救出 2
気がついたら60部!?私的には結構な長編を書いてるのね。
マテウスは部下と一緒に追跡魔法を追った。行くべき方向は分かっても、道が無かったり、迂回したりとなかなか時間がかかる。
ちなみに魔石を頼りにするとは決めたが、何処かでアルフィーがピアスを落としたり、取り上げられたりする可能性も考えて、地道な捜索活動も捜査官達や他の部下が続けている。
「エラ・メイソンさん、ですか。アルフィー様はなかなかいい人を見つけましたね」
車を運転しながら部下が言う。部下と言っても士官クラスではないだけで、マテウスより歳上で軍歴も長い。
とても気が遣える人で、天才故に物事への感覚が人とは違うマテウスにも懇切丁寧に部下の使い方や人員配置のコツを教えてくれた。
「魔石工見習いと聞いた時は、少佐の魔法を防ぐほどのアルフィー様にはあまり有用な人ではないように感じていましたが……いやはや、とんでもないお嬢さんでしたね」
「そうだね」
有用か無用か、それだけで考えたらエラはあまりアルフィーにとって有用とは思えなかったのはマテウスも同じだ。マテウスがアルフィーの防御魔法をひたすら鍛えたので、己の身を守るだけならアルフィーはかなり優秀な魔術師で、基本的に魔術師ほど魔法が使えない人の為に作られる魔石を頼りにする必要がない。
マテウスの前任者によれば、幼い頃に魔石を持たせたらすり替えられた事もあったらしいし、前任者の頃からずっと王族の警護に当たっている彼からすると、アルフィーに魔石など全く必要ないと思っていたのも分かる。マテウスだってアルフィーに魔石は意味がないと思っていた。恐らく、アルフィー自身も魔石に頼るつもりは全く無かっただろうーーーエラに出会うまでは。
まさか王宮に使われるような破邪退魔の魔法を魔石にしてしまうとは誰も思わなかった。魔力消費量は莫大だが、あの魔石のおかげでどれだけアルフィーが救われたか……恐らくエラだけが理解していない。
「ヨルクドンも偶然とはいえ、エラちゃんがいなければアルフィー様は危険だっただろうしね」
エラは知らないし、アルフィーにも知らせていないが、ヨルクドンでもアルフィーは狙われていた。
ヨルクドンで毎年バイトをするアルフィーの情報を掴んだ北部解放戦線が、ヨルクドンに魔石を納めていた魔石工を脅迫したのだ。
元々ヨルクドンの魔石工は詐欺を働いていた。そこに付け込まれ、詐欺をバラされたくなければ言う通りにしろと脅されていたようだ。
メンテナンスの日前後に魔石が使用できなくなるように魔石を作らせて、予備の魔石も同様にした。彼らの計画では、魔石が使用できなくなれば詐欺師の魔石工が呼び出されるだろうと考えていたのだ。
そうやって詐欺師の魔石工を組織委員会に呼び出させて、見知らぬ人間が数人がかりでヨルクドンを訪れても町の人達が疑問に思わないよう細工し、アルフィーを誘拐するつもりだった。
しかし彼らの計画は頓挫した。エラが偶然あそこにいて詐欺を見抜いたからだ。
しかも彼女はルークを雇うよう組織委員会に進言した。おかげで詐欺師は呼び出されず、ルークがヨルクドンを訪れ、犯罪者達は狭いヨルクドンの町で見知らぬ人間がいると顔を覚えられるわけにもいかず、アルフィーを誘拐できなかった。
だからあの日、プリンセス・エイブリーの訪問先に届いた脅迫状に詳細な拷問方法が書かれていたのだ。あの日偶然エラがヨルクドンにいなければ、アルフィーが彼女を連れて行かなければ……アルフィーは目も当てられないほど酷い死に方をしたかもしれない。
ちなみに、エラもルークも気づいていないが、北部解放戦線の壊滅に魔石工房フランマは二役買っている。
一つは火の籠目囲いの魔石。彼らが鑑定したおかげで危険な魔石だと判明し、バッカスの家に協力を仰ぎ、偽物にすり替えた赤い石を魔石が見つかった倉庫に置かせてもらった。どうやら捜査の手が及ばないよう使われていなかったベイン家の倉庫を勝手に使っていたようで、バッカスは気づかなかったようだが、銃火器がいくつも目立たない場所に隠されていた。
何度も出入りする彼らを張り込んでいた警察が追跡して北部解放戦線のアジトが三つが判明したし、銃火器も使用できなくなるようにできた。
二つ目はヨルクドン。詐欺に対して警察の捜査が入る直前で王族が関わっているからと軍が介入でき、犯人達を特定・泳がせる事ができた。おかげでアジトの場所が一ヶ所割れただけでなく、元軍属魔術師がメンバーにいる事も、詐欺師とは別に魔石工が一人北部解放戦線に協力している事も判明した。
