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救出 3

 もう一日くらい経っただろうか。

「って………」

 アルフィーは肩の痛みに眉を顰めた。後ろ手に縛られ続けられたせいで関節が痛みを訴えている。

 何かで縛られた紐が切れないかと、地下室の中をこそこそ探してみたが、ガラス片みたいな鋭利な物がない。

 だからずっと耳をそば立てて、情報を集めていたのだが、あまり成果はなかった。この地下室、あまり外の音が入ってこないのだ。

 食事が一回と、政府への要求をビデオに撮る以外に敵もここへは入ってこない。

 はあ、とため息をついた。

「……エラ…………」

 心配なのはエラの事ばかり。

 へにゃりと気の抜けた笑顔が思い浮かぶ。

 あの笑顔を失うような事になったら自分を許せないだろうし、原因となった人間にも何をするか分からない。

 どうか、無事で。

 目を閉じてもう何度目か分からない無事を祈る。

 帰ったら必ず彼女の無事を確かめよう。あのほっそりとした柔らかい体を抱きしめて、キスをして、体の隅々まで傷一つないか確かめよう。

 きっと心配して泣いているだろうから、早く涙を止めてあげたいーーーそう思うのは傲慢だろうか。

 そこまで考えて、はたと思い至る。ここに捕まってからエラの事ばかり考えている。今までは両親や親戚の事ばかり考えていたのに、頭に思い浮かぶのは艶やかな青みがかかった黒髪といつも生き生きとしている妖精の月の瞳を持った彼女ばかり。

 いつの間にかエラはこんなに自分の中で大きな存在になっていた。たかが一年半の付き合いなのに、今では彼女が自分の隣りから居なくなる事なんて考えられない。

 同時に怖くなった。

 今後も彼女を危険に巻き込むのだろうか。自分はいい。もう慣れた。ある程度なら対策もしている。

 でもエラは?

 危険に巻き込んで、いつか取り返しのつかない事になるかもしれない。

 今のうちに彼女から離れるのが得策なのではないだろうか。そうすればエラが今後巻き込まれる事はない。彼女の笑顔が曇る事もない。

 だからーーーエラを手放すべきなのでは?

 ーーー放せる気がしない。

 左耳のピアスが存在を思い出す。左側に頭を傾けて自分の肩にくっ付けると、硬く冷たい石が頬に触れる。

 難解な魔法をノートを一冊使って勉強し、必死に働いて貯めたお金を使って黒水晶を買って、アルフィーを想って作ってくれた魔石。この魔石にどれだけ心が救われたか。

『アルフィー』

 明るい声を思い出す。アルフィーがフランマを訪れた時の嬉しそうな顔も、魔法陣を勉強している真剣な顔も、一緒に料理をしている時の楽しそうな顔も、アルフィーの腕の中で恥じらっている顔もーーーもう手放せる気がしない。

 お互い恋人という存在が初めてで、手探りで絆を深めてきた。不器用な事も沢山やった。周りからみたらなんてまどろっこしいんだと言われていたかもしれない。でも、だからこそお互いの大切さを噛み締める事ができた。

 もう、手放せない。

 手放す事が、エラとの関係を断ち切る事が一番の彼女の安全だと分かっているのに、自分に向けてくれる感情が、信頼しきった笑顔が、他の男に向けられるなんて考えたくない。

「……………エラ……ごめん…」

 きっと今、自分は人生で一番愚かな選択をした。

 必ず守るから。

 だから、まだ隣りにいて。

 アルフィーが目を閉じた時。

 ドンッ!と大きな衝撃が走った。

「何だ…!?」

 思わず体を固くする。

 すぐにパン、とかパララ、とか明らかな銃器の音がした。

 警察か?それとも内部分裂でもしたか?

 アルフィーは縛られて不自由な体を動かして、地下室に置かれていた物の影になる位置に移動する。関節の痛みなんかに構っていられない。流れ弾には当たりたくないのだから。

 そうしてしばらくじっとしていると銃声が何度か響いて、やがて完全に止まった。

 アルフィーは息を潜めてじっとしていた。

 そうして十分も経った頃。

 ガラスが割れたような音がして、三拍ほど置いて更にどかん!と何かが爆発し、アルフィーの捕まっている地下室の扉が階段を転がり落ちてきた。

 同時に何人もの武装した警官が地下室に雪崩れ込んでくる。

 驚愕に目を瞬いていると、警官に遅れて見知った顔が降りてきた。

「アルフィー様!」

「…マテウス……」

 対外的な態度ではあるが、マテウスはすぐにアルフィーの側に侍ると、縛られている手足を自由にしてくれた。マテウスの他にも彼の部下である母の護衛官が二人いて、マテウスとアルフィーのそばに立ち、武装した警官達と共に周囲を警戒する。

