掻き集めて一つの輝きにし、魔力を留める力にする。

 言葉にするのは簡単だがこの作業、かなり骨が折れる作業でフランマの小さなビーズ状の石の神秘の力は少なく、少しでも取り零すと後々の魔法付与のできを左右するため、まったく気が抜けない。

 魔力付与が終わり、ゆっくりと目を開ける。

 慎重に瑪瑙の中の力を探り、充分なできに満足して瑪瑙を日光干しの入れ物にいれていく。

 いつの間にかダスティンの接客の声は聞こえなくなっていて、客が帰ったのだと気づく。どんなお客様だったのかな。こんな格好じゃ出られないけど。

 迷子の魔石を作る過程で失敗して傷だらけになったエラは、目に見える顔や腕、手に細かい傷が沢山あり、こんな状態で接客したらお客様側に心配されてしまうから基本的には店に出ないようにしている。

 もちろんたった三人の従業員で回す店なので、絶対に表に出ないわけじゃない。しかし、エラが散々魔法付与に失敗したためフランマの魔石のストックが尽き掛けていて、今は魔力付与を沢山しなければならなかったので、エラはなるべく工房側で魔力付与に集中していた。

 また一つ、エラは瑪瑙を手に取った。

 目を閉じて、魔力付与に集中する。

 細心の注意を払って輝く星粒を魔力で掻き集めるのは何度やっても大変だが、石の魔力を感じられるようになると、自分が世界の神秘の一端に触れているような気分になる。

 魔力付与を終えて、ふ、と目を開いて瑪瑙を魔力付与済みの箱に入れた時、工房の入り口に人が立っている事に気がついた。

 その人物が誰か目を上げて確認した瞬間、エラは大きく息を呑んだ。

 自分と同じ緑色の目、自然に馴染む茶髪、彼の性格を表すような人好きのする優しい顔立ちは、今は困ったような顔をしている。

「……アルフィー……?」

「…久しぶり、でいいのかな。ごめん、集中してたみたいだから声掛けなかったんだけど…」

 ふらふらとエラは立ち上がり、アルフィーが本当にいると認識した瞬間、弾かれたように足を動かしてアルフィーの首に両腕を伸ばして抱きついた。

 アルフィーだ。アルフィーがここにいる。

 言葉も無くただアルフィーに抱きつく。アルフィーも抱擁を返してくれた。

 熱い涙が次々と溢れて頬を伝い、アルフィーの肩を濡らす。

「……っ………」

「ごめん、心配かけたよね。……ごめん……ごめん、エラ……」

 心なしか謝るアルフィーの声も震えている気がする。

 でも別にアルフィーのせいじゃない。

 だからエラは涙を零しながら必死に首を振った。アルフィーが悪いわけじゃない。アルフィーを利用しようとする犯罪者が悪い。彼はただ普通に暮らしたいだけなのに。

 それに、私も謝らなきゃ。

「ごめっ……ごめんなさ……っ……わた、私、アル、アルフィーが誘拐っ、された時、近くにいたのに……!何も、き、気づきも、しなくてっ………」

 必死に涙で震える声で謝罪を紡ぐと、今度はアルフィーが首を振った。

「エラが悪いんじゃない。……エラが無事でよかった…」

 それを聞いた瞬間、少しだけ怒りが湧き出てきた。

 何でこんな時まで私の心配なのよ。

 いつも彼はエラの心配ばかりする。自分の方が大変な目に遭っているのに。文字通り危険な状態だったのはアルフィーなのに。

 なのになんで、フランマで守られていたエラを心配するのだろう。人を殴った事なんてないが、ちょっとアルフィーを殴りたくなる。

 でもその怒りは涙と嗚咽にしかならなかった。

 エラはしばらくアルフィーにしがみ付いて泣いた。

 散々泣いて、涙も落ち着き、嗚咽が収まってきた頃にやっとアルフィーから離れると、ここが職場である事を急に思い出して恥ずかしくなった。工房にルークもダスティンも顔を出さないのはエラとアルフィーに気を遣ったのだろう。

 恥ずかしさを誤魔化そうと深呼吸をして顔の暑さを追い払い、涙を拭いて、まだ涙で潤む目でアルフィーを見上げる。

 アルフィーはやっぱりどこか困ったような微笑みを浮かべていた。いや、泣き出しそうな顔と言った方がいいのか。

 アルフィーは黒い綿のズボンのポケットに手を突っ込み、何かを引っ張り出すとエラの手を取ってそれを乗せた。

「これ、ありがとう」

 手に乗せられたのは屑石同然の小さな水晶のビーズが一粒あるだけの革のブレスレット。

 見覚えがありすぎてエラは目を瞬いた。

「私が作った追跡の魔石…?」

「マテウスに聞いた。エラがこれを作ってくれたから、すぐに俺を発見できたって。またエラに助けられたよ、ありがとう」

 エラはハッとしてブレスレットに落としていた視線をアルフィーに戻した。

 これのおかげでアルフィーを見つけたという事は。

「……私……役に立てた…?」

 正直不安だった。いくらルークが太鼓判を押してくれたとはいえ、まだ見習い魔石工で、人の命に直結するような魔石なんて作った事が無かったから。

 ちゃんと魔石は発動しただろうか、すぐ割れていないだろうか、問題無く発動したとしてアルフィーが黒水晶のピアスを着けていなければ意味がないのだが、アルフィーはちゃんとピアスを着けているだろうか。

 そんなエラの不安をアルフィーが苦笑して払拭してくれる。

「役に立つどころじゃないよ。気がついてないかもしれないけど、エラはテロ組織を一つ潰して、脅されてた王家を救い、国家に貢献してるんだよ?」

「…そんな御大層な事はしてない」

 大袈裟な表現に思わず冷静に答えるとアルフィーがやっと笑った。

「ははっ、本当なんだけどなぁ」

 そうだろうか?エラには疑問だ。

 実際に行動したのは警察と軍で、エラは魔石を作っただけ。魔石を使ってくれたのは誰だか知らないが、魔石ができたと聞いて即座に対応してくれたマテウスの方がアルフィーを鍛えたり、王族を警護したりとよほど国家に貢献している気がする。

 それに私が魔石を作った理由なんて。

「……私は…アルフィーを助けたかっただけだもん…」

 ぽつりとそう漏らすと、アルフィーが目を見張った。

 そして泣き出しそうな顔で微笑んで、エラの体に腕を回すと柔らかい抱擁をくれた。

「ありがとう、エラ」

「………うん」

 アルフィーの肩に頭を預けると、ほう、と息を吐き出す。

 涙でアルフィーの服を濡らしてしまったので頬が少し冷たいのに、ずっと虚ろだった心がゆっくり満たされていく。

 数秒の抱擁後、二人の体が離れるとアルフィーが腕をあげてそっとエラの頬に触れた。

「この傷、俺のせいだね。後で治すよ」

 そっと頬に触れた指先は、迷子の魔石を作る時に散々失敗してできた瘡蓋の一つをまるで壊れ物に触るようになぞる。

 また自分のせいにしてる。

 だからエラははっきりと告げた。

「怪我は私が未熟だからよ」




あと一話で、一段落つきます!

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