おかげで北部解放戦線を壊滅に追い込めた。銃火器の届が政府に出ていない事や、違法な魔石の所持という名目で警察が踏み込めたのだ。
全て偶然だ。偶然の産物ではあるが、エラは意図せずアルフィーを守ったのだ。
「しかも、その“とんでもないお嬢さん”は今回も役立ってるしね」
「それで本当にアルフィー様の所へ行けたら、僕達よりずっと有能ですよ。一晩かかって居場所を突き止められなかったんですから」
エラの作った魔石は魔力を込めた途端、石の上にコンパスの針のような光が出現して、ゴブランフィールドの捜査本部から西をずっと指し示している。
それに従ってマテウスはここまで来た。
首都まであと少しで、遠くに首都の高層ビルが見える住宅街は、田舎というほど不便ではなく、かといって都会というほど活気に満ちてはいない、ほどほどな町だ。
そんな町で、魔石の針が何かに引き寄せられるように向きをぐるりと変えた。
「………そこですね」
「止まるな。怪しまれる」
普段は王族の警護ばかりで、捜査に慣れていない部下がブレーキを掛けようとするのを鋭く制し、マテウスは横目で家を確認し、魔石の針の示す先を見据えた。
大きな家だ。灰色の石造りの家。
光の針は家の下の方を指している。なるほど。マテウスはブルーグレーの瞳を冷徹に眇めた。
「…アルフィー様は地下か」
「地下?」
「たぶんね。針が少し下を指してるだろう?」
「…さすが少佐」
「とりあえず、もう少し先まで行こうか」
マテウスは怪しまれないよう、適当に道を外れさせて、人がいない所でようやく車を停めさせた。
「で、どうやってアルフィー様がいると確かめますか?」
部下に聞かれて、マテウスは考えていたプランを簡潔に答えた。
「そうだねぇ……老婆にでも化けるよ」
「老婆?」
「そう、老婆」
一瞬でマテウスは魔法で老婆になった。
「…さすが少佐」
「この姿なら奴らも油断するだろうさ。いいかい?君は認知症の母親に手を焼く息子だからね」
「は?」
「十五分もしたらさっきの家の前に来てくれ。で、首都の店を尋ねる母親を君が止めるんだよ。気分転換に施設から連れ出して遠出しにきたら、少し目を離した隙に見失ったと言ってね」
「…なるほど。了解です」
マテウスは老婆の姿で車を降りると、アルフィーがいると思しき家に向かった。
マテウスは目的の家のインターフォンを鳴らした。
返事をして出てきたのは痩せ細り、窪んだ眼窩から濁った黄色い目がギョロリと動いている女だ。
「何か御用ですか?」
「道を教えてくれんかの!」
マテウスは魔法で変えたしゃがれ声で大声で尋ねた。大声で喋れば、訝しんだ誰かが玄関に出てくると考えたからだ。少しでも情報が欲しい。
「シルバーナイトとかいう店じゃ!孫が好きでの!そこに行きたいんじゃ!」
「はあ?そんな店ないよ」
「はあ!?何と言ったかの!?耳が遠くての!」
「面倒臭いねぇ。そんな、店は、無いの!」
「はあ、無い?」
「無いよ!」
「おかしいのぉ。孫はストーナプトンにあると言っておったぞ」
「ストーナプトン?ここはストーナプトンじゃないよ、婆さん」
「何だって?」
「だから!ここは、ストーナプトンじゃ、ない、の!」
「何?じゃあここはどこじゃ!」
耳の遠いフリをして大声でしばらく言い合っていると、数人の男がやって来て、そのうちの一人が出てきた。
「何だ、どうした?」
「何かボケてる婆さんが道を教えてくれって言うんですよ」
マテウスは素早く男の顔を見た。
ーーーあいつは……。
天才と呼ばれる頭脳が、取り逃した北部解放戦線の幹部の側近の顔と目の前の男の顔が同じだと告げた。
間違いない。ここは北部解放戦線のアジトだ。
「あんたは知らんか!シルバーナイトとかいう店じゃ!」
「シルバーナイト?知らんな」
「なんじゃって?」
「知らないって言ったんですよ!」
「何でじゃ。じゃあ、ここは何処じゃ。ストーナプトンじゃろ!?」
「違うよ!」
「おかあさん!」
そこへ簡単な打ち合わせ通り、部下がやってきた。
マテウスは部下と『認知症で耳の遠いの母親と、その介護に振り回される息子』を演じ、北部解放戦線の前から違和感なく退場した。
「当たりだ」
車に戻り、北部解放戦線から離れた所で魔法を解いたマテウスはスマホを取り出して捜査本部に連絡した。
ここからは彼らの領域だ。