 突然の救出に戸惑いながらも、すぐに聞くべき事を思い出したアルフィーは、マテウスの胸ぐらを掴む勢いで身を乗り出した。

 血が滞っていた全身が悲鳴をあげてふらついたが、構っていられない。

「エラは!?エラは無事なのか!?」

 マテウスは目を瞬かせながら、ふらつくアルフィーの肩を掴んで落ち着かせた。

「落ち着いて下さい。ミス・メイソンは無事です」

 無事。

 その一言を聞いただけで、力んでいた箇所の力が抜ける。ずきずきと手足の関節が痛い。

 大きな溜め息をついて脱力する。

「とりあえず、こちらへ。立てますか?」

 マテウスに促されるまま立ち上がろうとしたが、やはりふらついて、マテウスが慌てて支えてくれた。

「どうやってここへ……」

 つい尋ねると、マテウスは苦笑して小さな水晶のついた革のブレスレットを見せた。

「ミス・メイソンに感謝して下さい」

 フランマの魔石だと直感した。

 どういう手法を用いたのかは分からないが、どうやらエラの魔石に助けられたらしいという事は理解した。




 二十分前。

 マテウスは警察の特殊部隊がアジトを突入するのを近くで待機して見ていた。隣りでは指揮を取る捜査官がいて、突入した部隊からの報告を聞きながら適宜指揮を飛ばしている。

 マテウス達の役目はアルフィーを護送する事であり、テロ組織を捕まえるのは警察の仕事である。近衛兵団は王族の警護が主目的なので、こういう戦闘は門外漢だ。全く知識が無いわけではないが、ここは慣れている彼らに任せるべきだろう。

 そうしてすぐに北部解放戦線の残党は制圧された。次々と出てくる犯罪者達を見送るが、一向にアルフィーは出てこない。

「少佐」

 じりじりと弟のような存在が保護されたという一報を待っていたマテウスだったが、隣りにいる捜査官に呼ばれて目を向けた。

「地下室が見つかりません。逮捕した奴らも別の場所にいると…」

「そんなわけが無いでしょう」

 マテウスは手の中の魔石に魔力を送った。現れたコンパスの針はアジトだった家の地面を指している。

「間違いなく地下があるはずです」

「しかし無いと……」

 捜査官は困ったように繰り返す。言外にもう殺されて土中に埋められているのでは?と言われている気がするが、まだ政府と交渉している最中に人質が殺されるとは考えにくい。それでは苦労してアルフィーを誘拐した意味がないからだ。

 だからマテウスは腰を上げた。

「私が行きます。魔法で隠されている可能性がある」

 マテウスはまだ警察の特殊部隊が突入した喧騒が残る灰色の家へ踏み出した。部下二人も付いてくる。

 家に入ったマテウスは一階を隈無く歩き回った。

 確かに地下室に通じるドアは無い。

 けれどエラの石はある地点で完全に下を向いた。

 そこはダイニングに置かれたテーブルの端だった。

「もうここをぶっ壊そうかな」

「物騒な事言わないで下さい」

 床を足で差したマテウスに、淡々と部下が相槌を打つ。

 勿論そんな馬鹿な事はしない。魔法で壊す事は簡単だが、地下室の構造も分からずそんな馬鹿な事をして地下室を崩したりしたらアルフィーが危ない。ただの冗談だ。

 ぐるりと周りを見渡して、マテウスはすぐに魔法の痕跡を見つけた。

 ダイニングと玄関、二階へ続く階段があるエントランスから奥へと続く廊下に不自然な壁紙の切れ目を見つけた。

 その壁紙の変わり目の間は丁度ドア一枚が隠れそうな幅がある。

「ここ、魔法の痕跡があるね」

「え?」

「どこですか?」

「ほら、ここの壁だよ」

「全然分かりません……」

「何が不自然なんですか…?」

「壁紙の切れ目がこことここにある。不自然だ。あと微弱だが薄く魔力の膜がある」

「…言われてみれば………え?」

「…何で気づくんですか……?」

「一目瞭然じゃないか」

「それ言えるの、ラピス国内で少佐だけだと思います…」

 感心とも呆れとも取れる吐息混じりの感想を言う部下に構わず、マテウスは近くにいた警官を招き寄せた。

「ここの魔法を破ります。突入できますか?」

「勿論です」

 警官の準備が整うのを待って、マテウスは手のひらを目の前に掲げた。

 そして、詠唱破棄で魔法を一つ使った。

 途端にガラスが砕け散るような音を立てて、古びた扉がゆらりと現れる。

 マテウスが場所を警官に譲ると警官達が動き出し、ドアノブを捻った。

「鍵がかかってます。爆薬を…」

「どいて」

「ちょっ……」

 が、まどろっこしかったので、爆裂魔法で一気にドアを吹き飛ばした。

 部下達は慌てたが、マテウスだって弁えているので、自分の魔法は調整して小さな爆発に抑えた。

 ちなみに何故部下が慌てたかと言うと、マテウスが本気で爆裂魔法を使うとこの家どころか町の一角が吹き飛ぶからだ。

 そんな事は知らない警官達は、ドアが吹き飛ぶと一瞬驚いたように動きを止めたが、すぐに地下室に雪崩れ込んでいった。

 異常なし、異常なし、と報告が響くのに続いてマテウスも地下に降りていくと、地下室の端の方に見慣れた茶髪と驚愕に見開かれた妖精の月の瞳があった。

「アルフィー様!」

「…マテウス……」

 見つかったアルフィーは縛られていたせいでふらついていたが、特に目立った外傷もなく、元気そうだ。

 ーーーよかった……。

 最初にエラの事を聞いてきたので面食らったが、おかげで察しがついた。

 少し疑問だったのだ。何故アルフィーが簡単に誘拐されてしまったのか。

 アルフィーは魔法による防御が得意だが、攻撃魔法だって普通に使える。さっきマテウスが使った爆裂魔法だって、流石にマテウスほどの威力はないが、本気を出せばこの家を半壊するくらいはできるはずだ。

 それなのに、何故みすみす捕まったのかーーーその答えが今分かった。

 なるほど。彼女を人質に取られたのか。それなら納得だ。アルフィーにエラを見捨てるなんて選択ができるはずもない。

 アルフィーを軽く支えながら上階へ上がると、アルフィーはマテウスから離れて、何度か体をほぐすように動かすと自分でしっかり立った。やはり元気なようだ。健康面への心配は無さそうで一安心である。

 とはいえ、一応手順というものがある。アルフィーには身元のしっかりした医師に一度診察してもらわなければならない。

 マテウスはアルフィーを警護しながら車に乗せた。彼は大人しくマテウスの指示に従っているが、立ち去る前に警察にも礼を言いたいと頼まれたので、捜査官の方を呼び寄せて車の中から礼を言っていた。

「でも、本当にお礼を言うべきはエラちゃんだけどねー」

 警察から少し遠かった所で、マテウスは笑いながら告げた。

「それ、さっきも気になってたんだけど、どういう意味なんだ?」

 顔見知りばかりになったせいか、いくらか寛いだ表情でアルフィーが訊いてくる。

 マテウスは水晶の付いた革のブレスレットをもう一度ポケットから取り出して、アルフィーの手に握らせた。

「フランマにある迷子の魔石、あれに込められてるのは追跡魔法なんだって」

「……あ…!」

 一拍おいてアルフィーは察したらしく、左耳のピアスに触れた。

「……これをエラの魔力の印と見立ててを追ったのか?エラが魔石を作って……?」

「正解」

「さすがアルフィー様」

「そんなすぐ分かるものですか?俺、今でも分かったような分からないような感じなんですが」

 運転席と左隣りから護衛官達も話に加わってきた。

「正直言うと、我々なんて何の役にも立ってませんよ」

「ローラーで駆けずり回ってただけですもんね。イイトコ無しです」

「エラちゃん、一晩中魔石作ってたみたいだよ。おかげでアルフィーを見つけられた。安全が確認されるまでしばらく解放してあげられないけど、全部終わったらエラちゃんの所へ行ってあげなよ」

「……分かった」

 ほんの少しだけ、アルフィーの瞳が揺れた気がしたが、マテウスは見て見ぬふりをした。

「後で俺から連絡しておくよ。連絡しなくても、ニュースで知りそうな気はするけどね」

「頼む」

 短くそう言うと、アルフィーはぐったりとシートに体を預けてしまい、それっきり黙ってしまった。

 疲れているだろうアルフィーを慮り、マテウスも部下達も何も言わなかった。




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